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小説|青い目と月の湖 19

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 湖の真上の空は、珍しく透き通った青をしていた。
 ちゃぽん、ちゃぽんと、時おり舟を打つ波の音が響く。
 
 魔女ではない。
 
 思いもしないことだった。
 母は自分を魔女だと言い、私を魔女の娘だと言ったのだ。
 母は、そのずっと昔の母達も、自分を魔女だと思っていたに違いない。
 もしクロードの言うことが本当なら、彼女たちはそれを信じたまま人生を送ったことになる。
 それは、とても切ないことのように思えた。
 しかし、不思議とマリエルは、自分でも当然受けてもよさそうだと思っているほどの、ショックを受けていなかった。
 ただ、ぼんやりとした気分だった。
 
 普通の人間の娘。
 その気になれば、村で生活することも出来る。
 
 本当に出来るかもしれない。
 それどころか、もっと遠くの土地に行くことも出来るかもしれない。
 
 ただ、それを実行する気は、今のところなかった。
 この先も、そんな気になるかどうか判らなかった。
 城にいて不自由はない。
 事実を隠してまで村に行くことの方が不自由に感じた。
 村の生活を垣間見てみたい欲求はあるが、そこに住むことには抵抗さえ感じる。
 クロードの言葉を思い返してみた。
 重要な話であっただろう。
 しかし、一番に思い出されるのは、主題から外れた部分だ。
 
 
 可愛らしい普通の人間の女の子。
 
 
 マリエルは合わせた両手を口の前に立て、目を閉じた。
 可愛らしい。
 私が、可愛いですって。
 母はそう言ってくれたけど、そんなの、自分じゃ判らないわ。
 母は美しい人だったけど、私はそう思っていたけれど、みんながそう思うか判らないもの。
 
 写真や物語の挿絵の女たちを思い浮かべた。
 単なる言葉のあやだったのかしら。
 それとも、少しは本当に、そう思ってくれたのかしら。
 クロード。
 あの人、どういう人なのかしら。
 村に来る前は、どんな町にいたのかしら。
 
 
 マリエルは深呼吸をして、勢いをつけて体を起こした。
 小舟の中に仰向けに寝ていた。
 舟はマリエルの動きに合わせてやんわりと揺れた。
 舟の縁に身を預け、湖面を見る。
 いつものお馴染みの顔が、少し揺れながらそこにあった。
 やや神経質に見えるそれは、揺れて、いつの間にかクロードの顔に変貌した。
 凛々しい眉に、涼しげな瞳。
 精悍な顎の線。
 しばしそれに見惚れ、ふとそんな自分に気付いて慌てて手を伸ばした。
 水をパシャパシャとかき回し、クロードの幻影は消えたが、心の中から追い出すことは出来なかった。
 
 
 母は父について多くを語らなかったけれど、父に恋をしたことを少しは話してくれた。
 彼は優しくて、ハンサムで、とても素敵な人だったと。
 そして、きっとお前にも、そんな人が現れると。
 これは恋なのだろうか?
 気付くと、私はいつも、クロードの顔を思い浮かべている。


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