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碧玉婚の御祝


昨年の春に米寿のお祝いをした両親は、今年は碧玉婚(結婚65周年)のお祝いとなった。

引越の手続や整理なども少しづつ落ち着いてきたので、2か月ぶりに実家に戻って両親とゆっくりと過ごした。

前回、帰省した2月に市役所で父の直系の家系図を調べてもらい、その戸籍と簡単な家系図を今回、持参した。
今年90とになる父はヤクザな人生を歩んできたが、奇跡的に3度の大病や事業でもうだめだという危機を何度も潜り抜けてきた。
父は、それは祖先のご加護であったと、毎朝、神棚と仏前には手を合わせ、お墓に対してもきちんと手入れをしてきた。

家系図を興味深く受け取ると、翌日、解読して説明してくれた。
父は10歳で父親を失い、目の見えない母を支えてきたが、戸籍上でも10歳で戸主になっていたという事実をはじめて知り、驚いていた。
また、亡くなった父親は前妻に4人の娘がいたこと、後妻にも8人の子がおり、実に12人の子がいたが、男兄弟はすべて病死し、男は次男の父ひとりであった。
亡くなった父親も次男でその父親も次男で分家していたという事実も判明し、我が家系は、どうも次男が家系をつないできたということもわかった。

分家した父のお祖父さんにあたる人は江戸時代の生まれであると思われ、その前を辿るには本家の家系を新たに調べれば辿れるということも判明した。

10歳で戸主となり親戚からは冷たくされながらも親戚付き合いをしてきた父は前妻の子や本家の系列の親族のことも記憶があるようで、改めて父自身の血筋を振り返る貴重なものとなったようで、しばらく何度も解析するので貸してくれと言っていた。

50年近く事業をしてきたので、人の名前は本当にフルネームでしっかり覚えており、驚くほどの記憶力で圧倒される。
私は人の名を覚えるのが苦手で、そういう意味では、人の名を刻み込まなくても生きてこられたということだろう。

父のネイタルチャートでの太陽は天秤座で、人脈を生かして事業を展開して成功してきたのもうなずける。反面、冷酷なことも重ねて恨みを買ってきたというのも事実である。

そんな父が20年前によく通っていた中華に行こうというので、母も含めて3人で行ってきた。
場所もしっかり記憶しており、小川を渡ってお店に入る変わったお店であった。13時頃であったが、絶え間なくお客さんが訪れて繁盛していた。
父は大盛のちゃんぽん麵、とても90歳とは思えない食欲。
腰痛と足が痛くて歩くのが辛いこと以外は、頭も口も達者である。

超絶な毒舌で、3人の子の伴侶とは、トラブルを起こしてばかりである。
さすがにお酒は飲めなくなったようで、小さなビールと麦焼酎のお湯割りを1杯のみ。

母は太陽牡羊座でのんびりしているが芯は強い。
父の超絶な毒舌をいつもスルーできているので65年も一緒に暮らせてきた。
以前は夫婦喧嘩も絶えなかったが、最近は、父が母と二人で一人という境地に至ったようだ。

母のために昨年はキッチンを大改修し、来週は浴室を最新の浴室暖房付きのユニットバスにする計画。

母は介護認定はとれないが、体力維持のため週1回のデイサービスに行くようになり、そこでの半日が楽しみのようである。
私のネイタルチャート5室蟹座金星を使って、残りご飯を使って母にチャーハンを作ってあげ、母が登れない庭の斜面の草むしり等をした。

私は、結婚35年になりそうであるが、今回の引越の件などで結婚記念日などはすっかり忘れてしまった。

時代も水瓶座時代となり、形式的なお祝い等はだんだんとなくなっていく流れになるのであろう。


花は葉に結婚記念日を忘れ




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