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Process-Based Therapy勉強会:第11章 The Course of Treatment

PBT勉強会の第6回が,2022年8月26日に開催されました!第6回前半では,Learning Process-Based Therapy の「第11章 The Course of Treatment」を扱いました。発表者は国里 愛彦さん (専修大学),感想記事の執筆係は三宅 拓人さん (公益財団法人井之頭病院) でした。


第11章 The Course of Treatmentの発表スライド

発表者の国里 愛彦さん (専修大学) のご厚意で,発表スライドの公開に同意していただきました。下記より,登録なし・無料でご覧いただけます。


これまで学んできたPBTを,長い経過の中でどうマネジメントしていくかというお話しでした。ネットワーク内のターゲットを定めて,うまくいきそうな治療カーネルを選んで・・・とやってもうまくいかないときにどう切り替えるかが学べました。クライエントのネットワークモデルもセラピーの目標もだんだん変わっていく中で,EEMMなどを活用してケースをどうマネジメントしていけばいいのか,沢山のヒントが得られたように思います!


第11章の感想記事

担当の三宅さんに,感想記事をご執筆いただきました。「感想をできる範囲でまとめてくださいな~」とお願いしたところ,参考文献込みで,骨太の記事に仕上げていただきました。「Clの個別性だけではなく,Thの個別性も治療プロセスに影響を及ぼすのではないか」というご指摘や,精神分析理論寄りの考察にはっとさせられます。まだまだ「CBTやACTの延長」にとどまってしまいがちなPBTに足りない視点を補う感想記事だと思いました。すごい。。。必読です。


#執筆者プロフィル

三宅 拓人
公益財団法人井之頭病院
公認心理師・臨床心理士


#『Learning Process-Based Therapy』(1) を読み終えて

私が「Process-Based Therapy (PBT)」というアプローチを初めて知ったのは、菅原先生が執筆された紹介論文(2)を目にしたときでした。「認知行動療法の新たな展開」という魅力的な副題に心ひかれた私は、職場の図書室で勢いよくその論文を読み始めました。

しかし、その勢いは程なくしてしぼんでいきました。「難しくて理解できない」という不甲斐なさを久しぶりに味わって、私の昼休みはあっという間に終わってしまいました。

そんな私にとって、「Process-Based Therapy勉強会」の開催はまさに願ったり叶ったりの機会でした。中心となってくださった菅原先生・樫原先生、ならびに理解のプロセスをともにしてくださった参加者の先生方に、この場をお借りして心よりお礼申し上げたいと思います。


#第11章 「The Course of Treatment」

PBTでは、セラピスト(Th)がクライエント(Cl)の話を聞きながら問題や関連する要素を整理し「ネットワークモデル」として図式化します。ネットワークモデルはホワイトボードなどを使ってClと共有され、治療方法(介入)はネットワークモデルに基づいて選択されます。


第11章では、最初の介入を選択した後の流れについて説明されていました。要約すると、PBTは次の①~④の作業を繰り返すことによって進んでいきます。

① 導入する介入と予測される効果をネットワークモデル内に図示する。
② Clのフィードバック(記録データや内省報告)によって介入の実際の効果を確認する。
③ 実際の効果をネットワークモデルに反映する。
④ その後のアプローチを検討する(介入を継続するか?他の介入を導入するか?)。


本書で紹介されている「マヤの事例」では、「背中の慢性痛」を中心として「痛みへの注意」、「怒り」といった要素からなるネットワークモデルが作成されました。

① ネットワークモデルに基づいて「痛みへの注意」や「怒り」を低減する「マインドフルネス」が最初の介入として選ばれ、ネットワークモデルに図示されます(スライド6)。
② マヤはマインドフルネスを実践しましたが、逆効果であることが本人のフィードバックから分かりました。
③ マヤの場合は「マインドフルネス」が「痛みへの注意」や「怒り」を強化してしまったことが、ネットワークモデルに反映されました(スライド13)。
④ マインドフルネスを中止し、新たな介入として「心配休暇」が導入されます(スライド16)。


このように、ネットワークモデルはClと常に共有し、臨機応変に更新していきます。これによって介入効果やClの変化が可視化され、Cl本人と一緒に確認しながら治療を進めていけるのがPBTの特徴の一つとなっています。
また、PBTのネットワークモデルは、従来の認知行動療法(CBT)で行われる「ケースフォーミュレーション」よりも幅広い枠組み(拡張進化論メタモデル、EEMM)を用いて作成されます。そのため、「マインドフルネス」から「労働組合への参加」といった多彩な介入を検討し導入できる点も、PBTの特徴と言えるでしょう。


