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意味が重なる学名

∫1 植物

植物は、属の中に多数の種を含むことが多いです。

学名は、その属のどの種を指しているのか、一目でわかるほうがよいです。
属名と種小名の重ねを許すと、学名の使い勝手が悪くなります。

属名は、科の中で、その属の特徴を表す名称をつける。
種名は、属の中で、その種の特徴を表す名称をつける。
この形に整えたとき、もっとも使い勝手がよくなります。

使い勝手を保つ必要性から、植物の命名では、
できるだけ属名と種小名で同じ意味の語を重ねないという
暗黙の留意点があります(規約ではないです)

とはいえ、古い時代の学名はどうしようもありません。
命名は先取式。原則、最初に受理されたときの名で決まります。

重ねづけした学名で受理されてしまったら、
後日、統廃合の機会がない限り、重なったままになります。
重ねづけだけでなく、研究者が標本を取り違えたときも、
スペルを間違えたときも、困ったことにそのままになります。

[ダブらせない例]
 ×Albuca属に、albaはつけないです。
 ×Bulbophyllum属に、bulbosaはつけないです。
 ×Jasminum属に、jasminoidesはつけないです。
 ×Phlox属に、phloxidifloraはつけないです。
 ×Tulipa属に、tulipiferaはつけないです。

[ダブっている例]
・Triphasia trifolia(トリファシア トリフォリア)ミカン科
  花は3弁として、葉まで3裂している種です。
  3は珍しいので、名称に取り入れたい気持ちはわかります。

・Tetragonia tetragonioides(ツルナ)ハマミズナ科
  Tetraも4の意なら、goniaも4の意です。
  4弁花は、ハマミズナ科の他の属にはない特徴ですが、
  属内に4弁花が複数あるので、種を特徴づける情報ではありません。
  同属は50種ほど登録があります。

・Cinnamomum cinnamomum(セイロンニッケイ)クスノキ科
  ⇒Cinnamomum verumで落着しました。
   verumは「真実の」なので、「本シナモン」の意です。
   本じゃないほうのシナモンは、Cinnamomum sieboldiiで、
   ニッキの香りは弱いものの、香辛料に使えるそうです。

・ Scilla scilloides(ツルボ)キジカクシ科
  ⇒Barnardia japonicaと同種とされ、先行名で落着しました。
   別属の分類になりましたが、ツルボ亜科の中ですので近縁です。

全体として、植物では意味が重なるタイプの名称は少な目です。

 査読者 「あのー、名称は重ねないほうがいいと思うのですが」
 投稿者 「受理してくれるなら、名前については見直しますわ」

∫2 動物

・昆虫類
全体として、昆虫には重なるタイプの名称が見られません。
あるかもしれませんが、僕が知らない種でしょう。

昆虫は種数が多く、属名と種小名を重ねたときの弊害が大きいです。
昆虫学者は、大航海時代よりもっと前、地元で昆虫採集をしていた時代から
分類と命名に高い意識を持っていたと想像します。


・Electrophorus electricus(デンキウナギ) 魚類
  放電で狩りをするとは、奇特な特徴です。
  これは名前に反映させるしかないでしょう。
  同属の登録は2種しかないので、重ねても問題は起きなさそうです。

全体として、魚類では重なるタイプの名称は稀です。

魚類は採集に手間がかかります。
採取の困難が多い分、姿勢も真摯になるのかもしれません。
どの研究者もよく特徴を観察し、丁寧に命名しているようにみえます。


・Gorilla gorilla (ニシゴリラ) 霊長類
  ニシローランドゴリラは亜種名をつけるとGorilla gorilla gorilla。
  ゴリラには西型と東型の2種しかありません。

霊長類は種の数が少ないので、名を重ねても問題は起きないでしょう。
霊長類は分化した時期が新しく、種だけでなく属の数も少ないです。


・Coccothraustes coccothraustess(シメ)鳥類
  豆を砕く鳥の意味のようです。丈夫なくちばしを持ちます。
  同属で少なくとも6種の登録が見えます。

・Cyanopica cyanus(オナガ) 鳥類
  シアン色の鳥。尾の近くが青味がかっています。
  同属で2種の登録があります。

・Gallinago gallinago(タシギ) 鳥類
  オンドリに似たという意味のようです。
  もっと観察し、丁寧な命名をしてあげてほしい気がします。
  同属で18種の登録があります。
 
・Himantopus himantopus(セイタカシギ) 鳥類
  革紐みたいな脚の意。
  細長い脚で歩く姿はモデルのようです。
  同属で4種の登録があります。

・Nycticorax nycticorax(ゴイサギ)鳥類
  Nyctiは夜、coraxはカラスの意で、夜のカラス。夜行性です。
  同属で5種の登録があり、他に変種グループがあるようです。
 
鳥類では学名の重ねづけが複数見られます。

命名者は1属1種を想定したのでしょうか。
本当に1属1種であったのなら、重ねても問題は起きませんが、
そうでないことのほうが多いようです。

もしかすると、重ねづけする慣習のようなものがあったのかもしれません。
リンネが書式を定める前に使っていた名称をどうするか考えあぐねて、
重ねる方法でしのいだかもしれません。

もし、植物学者や昆虫学者と親しく交流していたら、
「隣接分野では重ねないように気をつけているらしい」
とわかりますが、研究者は専門の外に出たがらないことが多いです。


学名の重ねづけは、研究者としては歓迎しかねることですが、
市民にとっては、重なっていたほうが暗記が楽かもしれません。

Nipponia nippon(トキ)は
日本人にとって覚えやすい学名のひとつでしょう。

トキの学名は、当初、重ねるつもりはありませんでした。

1835年にIbis nipponという提案があり(新種で先取)、
1852年にNipponia temminckiという提案があり(新属で先取)、
統合して学名を整えたら、結果としてダブってしまったという。
(参照 トキ - Wikipedia

トキは1属1種ですので、名前を重ねたことで起きる問題はありません。
安心して重なった名称を楽しんでください。

トップ画 
 トキ部分:食べられる前頭葉さん
 土器部分:ACworksさん

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