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出張と柿の種(司法予備5年刑法2)

会議終了後、懇親会もあったが、それは若手弁護士に任して、たまご焼き先生は会場を後にした。小町先生も翌日、東京に朝早くから出張するというのでまた帰りの電車が一緒になった。そこで再び問題の検討を行おうとすると、
「姉ちゃん。」
後ろの席から学生らしき女の子が身を乗り出してのぞきこんでいた。
「夏子。」と小町先生が言った。
「春休みだから、飛行機で帰ってきたの。」
「帰るときぐらい連絡しなさいよ。」
小町先生とよく似た清楚な顔立ちだが、おてんばそうな女の子がしばらく小町先生と話し込んでいた。
小町先生は、どうしてよいかわからなくなっている狸先生に言った。
「妹です。地方の大学に昨年合格して春休みなので帰って来たそうです。」
狸がうなずき、「閑古鳥鳴く閑古堂法律事務所の深瀬一郎です。」と紹介すると、夏子はキャッキャと笑った。
しばらく話をしてから、深瀬が「地方のどこの大学に行ってるの。」と軽く聞いた。
「東京の大学。」と夏子が答えた。
「東京って地方。」と深瀬が聞いた。
「姉から見れば、京都は都だから。」と夏子が答えた。
「へえー。東京のどこの大学。」と深瀬が話の流れで聞いた。
「東京大学。」と夏子が消え入りそうな声で答えた。
狸先生は、目を白黒させた。
「ところで、さっきの問題の検討、私も入れて。」と夏子が話題を変えた。
「遊びじゃないの。深瀬先生に失礼でしょう。」と姉がきっとして言葉を返し姉妹で少し言い合いになったが、最後に深瀬の了解を得て、夏子も加わることになった。
事例の続きは次のとおり

午後6時10分頃、甲は、熟睡しているXの上着ポケットから携帯電話を取り出し、自分のリュックサックに入れた。これは、携帯電話を遠くに捨てることによって、携帯電話の位置情報からの死体の発見を困難にさせること、滑落死したように装うことによって犯行隠蔽に使うためであった。午後6時20分頃、甲はXを絞殺した(しかし、それは甲の思い込みで実際は生きていた。)。午後6時25分頃、甲が、Xを崖下に落とそうとしたとき、財布が落ちたので、お金が欲しくなり3万円を抜き取って、財布を戻した。午後7時、崖下にXを落としたことにより、Xは頭部を打ち付けて即死した。

「窃盗罪では、占有を奪った時点で罪が完成してしまうので、占有を奪う時点で犯罪の成否を判断しなければなりません。例えば、盗んだ花瓶を、売るのをやめて壊したとしても、窃盗罪の成否には考慮できません。
つまり、占有移転時の犯人の主観面で判断しなければなりません。盗むことを目的にすれば窃盗罪、壊すことを目的にすれば器物損壊罪が成立します。
メルクマールとして不法領得の意思が用いられ、判例は、「権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」(最判S26.7.13)と定義して、前者を排除意思、後者を利用処分意思と言い、後者の利用処分意思は、窃盗罪と器物損壊罪の区別に用いられます。ただ、いわゆる「経済的用法」については、定義も何もないので使うときは注意が必要です。」
「現金を抜き取っている行為ですが、死者には占有がないと考えると、占有離脱物横領罪になります。しかし、実際Xは生きていて、生きているXから現金を盗んだ行為は窃盗罪になります。占有離脱物罪よりも窃盗罪の方が重いので、実質的符号説で処理しても、刑法38条2項で処理してもよいでしょう。」
「最後に、最初の絞殺行為でなく、崖から落とされて死んでいるので、因果関係の錯誤の問題が出てきます。遅すぎた構成要件の実現の問題です。」

と小町先生の説明が続いていたが、ふと見ると、昼間の疲れか、狸先生は寝入っていた。しかし、傍らに柿の種とビール缶が置いてあるのを見て、小町先生の説明してる間に、柿の種をつまみにビールを飲んで、寝入ったと推察された。妹の手前、「深瀬先生ったら。」と言って、クスリと笑って小町先生は説明をやめたが、その目には殺意がともっていた。

(予備試験答案例)
甲には、携帯電話機を取り出した点について窃盗罪、現金を抜き取った点について占有離脱物横領罪、Xを絞殺しようとした点と崖から突き落とした点を包括して殺人罪が成立し、窃盗罪、占有離脱物横領罪及び殺人罪は併合罪となる。
携帯電話機を盗んだ点について
甲は、Xの財物である携帯電話機の占有を奪取している。利用目的であれば窃盗罪(法235条)が、毀棄目的であれば器物損壊罪(261条)が成立する。
確かに、犯行隠蔽で捨てる意思を有しているだけであれば損壊目的しかなく甲の罪責は器物損壊罪(法261条)に該当する。しかし、GPS機能を機能を利用し遺族が得られる位置情報から死体の発見を困難にし、滑落死に見せかける目的について、携帯電話機を捨てただけの場合と違い、利用意思があるとみるべきであり窃盗罪(法235条)が成立する。
現金を抜き取った点について
甲の認識から言えば、現金を領得しようと思いついたのは、殺害後であり、殺害時点と接着しているが、その機会を利用したものではない。また、死者そのものには占有は生じない。よって、故意とは構成要件事実の認識であるので、甲は占有離脱物横領罪(法254条)の故意を有していることになる。しかし、現実には、Xは生存しており、Xの占有があるので、窃盗罪が実現している。
甲は、占有離脱物横領罪の故意で、重い窃盗罪を実現しているので、錯誤がある。ところで、両罪は占有の有無以外は構成要件が重なっており、窃盗罪は他者の占有を侵すがゆえに占有離脱横領罪を加重された類型だと言える。したがって、両罪は構成要件が符合しており、重なっている限度で軽い占有離脱物横領罪が成立する。
Xを殺害した点について
Xは、甲が認識した絞殺による死と違って、落下によって死亡している。つまり、甲の故意とは違った経緯で結果が生じているのに、甲に殺人の罪責を問うことできるのか。Xの首を絞めた行為(第1行為)と崖下に落とした行為(第2行為)を甲は計画している。その計画どおりに死の結果が発生しているので、甲の認識した因果経過と実際の認識がずれていたと言うことができない。つまり、第1行為を実行行為として、認識していた流れで第2行為が行われ、死亡結果が発生していたのであるから、実行行為と結果に因果関係が認められる。よって、甲の故意は既遂になったとみるべきで第1行為と第2行為を合わせて殺人罪が成立する。





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