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読みたくない症候群


noteを初めてから文章を書くようになったのだが、それまでは人が書いた文章を読むだけだった。

自分でも書くようになると、いろんなことが気になりだす。

ここの部分、表現にこだわりすぎて内容が分かりにくくなってるな。見出しに「?」を使いすぎているのではないか。

人の文章を評価できる立場ではないのに、自分も書くようになってから、細かいことに気づくようになった。

すると、だんだん人が書いた文章を読みたくなくなってくるのだ。あんなに好きだった読書が、遠い存在になってしまうとは。

でも、嫌いだと思ったりパッとしなかったりする本を無理やり読む必要はないと思う。

ただ嫌いだと放り投げるのでなく、「なぜ嫌いか」を考えることで、自分に合う運命の本を見つけることができるのかもしれない。

「好きを知るには、まず嫌いを知る」をモットーに生きていると、悪いところばかり目についてしまうようになった。

これは、本に限らず人に対してもそうだ。

人の良いところも簡単に見つけられるのだが、それと同じように悪いところも見つけてしまう。

楽しく終わった友達との会話や遊びも、短時間で悪いところも見つけてしまう自分にうんざりしていた。

好きだけど嫌い。そのアンビバレントな気持ちと、友達のことは大好きという気持ちのギャップが大きすぎて、モヤモヤしていた。

でもよく考えてみると、そういう場合は友達との距離が近すぎるということに気づいた。

そういうときこそ、連絡を取るのをいったんやめて何か月か経った頃に会ってみると、すごく楽しかったという経験が結構ある。

モヤモヤ解決その2としては、嫌いかもと思った部分をネタにしてみることにした。

例えば、この子のよく考えるところが好きなんだけど、謙虚すぎて逆に嫌味に聞こえてしまうと思ったとしよう。

そういうときに「おい!自慢してんじゃねーよ。」と笑いながら言ってみる。すると、意外と相手の言葉の意味が分かったりする。

理由が分かればモヤモヤも消えるので、ネタにしてイジるというのもたまにやっている。結構仲良くないとできないけど。

嫌いになりかけている人の文章を読むこととも、いい感じの距離感をつかめるようになればいいなあ。

しかし、一度嫌いになったものはあんまりすぐに受け入れられない性分なんだよなあと葛藤している。



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