戦国武将・黒衣の宰相【太原雪斎】
今川家譜代の家臣の家系で明応五年(1496)に誕生。若くして出家し京都五山の建仁寺で修行した臨済宗の僧侶。
天文十二年(1543)に、建仁寺派を離れて妙心寺派に転じ、法名を太原崇孚(すうふ、そうふ)と改めた。
雪斎は今川義元の全盛期を築いた重鎮で、雪斎が生きていれば桶狭間の敗戦はなかっただろうと言われる。
大永三年(1523)ごろに、太原雪斎は義元の父、今川氏親に五男の方菊丸(後の今川義元)の養育を頼まれた。雪斎と義元はこの運命的な出会いによって乱世へと踏み出すことにな