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オトンのハッピースマイル!後編

「お父さんおはよう!遅くなってごめんね。」
オトンのワクチン接種1回目の朝、私はバタバタして少し遅れて到着した。

オトンは朝早くから準備をして私を待っていた。
いつもはベッドで寝て待っているのに、キッチンの小窓から、早く来ないかと見ていた。
道路で慌てて走っている私を見付けて大きく手を振る。私も手を振り返す。

オトンはブルーのポロシャツ、濃いブラウンのハーフパンツを着て、ネイビーのレザーにトリコロールのラインが入ったボディバッグを肩に掛け、ショートソックスにスニーカー。

顔つきも背中もピシッ!としている。

「お父さん、今日はオシャレだねー!」と言うと嬉しそう。
問診票の封筒もしっかり確認し二人で家を出た。

ワクチン接種に病院に行くだけなのだけれど、やはりオトンは人と会うこと、そのために身なりを整えることが好きなのは今も変わっていないのだなと思いホッとした。

病院に着き、先ず看護師さんに
「父は右耳が聞こえません。左耳も補聴器をつけていますが聞こえ辛いです。頭はしっかりしていますので、お手数お掛けしますが、宜しくお願い致します。」と伝え挨拶すると、とても丁寧に対応してくださった。

問診までの待ち時間、数人の人たちが静かに座っている中で、父はワクチンのことや、息子のことなどを私に話し掛けてきた。

父は小声で話しているつもりなのだが、聞こえ辛いと、自分の声も小さく聞こえるようで喋ると声が大きくなってしまう。

マスクはもちろんしていたが、みなさんジロリと目を向ける。

「お父さん、今は静かに待っていないといけないから、後でお話しようね。」と耳元で言うと、父は悲しそうな顔で「ごめんね。」と言って黙った。
久しぶりの人がいる場所への外出で、静かな空間。
昔のことを思い出した。

・・・

父は、50代の頃の病気で段々と耳が聞こえ辛くなった。

それから長い間
「お父さん、メガネで入れ歯だから補聴器もしたらロボットになっちゃうよ!」と補聴器を嫌がっていた。
「ロボットってなによ?意味分かんない。聞こえたほうが良いに決まってるでしょ!」といつも私は怒っていたが、
優しい兄の説得で補聴器を使い始めた。

私は最近、急激に右目だけ視力が落ち、同時に老眼も始まってしまい、メガネを初めて作った。
メガネをかけると見えるけど、慣れないメガネ生活で猛烈な頭痛が起こる。
その時初めて父の「ロボット」と言った気持ちがわかった。オトンごめんね。

まだ元気で外出していた頃に、
話をしていると父の声が大きくなり、やはり周りの人たちにジロジロ見られ、小さな声で話そうとすると今度は私の声が父には聞こえなくなる。

お店の店員さんからの声掛けにも「え?え?」と何度も聞き返し、私がいつものように耳のことを伝えると、丁寧に接してくださるが、時折父に話し掛けるのを止め、私にだけ話し掛ける店員さんもいた。
忙しいし、大変だから仕方ない。横を見るとしょんぼりした顔の父がいた。

自転車仲間や飲み仲間とも同じようなことがあったようだ。

数人で話すと声が重なるので余計に聞こえなかったらしく、聞こえないのに聞こえたふりをしたりして会話が噛み合わなくなる。

人と話すことが好きだった父はみるみる顔が曇り、外出を嫌がるようになり、大好きだったロードバイクも車の音が聞こえずに怖いからと乗るのを止め徐々に引き籠もりがちになってしまった。

オシャレでこまめに通っていた床屋さんにも行きたがらない。

元気と明るさ、体力が自慢だった父は、あまり喋らず家の中で寝てばかりいるようになる。

それでも、
小さい折り畳み自転車に乗り換えた父に、「夕飯は我が家で食べよう!」と通ってもらい、私と息子と食べ、猫たちと遊んだり、家で散髪したり、休みの日にはいろいろな場所へとお散歩に行って、お喋り出来ていた時は楽しそうにしていたのだが、
それも私が介護の仕事でシフトが不規則になり夜勤が始まるとできなくなってしまった。

その後、私自身の乳がんやお腹の別の手術や治療、仕事復帰などで暫く父の様子を見に行けなくなり、低栄養から一時的に認知機能も低下してしまった。

認知機能は回復したけれど、寝ている時間が多く、食事量があまり増えないのでまだ心配だ。

(こちらのnoteにその頃のことが書いてあります。)