#考察

「Thの個別性」が治療のプロセスに及ぼす影響
Clは一人一人それぞれの悩み、感情の感じ方、物事の捉え方、思考の進め方、言葉や表現の仕方、性格、価値観、身体的特徴、育ってきた環境、対人関係、文化……をもっています。一見同じような悩みを抱えているClであっても、その背景や成り立ちがまったく異なることがあります。

PBTは、このような「Clの個別性」を従来のCBTよりも重視しています。EEMMを用いてClの個別性を十分に反映したネットワークモデルを作成し、可視化したClの変化を「プロセス」としての治療の基盤に据えています。

一人一人異なる人間であるからこそClは個別性をもっています。しかし、それは同じ人間であるThにも当てはまることではないでしょうか。Thも一人一人それぞれの感情の感じ方、物事の捉え方、思考の進め方、言葉や表現の仕方、身体的特徴、文化、そして治療のスタイルやスキル……をもっています。これを本記事では「Thの個別性」と呼びたいと思います。

精神科医の Sullivan は、治療者は自らの存在の影響を排除して患者を観察することはできないと指摘し、この臨床の特性を「関与しながらの観察(participant observation)」と呼びました(3)。たとえば、Thが男性か女性か、年上か年下か、病院のスタッフか学校のカウンセラーかといった違いによって、Clは語る内容や表現を大きく変化させる可能性があります。

また、Clが同じ内容を語ったとしても、Thの反応は一様ではありません。共感してうなずくThもいれば、すぐには理解できず確認するThもいるでしょう。それらに伴う表情や所作も、話を聞きながら生じる解釈や感情もThによって異なります。このようなThそれぞれの反応の違いも、その後に続くClの語りを大きく左右すると考えられます。

ThがClの話を聞きながら問題を捉えようとするとき、そこにはすでに「Thの個別性」の影響が様々な形で入り込んでいると考えられます。

このような「Thの個別性」は、PBTにおいても治療のプロセスに影響を及ぼすのではないでしょうか。PBTで中心的な役割を担うネットワークモデルは、Clの語りによって作成されます。しかし、前述したように、その材料となるClの語り自体が「Thの個別性」の影響を受けて変化します。その影響は、ネットワークモデルの内容や、それによって捉える治療のプロセスにも波及する可能性があります。

また、第11章のマヤの事例でも、「Thの個別性」が治療プロセスに影響したと解釈できる部分がありました。前述したように、マヤはネットワークモデルに基づいてマインドフルネスに取り組みましたが、それによってマヤの症状は悪化してしまいました。なぜマヤのマインドフルネスは逆効果だったのでしょうか?

マヤはマインドフルネスを実践する前に、Thから効果を図によって説明されました。さらに、その効果を記録をつけてフィードバックするように求められました。その結果、マヤはマインドフルネスの最中も「これをやれば怒りや不安が減るはずだ、そして痛みにも利くはずだ」と考えていたかもしれません。それは、マインドフルネスがねらう「今この瞬間に注意を向け、あるがままに受け入れる」姿勢を阻害した可能性があります。そして、マヤにとってのマインドフルネスは「怒りや不安や痛みに注意を集中させる時間」に変質してしまったおそれがあります。

ひとつの仮説に過ぎませんが、マヤのマインドフルネスが逆効果になったのは、Thが示唆した問題の捉え方や治療の進め方という「Thの個別性」が、マヤのマインドフルネスの取り組み方を変えてしまったためかもしれません。

以上のように、「Thの個別性」はPBTにおいても治療のプロセスに大きな影響を及ぼす可能性があります。しかし、今回の勉強会で読んだ『Learning Process-Based Therapy』には、プロセスに対する「Thの個別性」の影響を捉えて扱うための具体的な説明や方法は十分に示されていないように見受けられました。

Process-Based Therapyは「新たな波」となりえるか?
臨床がThとClのやりとりによって成り立つ限り、臨床から「Thの個別性」の影響を完全に排除することはできません。しかし、なるべく妥当で客観的な臨床を行うために、これまで様々な工夫やアプローチが行われてきました。

