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door to door の魅力を捨てきれない!

高齢者に向かって、簡単に「免許自主返納を」と言いますが、なかなかどうして、door to doorの魅力を知り長年に渡ってマイカーを頼りにしていたドライバーが、免許を手放してハンドルを握れなくなる苦痛(恐怖かも知れない)を簡単に受け入れることはできないでしょう。

着の身着のまま自分自身の都合次第で、行動日時や場所、旅程を気ままに組み立てることができる世界を代替する手段はありません。

年齢による身体能力の低下で明らかに運転を断念せざるを得ない状況や、運転免許保持に必要な条件をクリアできない仕組みとしての制限に抑制されるのだということを頭の中では理解できますが、素直に「はい、そうですか」と納得することが難しいと感じます。

「代替手段」として、「免許自主返納の優遇措置」として、例えばタクシーの割引、バスの割引、コミュニティバスの利用、シニアカーや電動車椅子の利用、家族の助け(依存)、ご近所の助け、地方自治体の各種支援活動等々が挙げられますが、これまでに叶っていた世界とは程遠いですね。違いますよね。

しかし、免許を持つに相応しくなくなれば、車を運転する能力が衰えれば、駄々をこねている場合ではなく、事故という悲劇を引き越したり遭遇したりする前に、潔く区切りをつけなければなりません。

「手遅れとなる前に。」

とはいえ、今日明日の切羽詰まった状況でない私にとっては、これ以上の思考を進めることはできません。軽薄ですが、そんなものですよね。

今は亡き父ですが、生前の父に宛てた手紙風にして、高齢者に向けたメッセージを書籍の形にしました。家族なら少々口うるさく感じても、余りにもズバリと核心を突かれても、家族愛という防波堤によって角は丸まるのではないかと思い、言っておかなければならないことを言わせていただきました。それが「息子から父への手紙」です。

身近な家族だからこそ言えるという世界観に頼ったのです。気持ちが届くことを祈ります。

さてさて、他人事ではなく今後、自身の問題として理想的な「免許自主返納」を計画的に進めることができるかどうかが見ものです。目標の残すところ十数年は安全運転を全うし「有終の美」を飾りたいですが・・・。

若い頃とは違って、もう既に周囲から「鈍い運転」と心配される視線を浴びているのかも知れません。

自覚できるその時が円満解決時だと思いますが、それでは安全面での「空白期間」が多く存在しそうです。

家族または同等の真っ直ぐに厳しくも優しい「声」「指摘」が「救い」になるのだろうと(今のところは)考えています。


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