・・・

ワクチン接種は1回目は無事に終わり、副反応も出ずホッとする。

本当は、私が付き添わなくてもオトンは一人で病院に行けたのだけれど、猛暑の中、行き帰りの道に急に具合悪くなったらと、不安で付き添いすることにした。

ワクチン接種の後、約束通り毎日ちゃんと朝昼晩と体温を測り、「体温は○○度です。お父さんは元気です。」とメールしてくれる。
その短い一言のメールにまたホッとする。
心配で様子を見に行っても元気そうだ。

ある朝の体温測定のメールで、

「お兄ちゃんがメダカの卵と赤ちゃんを持って来てくれて、昨日は一匹でしたが今朝は四匹になりました。」
と教えてくれた。

お兄ちゃん流石だなぁ!!やるぅー!
メダカなら育てやすいし、生き物好きなオトンの喜んでいる顔が目に浮かぶ。

兄妹それぞれ得意分野や出来ることは違うけれども、父に笑顔でいて欲しいという気持ちは共通しているのだと思う。

オトン、良かったね!お兄ちゃん、忙しいのに本当にありがとう。

ワクチン接種2回目の付き添いの朝、今度は早めにオトンの家に着いた。

「お父さん、おはよう!メダカの赤ちゃん元気?」
横になってテレビを観て待っていたオトンが
「じゅんみはちゃん今日は早いねぇ。メダカの赤ちゃん、また増えたんだよ!」と、とっても嬉しそう。

二人で小さな水槽を覗き込む。

「メガネを忘れてしまってメダカが見えないや。」と言うと、オトンがこれこれ!と懐中電灯を持ってきて、水槽の横から光を照らす。

水草の間から2〜3ミリのメダカの赤ちゃんが出てきてスイスイと泳いでいるのが見えた!ぱっとみても十匹くらいいる。
「わぁ!かわいいーーー!!小さいのに元気に泳いでる!」
「可愛いでしょう?貝の赤ちゃんもいるんだよ。ほら、ここにもここにも。」

二人で飽きずにニコニコとメダカの赤ちゃんを眺めていて、予約時間ギリギリに病院に着いた。

(分かり辛いと思いますが、この画像にちびっちゃいメダカの赤ちゃんが4匹います。現在は十数匹も孵化して元気に育っています♪)

いつも書いているのですが、私はオトンが大好きだ。

実は父はまだ、そんなに高齢ではない。
同年代でも元気モリモリの人や、お仕事をしてる人も多い。

そういう人たちを見ると胸がギュッと詰まる。

オトンもあれくらい元気なら。
耳が普通に聞こえたら。

沢山の友人たちといろいろ出掛けたり、まだまだいろんなことを楽しむことができたのだろうか。

聞こえ辛い、聞こえなくなっても前向きにいろいろな努力をされて元気な人もいらっしゃる。

父にはそれが難しかった。

私は以前、介護の仕事をしていたので

「歳を重ねる毎に変化することは、人それぞれ違う。変化に合わせて生活スタイルやサポートの仕方を考えれば良い。」

と分かっているのについ比べてしまう。

比べる必要なんてないはずなのに。

そんなこと言ったら私だって。
何度かの手術で体力が落ち、心も弱り、同年代の人たちと比べたら出来ないことの方が多いではないか。

その上私は、どんなに仲良くて大好きな人にでも心が開けないところがある。
そんな私が本当に全く気を遣わずに素のままの私でいられるのは昔も今もオトンの前だけだ。

オトンは何か凄く優しい言葉を掛けてくれるとか、心配し過ぎたり、叱咤激励するのではなく、私がどんな状態であっても、ただそっと横でニコニコ笑顔でいてくれる。

怖いことはとても苦手で、私が病気で手術する時などは、病気や手術の説明、立会い、お見舞いには「お父さん、そういうの苦手だから。」と、ハッキリ宣言して絶対に来なかった。

