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(短編)継母の些細な気持ち

高校では、テニスの部活に入っていた。
夜遅くなるときには、明かりはあるものの、長い1kmぐらいの道を川沿いの土手を歩いて帰る。
冬に入ると夜が早い。
真っ暗になるのを心配して、母が学校へ自転車で学校まで迎えに来てくれる。
毎年だ。
いつも先に来て待ってきてくれる母、こずえさん。
とても綺麗な人である。

そう、こずえさんと私は実の親子ではない。
母が小学校低学年で事故で亡くなり、その後2,3年後からよく父に連れられて家に遊びに来るお姉さんだった。

とても綺麗で、お化粧の仕方とか、きらきらした綺麗なものをたくさん持ってきては使わせてくれる。優しいお姉さんだった。

こずえさんは、その後、私が高校へ入ったころ、父と再婚した。
「こずえさんのこと好きだろ?」と父。
綺麗だし、よく来るので自分の友だちだと思っていたのだ。
父は、「こずえさんと結婚しようと思うけれど、良いか?」と聞いてきた。

そうなると、不思議な気持ちになった。こずえさんが私に会いに来たのは、そういうことだったのか、とわかる年齢だった。
父の顔を見ていた。「そういうことだったの、結婚したいなら、すればいいけど、こずえさんを好き、というのと、ママを好きと言うのとでは、全く違うから。こずえさんは、パパの奥さんってことになるの?ママの戸籍はどうなるの?わたしは、・・・」なぜか、胸がいっぱいになり、早くなくなってしまった母が、可哀想で仕方がなかった。

油断していた。そう、ママ、ごめんなさい、という気持ちでいっぱいになった。こずえさんは、どういう存在だったのだろう。
お菓子を作ってくれたり、迎えに来てくれたり、明るくてきれいで、でも父と並んで歩く人ではなかった。常に私の横で、何でも私の意見を聞いてくれた。

ただそれだけの??、元をたどっても、いつからこずえさんがうちに来るようになったのか、どこの誰なのか、考えるとわからなかった。

考えていると、父は何も言わなくなった。

きっと近いうちにこずえさんはこの家に主婦として家族になるのかな、と思った。そう思っただけだった。
母は一人しかいないから。
父は寂しかったのだろう。自分だけ?

思春期だからか?むっとした、父の恋愛沙汰など、気持ち悪い。その日はいろんな過去の欠片がバラバラに思い出され、母の笑顔、母がいなくなった日、その後こずえさんの笑顔、やさしい声、・・思い出せば思い出すほど、2人の顔が重なっていく。

次の日も、夕方の部活、家には早く帰りたくなかった。
ちょうど金曜日でいつもこずえさんが来る日だ。なんとなく、まとまらないのでゆっくりと片づけをして、学校を出た。
きっと今ごろ、娘がいなければ、楽しいのにねーなんて話しているのかもしれない。私は途端に邪魔ものなのかもしれない。ひねくれてもみる。

土手に沿って歩こうとしたら、少し離れたところにこずえさんがこっちを満面の笑みで立っていた。なんで?何か聞いたのか?
え?たまにあったことなので、昨日のことを気にしないそぶりで、「あ、こずえさん」と、近づかないまま、声をかけた。

こずえさんは何も言わないまま、ニコッと笑った。
さすがに私は笑えない。父とこの人が。変な気持ち、嫉妬なのか、母に対する父の裏切り?いや、母はもう生き返らない。好きな人ができてもいいだろう。それを許せる年でもある。

しかし、その日は何を並んで話したらよいのか、困ってしまった。
こずえさんはいつものように「部活動どうだった?」と聞いてくる。
私は目をあわせず、「寒かったかな」などといいながら、「YONEX」のラケットが入っているラケットバッグごとなんとなく、振って見せた。
すると、こずえさんは、その、振っているラケットカバーの前に立ち、妨害をする。ん?なあに?と思う。
では、今度はバックの練習。左側で、両手で構え力強くえい、っと振ってみる。何度か振っていると、するとまた、こずえさんは、前を回って左側で振っているラケットの前に立つ、邪魔してくる。
私は、こづえさんの顔を見た。「なあに?なんで邪魔するの?」
こずえさんは言った。
「どうしてって、憎たらしいから。決まってるでしょ」

どういうこと?こずえさんを見ると、さみしそうに涙を浮かべている。泣いてるの?と心配になって覗き込んだ。
「なんで、これから幸せになる人が泣くの?あたしは、裏切られた感じだけど、父が好きなら仕方ないし、あたしもこずえさんが好き、綺麗だし、楽しいし。でも、・・・・・私のママではないから。」といった。
 お父さんと幸せになってくれればそれでいい。大人になったら、自立して一人暮らししようと考えていた。

こずえさんは、「そうだね、あたしは、ママにはなれないし、パパの心にはママが残っていて。それは、あなたとそっくりだって。それは、のろけでしょ? でもそんなあの人が好きなの。ままににた、あの人に愛されたあなたのことをもっと知りたいの」といって、笑いながら、涙を流した。

私は、そんなこと、初めて聞いた。ママと私が似てる? 
人間なんて、単純だ、そう聞いたら、急に、なんだかすっきりした。思い切り飛び上がって、テニスカバーのままアタックを決めた。「えいっ!」ジャンプ力は部では一番だ。

振り返ってこずえさんに、「かっこいいでしょ?」と言った。
こずえさんは、立ったまま涙を流しながら、笑顔でうなずいた。
私は思わず、こずえさんに、抱きついた、すると、何の感情かわからないけれど、涙があとからあとから出てきた。今までの母のいないさみしさ、旅たった母のさみしさを誰にも言えなかった、
だけど、母は、あたしの中にいたってことなんだ。
そう思えた。
私は、母だ。こずえさんは、父の恋人。
そしてこうやって、包んでくれる暖かさに心から安心した。
「あったかいね」こずえさんは言った。
「ほんと、あったかくて、鼻水出た」と私。
顔を見あわえて、二人で笑った。やっと心が通じた気がした。

パパはさぁ、好きな人に囲まれてて、ちょっとずるいよね。
こずえさんも、そうね、それを言ったらわたしもそうよ。という。
わたしも、そういえばそうか、と思う。
でも言わなかった。ママを胸に、私は新しい家族と仲良くすることを決めた。何があってもこずえさんを気づつけない、と決めた。

母のような気持だった。




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