見出し画像

11/28(水)あの日伐採された木の名前を僕達はまだ知らない。

今日も朝8時に起きることができた。順調だ。
もらったお米の残りで朝食を済ませ、外出する準備をした。目的はおととい両親から振り込まれたお金の回収だ。
このお金は家賃光熱費として昨日引き落とされるはずだったのだが、金額が足りずそのまま口座に残っている。このままにしておくと他の支払い等で目減りしてしまいそうなので、一時的に口座から下ろしておくことにしたのだ。

朝10時頃に自転車に乗って家を出た。
早朝に降った雨で地面は濡れていたが、空を見た感じでは大丈夫そうだったのでそのままこぎ進める。家から1分のコンビニATMでお金を下ろすこともできたが、手数料のことを考えて銀行へ向かうことにした。忘れてはいけないがこれは僕のお金ではないのだ。
先日銀行へ行った時は知り合いに出くわしてしまったので、少し緊張しながらの移動になった。偶然に抗うのは難しいと分かっているが、前回とは別の道を選んだ。

ひきこもり始めてからもう5か月近くになる。今ではこうして用事があれば外出できるようになったが、いまだに外に出た時には何か違和感のようなものを感じている。
今僕が住んでいる町は、僕が生まれ育った町だ。
産まれた時から京都に引っ越すまで24年間住んだ町なのだが、今日も自転車をこいでいる途中まるで外国の知らない町を走っているような気持ちになってしまった。もちろん道は分かるし町がそんなに変わった訳ではないのだが、長い間外出していなかったせいでどうしても外への「なじみの無さ」を感じてしまうのだと思う。

たまにポケモンGOの画面を確認しながらゆっくりと15分ほど走った。
ちょうど銀行の前へ差し掛かった時、トヨタのプリウスが僕を追い越して銀行の入り口前に停車した。この銀行の駐車場はそこから10mほど先にあるのだが、どうやら横着して入り口前に横づけしたらしい。
こんなセコいことをする奴はどうせ恰好だけ小ぎれいにした60代のオッサンで、きっとチビでこずるいサルのような顔をしているんだろうな、と思っていたら、本当にそんな風貌の男が運転席から出てきた。
野暮ったい厚手の茶色いスーツは少しサイズが大き過ぎるようで、その体の小ささが余計に強調されてしまっていた。男は片手に封筒を持ち「すぐ戻るから大目に見て!」という気持ちを全身で表現するように肩をすくめ小走りで銀行に入っていったが、その動きはサルというよりはリスのようだった。
そんなオッサンの動きを横目に僕はきちんと10m先の駐輪場に自転車を停めた。オッサンの使っているATMからふたつ横のATMを使い、目的だったお金を引き落とす。もちろん手数料は0円だ。

家を出てから15分ほどであっさり用事が済んでしまった。
本来の僕なら、このまま家に帰るのも何だからとラーメンを食べに行ったり、喫茶店に寄ってコーヒーを飲んだり、100円ショップに寄って何か使えるものがないか物色したりするのだが、今はそれもできないのでまっすぐ帰路につくことにした。
せめてこれくらいはと少し遠回りをして家に向かっていると、広めの緑地で工事をしている。信号待ちのついでに掲示板を見ると、どうやら緑地に植えられていた木を伐採しているようだった。
少し離れたところで、通りかかったおばあさんが警備員の青年と話しているのが見えた。会話の内容はほとんど聞こえない距離だったが、おばあさんは「なぜ、せっかくの木を切ってしまうのか」というようなことを言っているようだった。
青年は少し困ったような顔をしていたが、腰の曲がったおばあさんに顔の高さを合わせてずっとその話を聞いていた。
僕はなぜか少しいいものを見たような気持ちになったが、何が良かったのかはよく分からなかった。よく分からないまま信号は青になり、また自転車をこぎだした。

天気はくもりだったが、この時期にしてはかなり気温は高かったと思う。
路地を抜け、家の近くまで来たところでポツポツと雨が落ちてきた。自転車の変速を4にして少し急いで家へ戻ると、凛ちゃんは出迎えもせず布団に潜りこんでいるようだった。
「帰って来たんですけど」と布団に手を入れると、生き物がこんなに熱を発するものなのか、と思うくらいにほかほかしていた。いつも決まった時間に決まった場所で規則正しく日向ぼっこをする凛ちゃんだが、今日は曇っていたので布団に籠ることに決めたようだ。
天気が悪くてもきちんと外出してきた僕は、生活リズムに関してやっと凛ちゃんに少し勝てたような気がして嬉しくなった。
いつまでもねこに負けてはいられないのだ。

こんな生活なのでサポートして頂けると少額でもとても大きな助けになります。もしこのノートを気に入っていただけたら、ぜひよろしくお願いします。羊肉