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小説|腐った祝祭 第ニ章 12

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 サトルは執務室に行くと、不機嫌に仕事を進めた。
 無駄話をしない分、普段の仕事はあっという間に終わった。
 それから電話をかけたり、キャビネットの酒を飲んだり、窓辺に歩いたりした。
 いよいよ気になったクラウルが、口を出した。
「どうされました?」
「気に入らない、あの女」
「ああ。さようでございますね。昨夜はご無事だったと言われましたが、始終部屋を見張っておくように、警備員には命じました」
「ありがとう。今夜から表に鍵をかけておこう」
「……よろしいので?」
「嫌だというなら追い出すまでだ。入国管理局に確認を取った。確かに私の国の人間のようだな」
「さようで」
 そう言っている間に電話がかかってきた。
 クラウルより先にサトルが受けた。
 会話が終わり通信を切ると、サトルは自分の椅子に深く座る。
「占い師じゃなかった」
「え?」
「国では英会話教室の講師をしているそうだ」
 女中に連絡を取って、部屋にこもっていたカレンを執務室に呼んだ。
 カレンはにこやかに部屋に入ってきた。
「嬉しいわね。仲直りできるのかしら」
「やっぱり嘘をついてたね」
「出し抜けになによ?」
「君は占い師じゃなくて、英語の先生だそうじゃないか。どういうわけだか教えてくれるかい?ミズ、カレン」
「まあ、やらしい」
 カレンはあきれて言った。
「コソコソ調べてるのはあなたの方じゃないの」
「私は必要だからそうしたんだ。なぜ占い師だなんて妙な嘘をついたんだ?ベラを言いくるめて、金でも巻き上げるつもりだったか」
「嘘じゃないわ。ちゃんと説明してあげるわよ。確かに私は英語講師をしてる。表向きのまともな仕事よ。役人のあなたに言うのはちょっと気が引けるけど、白状するわ。占いは裏の職業なの。つまり、正式に許可を取って店を構えてるんじゃないのよ。本名も出していないわ。こういうのって口コミで広まって行くのよね。連絡をくれたお客さんと喫茶店なんかで会って、占ってあげるの」
「ふうん。じゃあ、それを証明できるものはないってことか」
 うさん臭い話だが、ありえない事でもないと思った。
 カレンの小芝居に客は騙され、喜んで金を払うのだろう。
 その様子は簡単に想像できた。
「そういう事になるわね。でも、これで少しは私の立場はまともになったんじゃないの?ちゃんとした定職の持ち主だって判ったんだもの」
「無許可で商売をして税金も払わず、見料をそのまま懐に入れる人間をまともだとは思わないがね」
「あら。税金払ってないのはお互い様よ」
「システムが違う。私のは違法じゃないよ。もういい。下がってくれ」
「なによ、横暴ね。急に呼びつけておいて、今度は出て行けって言うの?」
「そうだ」
 カレンは溜め息をついた。
「仲良くしましょうよ。私は素直で可愛い女よ」
「もう話したくないんだ。出て行ってくれ」
 カレンはフンと言って、部屋を出て行った。

 クラウルが閉められたドアとサトルを交互に見やった。
 腕を組んでサトルは言う。
「なんだ?」
「閣下にしては珍しいと思いまして。女性に対してあれほど乱暴な口をおききになるのは。初めにカレンさんがベラ様といらした時に、何かあったのでございますか?」
 サトルはしばらくクラウルを見ていたが、再びキャビネットから酒を出してグラスに注いだ。
 歩きながらそれを飲み、窓辺に寄りかかる。
「あの女を霊能力者だと思うか?」
「さあ、それはどうでしょうか。閣下もおっしゃったではないですか。あの女のいうことは、全て調べれば判ることばかりだと」
「ああ、そうとも。ベラと一緒に来た時に言ったんだ。裏庭で人が死んだってね」
 クラウルの表情はくもった。
 そして呟く。
「それは、悪趣味です」
「だろう。過去の新聞を読めば判ることだが、私は、あまりいい気分にはなれなかったね」
「当然でございます」
「クラウル」
「はい」
「私の父が死んだ時のことを覚えてるかい?」
「はい。三年程になりますでしょうか」
「二年と八ヶ月ちょっとだ」
「はい。ご病気が原因だったと。私はお勧めいたしましたが、閣下は帰国なさいませんでした」
「そうだった。あの時も君は怒っていたね」
 サトルはふっと笑う。
「当然でございましょう。お父上のご葬儀を取り仕切らないとは、一人息子失格でございますよ」
「そうそう。金だけ送って葬儀屋に任せた私を、君はひどく非難した」
「はい」
「君には黙っていたが、その半年前には母が死んでる」
「えっ?な、なんと?」
「母が死んだと父から連絡があったんだ。交通事故だったらしい」
「どうして黙ってらしたんですか?それに、それなら尚のことご帰国あそばせば」
「二人が離婚しているのは言ったよね」
「はい」
「私は父に育てられたんだ。母は既に家族じゃなかった」
「しかし、連絡があったのなら」
「まあね。偶には帰って来いってことだったんだろう。自分の病気のことも私に話すつもりだったのかもしれない。でも、別に母の葬式になんか出たくなかった。これといって哀しくもなかったし、顔を見たところで思い出せやしないんだ」
「お父上が連絡を寄越されたということは、国のお二人は連絡を取り合っていらしたのでしょう?」
「会ったりはしてなかったようだが、何処に住んでいるとか、生きているとかは判ってたんだろう。私がどうしているか、母は時々聞いていたらしい」
「親不孝なことを」
「そう思うかい?」
「思いますとも。せめて、やはりお父上の葬儀には帰国し、母上のお墓にお参りに行くくらいのことはされた方がよろしかったのです」
「そうだね。私もそう思うよ。まったく役立たずな道楽息子だ」
 サトルは笑って酒を飲み干した。
「君も飲むかい?」
「いいえ、結構です。まだ日が高こうございますよ。それに、職場での酒は身を滅ぼすと、ルルの諺にあります」
「こないだは付き合ってくれたじゃないか」
「あれは、閣下が転勤だなんのと脅かすからでございましょう。閣下もいい加減になさってください」
 クラウルにグラスを奪われ、サトルは苦笑いをする。
「我が家の教育係は厳しいな」
 そして窓枠に頭をついて、外を眺めた。
 中庭をカレンが散歩していた。
「クラウル」
「はい」
 酒の瓶をキャビネットに丁寧に戻しながら、クラウルは返事をする。
 見栄えのいいように、ラベルを正面に向けている。
「あの女、私の母を知っているような口振りだった」
「え……」
 クラウルは手を止め、外を見つめるサトルを振り向いた。
「寝惚けていて覚えていないらしいがね。どう思う?あの女は霊能者か。それとも悪魔か」
「まさか、そんなことは」
 クラウルは頼りなく呟くだけだった。
 リラの香りは、まだ屋敷に漂っていた。

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