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"おとなの掟"を守りながらドーナッツの穴を通り、椎名林檎は来るべき日を目指す〜Doughnuts Hole - おとなの掟

新人アーティスト"Doughnuts Hole"がいま話題になっている。

メンバーは4人。出会いは東京のとあるカラオケボックス。それぞれがヴァイオリンやヴィオラなどのアマチュア演奏家であり、週末にのみ軽井沢の別荘で共同生活を送りながら練習している。定期的に別荘近くのライブレストランにてパフォーマンスの機会を設けており、ひっそりと、だが着実に活動の幅を広げようとしている。

そんな結成から1ヶ月にも満たない新進気鋭のクラシック・グループが、「おとなの掟」と題した曲を配信リリースし話題となっている。しかもカルテット演奏ではなく、4人は"歌っている"のだ。奇をてらうようにも、ましてや冗談半分で作られたものとも違う。歴としたサウンド・トラック、いや、ドラマの余白を埋め、要約し、結末すら述べているようにも思えてしまうほど円熟した楽曲がいきなり世間をざわつかせている。

まわりくどくなったが、これは火曜10時からTBSにて放送されているドラマ『カルテット』内で、松たか子、満島ひかり、高橋一生、松田龍平らが結成した架空のカルテット・グループ"Doughnuts Hole"の話。そして、彼らのデビュー曲「おとなの掟」を手掛けたのがあの椎名林檎だというから、話題になるのも当然だ。だが、単に椎名がドラマのために書き下ろし、それを演技派の4人が歌うというトピックだけで盛り上がっていてはいけない。いや、それはそれで正しい反応だけど、その話題の真意は、ドラマと音楽の蜜月を椎名林檎が楽曲の随所に忍ばせているところにある。

純然たるドラマと音楽の親和性において、劇中の架空の存在が現実にはみ出してくることで生まれる視聴者 / リスナーの妄想、推測を、椎名林檎は見事に誘発させているのだと思う。

今までにも、2013年にNHK 朝の連続テレビ小説『あまちゃん』にてのん(当時は能年玲奈)、橋本愛が劇中にて組んだ"潮騒のメモリーズ"による「潮騒のメモリー」(のちに小泉今日子が"天野春子"名義でシングルリリース)や、昨年末、全ての話題を更新した、同じく火曜10時に放送されたドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』から生まれた星野源「恋」と"恋ダンス"という一大ムーブメントなど、ドラマと音楽が同じカテゴリ内でヒットを組み立ててきた例は数多くあった。

松たか子が絡むことを踏まえれば『アナと雪の女王』も参照点に挙げられそうだが、今回は"ドラマ"というフォーマットが非常に重要になってくるので除外。朝ドラなら1日、通常のドラマなら1週間のインターバルが各話の合間に設けられる。それら放送と放送の間の視聴者の暮らしが強く反映されるからこそ、『あまちゃん』も"恋ダンス"も、そして「おとなの掟」も、現実社会に根付いていったのだと思う。

そのことを当然のように熟知し、自身の音楽・芸能活動においても作品の関係性に重きを置く椎名林檎が作詞・作曲を担当し、斎藤ネコによる編曲が織り成すカルテットから広がるポップスの多様性など、この曲を秀逸と呼ばざるを得ない要素は多々ある。4人の役どころを見据えた歌唱パートの妙、ユニゾンしながら主旋と副旋を行き来し、音符と音符の隙間を各楽器がすり抜け前後する楽譜上のテクニック。転調に向けてドラマチックに配置された各小節部の異なるブリッジ等々、枚挙にいとまがない。

だが、サウンドやそのプロダクツ以上に、この曲とドラマを話題性に富んだものにしているのが、日本人の大好きな"歌詞"である。その歌詞が、先日椎名林檎のHPにて公開されたが、またそれが度肝を抜かれる形式でアップされた。

"椎名仕様の文字配置"、彼女をよく知る人は想像ができるだろうが、今回は言葉選びや曲の展開において、また少し趣向の凝らしたものになっている。それがこちら。

ここまでシンメトリーを追求するか、と言わんばかりの椎名仕様の歌詞表記。何より一節一節、文字数についても統一され、帳尻合わせと思われそうな部分が全くない。ドラマで描かれる4人の秘密とそれを守る様をすくい上げるよう叙情的、かつミステリアスな用語が散りばめている。この圧倒的な芸術性、ただただ末恐ろしい。

ドラマエンディングにて、松たか子がフィーチャーされる場面で歌われる〈グレー〉という色彩ワードも、黒と白、好きと嫌い、知識と自由、真っ新だった子供時代と秘密を守ることに甘えたおとなである今...とかく歌詞の中の相対的なキーワード全てを曖昧なものだと要約している。〈真っ黒な中に〜吐息よ〉と歌われた冒頭も、次の〈真っ白な息がいまも〜〉までストーリーがワンシーンで切り取られていることを表していたりと、文学的なテクニックも用いられることで、無意識にドラマの中の4人を我々に連想させる。

全ての要素に穴がない。穴にすら意味があるのだと、聴く者、見る者に見せつける。まさに"ドーナッツの穴"="Doughnuts Hole"が歌うに相応しい。グレーなおとなが歌う「おとなの掟」="The Adult Code"=大人のコード進行で奏でられていることも、すべて椎名林檎は計算済みなのだろう。

一見すべてが詰め将棋のように思われるかもしれないが、おそらく、彼女はその都度、意図を読むことに長けているのだと思う。演じている4人の俳優のバックボーンや、それぞれの出自、ドラマでのキャラクター、相関図...一筆書きの線に点在するそれらが音符となり、線はメロディーを描く。彼女の音楽はいつだって意図しないことすら意図している。拡大解釈されようが、被害妄想に陥ろうが、"おとな"な彼女はそれをまたインクに線を伸ばすだけ。

デビューから東京事変、リオ五輪、紅白歌合戦、『カルテット』、そして2020年へ。彼女はドーナッツの穴を通り、おとなの掟を守りながら、来るべき日へと降り立つ準備をしている。その着地点へ辿り着く瞬間を私たちがこの目で見るためにも、『カルテット』と「おとなの掟」、どちらも見逃すわけにはいかないのだ。


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