でも、ピンチの時には颯爽と我が家に来て、私や、小さかった息子や、猫の世話の手伝いを不器用でも楽しく押し付けがましくなく、自然にしてくれていた。

そんなオトンが私は大好きだ。

オトンの声はとても優しい。笑顔も可愛い。それだけでホッとする。

だからこそ元気でいて欲しい。

「周りの同年代の人たちと同じように」ではない。
「オトンがオトンらしく楽しく過ごせるように元気でいて欲しい。」

歯医者に通えるようになり
(一人で歯科医院に受診した時、何かとても嫌なことがあったらしく激しく拒否する。入れ歯も合わなくなり食べれるものや食べる量が減った。)
今よりもう少しご飯を食べてくれたら。

栄養状態がよくないと体にも心にも影響する。
ゆっくりでいいから体力がついたら何でも良いから意欲を持てて、父の楽しみが増え、笑顔が増えることを望んでいる。

もっと私が元気で、頻繁に父の家に行けたなら。あれもこれもできるのに。と、ずっと自分を責めていたが、最近は責めるのをやめた。

私が楽しく会いに行かないと、父も楽しくなさそうだと気付いたからだ。

人と比べずに、私が無理せず自分らしく出来ることをするのが、オトンもきっと嬉しいのかな?って。

ワクチン接種2回目の待ち時間、待合室でオトンが手持ち無沙汰にしていたので、私がnoteで描いているオトンの絵を初めて見せてみた。
(娘訪問介護日記を書いてるのは言っていないので、絵の部分だけ拡大した画像を。)

オトンは自分の顔を指差し、
「お父さん?」と声は出さずに口を動かした。
私がウンウンと頷くと、クシャクシャの笑顔になりスマホに顔を寄せてじっくり見ていた。
何枚か見せるとまた「照れるなぁ。」と頭をかきかきしながらニコニコしていた。

(見せたこの絵よりも笑顔だった。)

先日、noteでつぶやいた
「昆虫採集に行く男の子ではありません。オトンの家に行くアラフィフ母ちゃんです。」
の絵のそのままの格好で、その日の夕方父の家に行った。
手作り弁当を食べてもらい掃除を終わらせてからオトンの隣に座り、つぶやきの絵をオトンに見せた。

オトンは、絵と私を交互に見て
「じゅんみはちゃん、上手だねぇ。絵本作家になれるよ!」とニコニコしている。
私はオトンに見えないように横を向き、思わずポロポロと泣いてしまった。

私はいろいろとポンコツでダメダメでオトンにも大したことできていないと思っているのに、オトンは優しいなぁ。
お世辞とか喜ばすためにと言ったのではなく、自然に出た言葉だと分かるから余計に嬉しかった。

その後に来る兄を待っているつもりだったのだが、泣き顔を見せるのが恥ずかしいので帰ることにした。

玄関で「また来るね。」と言うと、ベッドから起き上がったオトンが
「またメダカ見においで!じゃあね!」と輝く笑顔で手を振っていた。

もちろん帰りの自転車も立ち漕ぎだ。
オトン今日もありがとう!
メダカも見に行くけど、オトンの笑顔を見に行くよ!

オトンのハッピースマイル!
眩しいぜ♪

「娘訪問介護」と言っても、
私が父にしていることは簡単な家事援助や傾聴程度でして、身体介助などはしていません。
オトンが苦手な家事と、傾聴と言うより、ただ私が父とお喋りしたいだけなので介護と言えるのか?という感じなのですが。

この先いつか、介護サービスを利用するようになった時に、スムーズに父が受け入れてくれたらな、と。
勝手に介護計画(長期目標と短期目標、今後の訪問介護やデイサービスの利用のタイミングなど)を考えているのですが、
今のところは父が回復傾向にあるので家族で様子を見る形で良いのかなと思っています。

・・・

最後まで読んでくださり本当にありがとうございます!

いつも私の文章は長いのですが、
今回はさらに「娘訪問介護日記・三話分」くらい猛烈に長い文章ですみません。(汗)

読んでくださった感謝の気持ちを込めて、前編での約束通り、私はでんぐり返しして喜びます♪

また、今後の「娘訪問介護日記」も読んでくださったら、縄跳びでクロス二重跳び(私の得意技!)をして喜びます♪

・・・

オトンと私でメダカの赤ちゃんを観察しているところの絵を描きました♪

・・・

こちらのマガジンで今までのオトンとのおとぼけ娘訪問介護日記が見れます♪

読んでくださりありがとうございます! 嬉しくて飛び上がります♪ 私の心の中の言葉や絵を見て何か感じてくださればいいなと願いつつ。