たとえば、精神分析理論では「間主観性(intersubjectivity)」という概念が導出されました(4)。間主観性の視点では、Clの主観的世界とThの主観的世界の相互作用に焦点をあて、お互いに影響を及ぼし合うClとThは分割できない一つのシステムであると考えます。そして、転移や逆転移、解釈や抵抗、改善や悪化といった治療上の現象は、ClとThのどちらかによって生み出されるものではなく、システムの中で作られ展開されていくものであると捉えます。

したがって、このような視点をもつ精神分析やそれに基づく治療では、Clの変化だけでなく、Thの変化や両者の相互作用および関係性の変化も治療プロセスに含んで考えます。それらを丁寧に内省したどっていくことに重点をおいています。

また、心理検査においては、検査者が使う用具、教示の内容、反応の仕方、座る位置などを細かく定めているものがあります。さらに、いくつかの検査では、得られたデータを数量に変換し統計的な分析を加えます。このような工夫によって、検査者が被験者に与える影響や検査者の違いによる結果の誤差を最小限に抑えようとしています。

心理検査の一つであるロールシャッハ・テストにおいては、Exner によって「包括システム」が構築されました(5)。1970年頃のアメリカでは検査者それぞれが独自の施行と解釈の仕方でこの検査を活用していましたが、Exner はそのプロトコルを収集してデータベースをつくり、様々な変数や解釈仮説の信頼性・妥当性を分析し確認しながら「包括システム」へ統合していきました。これによって、検査者に由来する影響や誤差を抑え、より客観的・実証的にロールシャッハ・テストを利用することが可能になりました。データの収集・分析とそれによるアップデートは現在も続けられています。

『Learning Process-Based Therapy』のいくつかの記述から、PBTもケースのネットワークモデルや関連情報を蓄積したデータベースの構築とその利用を将来のビジョンとして想定しているのではないかと考えました。

現時点では私の想像に過ぎませんが、たとえば次のような活用の仕方が考えられます。Thはある程度のネットワークモデルを見立てたところで、その内容やClの情報をデータベースへ照会します。データベース側は何らかの分析や処理を行い、ネットワークモデルの典型例、抜け漏れている可能性がある要素、有効な介入の候補、予測される変化、禁忌や注意点などを照会したThに示します。仮にこのようなデータベースの活用が可能になれば、Thは自身の個別性が治療のプロセスに及ぼしている影響をいくらか補正できるかもしれません。

今日まで、CBTは新たな要素や概念を取り込むことによって発展してきました。Linden によると、その発展は12の波として捉えることができます(6)。

その中でThに関する要素としては、第七波の「治療関係」が挙げられています。ただ、「Thの個別性」はその治療関係が形成されるよりも前の段階からClに影響を及ぼすと考えられます。たとえば、待合室でClとThが初めて出会う瞬間や、ClがThのことを知って何らかの期待をもち来談を決意する段階から、「Thの個別性」によるClの変化のプロセスは始まっていると考えることもできます。

臨床におけるデータベースの活用といった何らかの方法によって、治療関係や治療プロセスを左右する「Thの個別性」を新たな要素として理論や実践に取り組むことに成功したとき、PBTは認知行動療法における新たな「13番目の波」として、その真価を発揮するようになるのではないでしょうか。


#参考文献

(1)Hofmann, S. G., Hayes,S. C. & Lorscheid, D. N.(2021). Learning Process-Based Therapy: A Skills Training Manual for Targeting the Core Processes of Psychological Change in Clinical Practice. New Harbinger Publications.

(2)菅原大地・増山晃大・福井晴那・能渡綾菜・水野雅之・松本昇(2020). Process-Based Therapy―認知行動療法の新たな展開―. 精神医学, 62, 1539-1547.

(3)Sullivan, H. S. (1954). The Psychiatric Interview. W. W. Norton & Co..

(4)丸田俊彦・森さち子(2006). 間主観性の軌跡―治療プロセス理論と症例のアーティキュレーション―. 岩崎学術出版社.

(5)Exner, J. E. (2003). The Rorschach A Comprehensive System. Volume1: Basic Foundations and Principles of Interpretation. 4th Edition. 中村紀子・野田昌道(2009). ロールシャッハ・テスト―包括システムの基礎と解釈の原理―. 金剛出版.

(6)Linden, M.(2022). Twelve rather than three waves of cognitive behavior therapy allow a personalized treatment. World Psychiatry, 21, 316-318.


今後の勉強会について

『Learning Process-Based Therapy』の読書会は今回で終わりましたが,勉強会そのものは今後も続きます。ゆるゆると交流しつつ,時機を見て様々な企画をやっていきたいと思います。

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