“冷静に、と言っても、自分は道角、辻に立っていても、たびたび帽子を脱いで挨拶した。昔の人にも、今の人にも、敬意を表す人が大勢いた。 しかし辻から離れて、その人…
新潟出帆。午後二時。 何しに佐渡へなど行く。十一月十七日。雨が降っている。私は紺の着物、袴、安下駄をはいて甲板に立っていた。船は信濃川を下る。川岸に並ぶ倉庫…
他人を攻撃したってつまらない。攻撃すべきはあの者たちの神だ。敵の神をこそ撃つべきだ。でも撃つにはまず、敵の神を発見しなくてはならない。 その醜さを、自分でい…
ニセモノ(二つの手紙 芥川龍之介) 二つの手紙を手に入れた。一つは今年2月中旬、もう一つは3月上旬、──警察署長に送られたものだ。今から説明する。 第…
勘仏陀(蜘蛛の糸 芥川龍之介) ある日、釈迦は極楽の蓮池の縁を歩いていました。池に咲く蓮の花からは好い匂いが溢れています。極楽は朝です。 釈迦は立ち止まり、水…
芥川龙之介 自杀 (或旧友へ送る手記 芥川龍之介) 誰もまだ、「自殺者が、なぜ自殺するのか」を、まともに発表できていない。 自殺者や世の中は「自殺者に対する興…
──芥川の死については、色々な事が書けそうで、書き出してみると何も書けない。書けば書くほど、死にはつながらない。当たり前の生活の事ばかりだ。 死んだ理由につ…
the book
2023年6月2日 04:19
“冷静に、と言っても、自分は道角、辻に立っていても、たびたび帽子を脱いで挨拶した。昔の人にも、今の人にも、敬意を表す人が大勢いた。 しかし辻から離れて、その人を尾行して行こうとは思わなかった。多くの師には合ったが、そういう師は合わなかった。”“自分のために、他人に毒薬と短刀を用いることを良しとする。こんな暴君の道徳の典型など、真面目に受け取るわけにはいかない。その上「し」の細かい倫理説を唱え
2023年6月2日 04:17
新潟出帆。午後二時。 何しに佐渡へなど行く。十一月十七日。雨が降っている。私は紺の着物、袴、安下駄をはいて甲板に立っていた。船は信濃川を下る。川岸に並ぶ倉庫は、つぎつぎ私を見送る。これから日本海に出る。港を見捨て、白い毛布にくるまって寝た。船酔いしないよう神に念じた。 何しに佐渡へなど行くのだろう。昨日、新潟の高校で下手な講演をした。その翌日、この船に乗った。佐渡は淋しいところだと聞いている
2023年6月2日 04:14
他人を攻撃したってつまらない。攻撃すべきはあの者たちの神だ。敵の神をこそ撃つべきだ。でも撃つにはまず、敵の神を発見しなくてはならない。 その醜さを、自分でいわゆる「恐縮」して書いているのなら、面白い読み物にでもなるだろう。しかし、それ自身が殉教者みたいに、妙に気取って書いていて、その苦しさに襟を正す読者もいるとか聞いて、その馬鹿らしさには、あきれ果てる。 はりきってものを言うということは
2023年6月2日 04:11
ニセモノ(二つの手紙 芥川龍之介) 二つの手紙を手に入れた。一つは今年2月中旬、もう一つは3月上旬、──警察署長に送られたものだ。今から説明する。 第一の手紙 ──警察署長様、まず何より先に、私の精神状態は良いと信じて下さい。神や仏、神聖な全てに誓います。なので、どうか私の精神に異常がないと信じてください。そうしないと、この手紙が無意味になります。私は何に苦しんで、こんなに長い
2023年6月2日 04:01
勘仏陀(蜘蛛の糸 芥川龍之介) ある日、釈迦は極楽の蓮池の縁を歩いていました。池に咲く蓮の花からは好い匂いが溢れています。極楽は朝です。 釈迦は立ち止まり、水面を覆う蓮の葉の間から、下の様子を見ました。透明な池の底からは、地獄の底の景色が見えます。 すると地獄の底に、勘仏陀という男がうごめいている姿が眼に止まりました。この勘仏陀という男は、人を殺したり家に火をつけたり、折伏とか仏罰とか地獄
2023年6月2日 04:00
芥川龙之介 自杀(或旧友へ送る手記 芥川龍之介) 誰もまだ、「自殺者が、なぜ自殺するのか」を、まともに発表できていない。 自殺者や世の中は「自殺者に対する興味」が不足している。僕は、君に送るこの「最後の手紙」で、はっきりと、自殺者が自殺する理由を伝える。 と言うのも、僕が自殺する理由は、別に君に言う必要はない。「蓮華」は短い話の中で、ある自殺者を頭の中に思い描いて話す。話を聞く方は、な
2023年5月19日 23:42
──芥川の死については、色々な事が書けそうで、書き出してみると何も書けない。書けば書くほど、死にはつながらない。当たり前の生活の事ばかりだ。 死んだ理由について、我々もはっきりとしたことは何もわからない。でもわかっている。わからないのではなく、世の中の人を納得させるに足りる、決定的な、具体的な原因は無い、と言うのが本当だろう。結局、一言で言わせると、重要な原因は「ボンヤリした不安」としか言い