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トレーニングの常識を疑ってみる

 前回、「レース前日の1000m刺激」について書きましたが、陸上長距離は伝統的な考えが根強く残っていることを改めて感じましたので、今回はその続編です。
 なぜ古い方法が継続され、新しい取り組みが起こりづらいのでしょうか。それはこの競技が同じ動作が連続するシンプルなものであり、道具の進化に頼ることが少ないことも関係しているのでしょう。原始的という見方もできますが、同時に「革新的な何か」が起こる余地の少ない、成熟しているスポーツと見ることもできるかもしれません。

 その意味でカーボンプレートの搭載されたシューズの登場は革命的だったと思います。特に日本の長距離界が「薄底」に傾倒していたため、それはまさに逆転の発想で本当に驚かされました。私たち指導者もアイデアを絞って新しい挑戦をしていかないといけません。ギアだけでなく、トレーニング面でも革新的な方法を開発する余地はきっと残されているはずです。

 自分に何ができるのかを考える参考として海外に目を向けると、新しい発想による取り組みの事例をいくつも見ることができます。例えば東京オリンピック1500mで優勝している世界のトップランナーのひとり、ヤコブ・インゲブリクトセン(ノルウェー)は1日のうちで午前と午後の2度、ポイント練習を行うそうです。初めてこれを聞いた時、「なるほど、その手があったか!」と思いました。

 私自身これまでの指導の中で、ポイント練習日に1つのメニューをこなすだけだと、体のさまざまな領域へ負荷をかけたいと思っても回復期間を考慮するとトレーニングのバリエーションが増やせず、もどかしく感じることが何度もありました。しかし午前と午後で異なるメニューを行うことで、その課題が改善される可能性を感じます。簡単に言えば、午前中に最大酸素摂取量付近の1000mのインターバル、午後にLT値付近のペース走を行うようなイメージです。ポイント練習を2日連続して行う「セット練習」よりも体にかかる負担は大きくなりますし、怪我のリスクが高まるので、慎重に強度を調整しながらメニューを考える必要があります。しかし、次のポイント練習日まで回復時間をしっかり確保できる大きなメリットもあります。振り返って見れば、高校生や大学生の時の選手権で5000m予選と3000m障害の予選が同日に重なり苦労した思い出がありますが、それを経験した後、タフになった自分がいた気がします。これまで城西大学では1回のポイント練習内で「トラックでのスピード練習+低酸素トレーニング」というメニューの組み合わせは行ってきましたが、今後はさらにメソッドを発展させていきたいと考えています。

 個人的にそれ以外でやりたいこととしては、やはり低酸素環境を使ったトレーニングそのものと、その環境に体を晒して赤血球の増加を促して持久力を養う方法もそれぞれブラッシュアップさせたいと考えています。
 後者について低酸素環境での生活で造血効果を得るには、1日8時間以上そこに身を置かなければ効果は期待できないとされています。ただ低酸素テントなどを使い、就寝時間中にその時間を確保しようとすると、朝練習のために5時半に起きなくてはならないため、逆算すると21時半にそこに入る必要性があります。もちろんこの通りのスケジュールで早く寝れば解決する問題ではありますが、毎日、実践しようとするとなかなか難しいのが現実です。いっそのこと朝練習の時間を遅くして、その時間を確保したり、おもいきって朝練習をやめて、他の時間帯でジョグの時間を取る方法もあるのではと考えています。

 低酸素環境の運用から少し話は逸れますが、そもそも朝練習は、早朝行うことにこだわらなくても良いと思っています。もちろん、起床時は一日の中でも一番血糖値が低いため、その状態でトレーニングする事は持久力養成につながる面もあります。一方、今のような冬場は気温が低く、故障を招きやすいリスクもあります。大学生は授業があるため普段は行えないかもしれませんが、冬休み、春休みなどは午前の気温が高くなる時間帯にやってみてもいいかもしれません。故障が多い選手は水泳やバイクで代用できるのであれば、その方法を取り入れるのもありでしょう。このようにメリット、デメリットをしっかり見極めて実行することが大切だと思いますし、ここにも常識をブレイクスルーできる可能性がありそうです。

エアロバイクの利用も積極的に

 他にも長距離選手も短距離選手のようなスプリントトレーニングを日ごろから行うべきと考えています。50m、100mといった短い距離で最大出力を発揮する練習は従来の常識から外れるかもしれませんが、普段の長距離トレーニングにはない刺激を筋、神経系へ与えることができます。世界のトップレベルを考えるとトラックで戦うためにはラストのスプリント力が必要不可欠ですし、未開発の能力を開発した先に大きな飛躍が期待できることは間違いありません。

 前回も書きましたがが、目的は何か常に頭に入れておき、そこへ至る最も効果的な方法はどのようなものかを毎日の練習スケジュールの中で時々、立ち止まって考え直す必要があります。トレーニングは手段であり、一番大切な目的はレースで結果を残すことです。このことを忘れずに、その手段を常により良いものに磨き上げていく努力を続けていきたいと思っています。

 ここまで書き終えて、ふと昔のトレーニングが頭の中で蘇りました。実は現役時代、午前に30キロ走、午後に30キロ走を行った経験が何度かあります。これは持久力をつけるために行っていたもので、体へ同じような負荷をかけているので様々な領域を刺激する考えとは若干、趣旨が異なります。現代ではいかにして速く走るかを追求することが何より重要であり、同時にそのスピードを長く維持させる方法を求めなくてはなりません。
 ただこれを行っていた当時も「コテコテの練習」としか思っていませんでしたが他のチームにはない発想だったことは事実でしょう。練習メニューの立案は科学的な裏付けのあるものにしなければなりませんが、常識にとらわれない斬新な方法を見つけようとする姿勢は忘れずにいたいものです。


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