見出し画像

モチベーションの維持って難しい?

 中学、高校、大学とそれぞれのカテゴリーで活躍しながら、その後、苦しんでいる選手を多く見てきました。特にジュニアで活躍した選手がその後、思うように競技力を伸ばせないと、周囲は「早熟」という言葉で表現しますが、それを見る度に切ない気持ちになります。競技に臨むスタンスや、目標は人それぞれですが、もし努力を続けていながら伸び悩むのであれば、それは残念なことです。

 原因をフィジカルなのか、メンタルなのかの2つに絞ることはできませんが、スポーツ科学が進んでいる現在、マラソンで世界のトップに君臨しているエリウド・キプチョゲ選手の年齢が40歳近いことや、中学時代から日本のトップに立ち、今もなおトップレベルで活躍している佐藤悠基選手の姿を見ると、年齢によるフィジカルの能力低下は実はそこまで大きくなく、意欲次第で維持できるのではないかと感じます。
 逆に目的、目標が失われることの影響が大きいのではないでしょうか。つまり年齢を重ねて競技力を維持、向上させるにはメンタルの部分、特にモチベーションをいかに高く保つかが重要なのではないかと思うのです。

 自分の現役時代を振り返っても感じるところがあります。高校時代に3000m障害と10000mの高校記録を作ったこともあり、私も「早熟」の部類に入ると思います。早稲田大学に進んでからは1年目の箱根駅伝でのアクシデントにより思わぬところで注目されました。それにより「箱根駅伝の区間賞」でそのリベンジを果たしたいと思うようになり、競技への大きなモチベーションになっていました。同時に当時の瀬古利彦コーチからの教えもあり「世界で勝負できる選手」を目指し始め、実業団に進んでからも厳しいトレーニングに耐えながらオリンピックを本気で目指していました。しかし今振り返れば、フィジカル面の準備は十分だったように思いますが、目標をつかめるほどの充実したメンタルを備えていなかった気がします。

目標へ向かって進む道は自らが選択する


 大学卒業後はしばらく伸び悩みましたが、選手として成熟を迎えているべき27歳、早稲田大学で心理学研究の小杉正太郎先生に出会い、大きく変わることができました。私は疑り深い性格で、体力重視、トレーニングありきの考えが強かったことに加え、メンタルの重要性を十分に理解しておらず、初めは積極的ではありませんでした。しかし先生から「強いチームにいて、”走らなくてはいけない”、”勝たなくてはいけない”という意識が強く、競技が強制的に行われている」と指摘されたことにハッとしました。そして「行動の主体は自分にある」ということを教えられ、自分自身に向き合い、走る目的を明確にし、自分で目標を立てそれを実行するようアドバイスいただいたのです。当時の私は与えられたトレーニングをこなし、それに対する評価を期待していただけだったのかもしれません。

 またカウンセリングと並行して、自律訓練法という感覚や感情に意識を向ける自己催眠療法を教わりました。競争の世界で長年刷り込まれた思考を変えるには半年ほどかかりましたが、やがて自律神経をセルフコントロールできるようになり、柔軟な思考へと改善できました。その過程でかつて持っていた「走ることが楽しい」とういう感情が蘇ってきたのです。5年以上周囲の期待に応えられなかった私が、世界クロカンやアジア大会代表など第一線に戻ることができたのはそうした心の変化によるものだと思っています。その後も35歳くらいまで競技会へ出場し、今でもジョギング程度ですが、楽しみながら走り続けられています。

早稲田大学名誉教授 
小杉正太郎先生 
瑞宝中綬章叙勲受賞記念祝賀会にて(2019年)


 箱根駅伝を経験したランナーが実業団へ進み、ニューイヤー駅伝や各種競技会を目指す中で、自身が描いた目標と現実にギャップが生じるケースは少なくありません。
 競技結果が伸び悩むと、私が経験したような強迫的な観念にとらわれたり、指導者からの指示を待つだけになったり、また周りの選手たちがやってることを真似たりなど、競技に向かう姿勢が受け身になりがちです。それを打開するには、目標達成のためのトレーニングや様々な行動を自身が決めていくという主体的な考えを持つことです。そう考えれば競技会での結果がどうであれ、すべて納得できるはずです。なぜなら自分が選択した結果なのですから。もちろん好成績も自身が選択した手段と取り組みにより手にしたものになります。

 こう考えれば、どんな結果であれ、環境や他人のせいにする事は無くなるはずです。競技成績が振るわない選手の多くは、自分以外の他の要因を求める傾向にあります。更に、結果は運に左右されると言う人も多く見られます。しかし、運は自分ではコントロールできないため、それを言っても仕方ありません。”人事を尽くして天命を待つ”という心境が理想です。
 高校生や大学生の場合、指導者からトレーニングメニューを指示されることが多く、選択の余地が少ないかもしれません。しかしそうした場合でもトレーニングの強度や、トレーニング以外の生活面など自らが選択できるところを探し、そこで決定していけば良いと思います。

強くなるための方法は一つではない

 私は日々の指導の中でトレーニングの内容はもちろん、選手が主体的に競技に取り組めるようになる”言葉かけ”を意識しています。この競技は勝者は1人で、それ以外の選手は負けになるので、大抵の選手はレース後、反省の言葉を口にします。試合を振り返り、検証するのは大事ですが、悪いところを探すことに注力するよりも「良かった点はどこか」、そして最も重要視しなければならないのが「今後どう取り組むか」を考えるべきです。「どうすればもっと速く走れるか、もっと強くなれるか」を選手自身が前向きに考えられるように促し、必要であればそのヒントを与えるようにしています。

 陸上長距離は夢中になれば、どんなに辛くても、なぜか楽しく、魅力がある競技です。それぞれが目指す姿を想像し、実践する。その過程での気づきや、小さな成功体験の連続こそがモチベーション維持につながります。そのためには自分自身が最善の方法を決定し、自分の意志で取り組むこと。それが重要なのではないかと私は考えています。

なりたい自分を思い描いて


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?