見出し画像

トレーニング立案のために知ってほしいこと

春のシーズンも終わり、関東は梅雨入りです。季節の移ろいともに城西大学の新入生たちも少しずつ環境や練習に慣れてきたようで、新たな仲間とも打ち解け、仲良さそうに笑顔を見せています。

高校から大学への移行は生活環境や学業はもちろん、競技面でも大きく変わります。高校では多くの選手がメインとする5000mは大学でも花形種目ですが、引き続きそこを中心に考える選手も、さらにタイムを伸ばすために距離を走り、持久力を高める必要があります。もちろん10000mやハーフマラソンへチャレンジする選手はより一層、距離を意識して取り組まなければなりません。
しかし一方で、距離にこだわり過ぎるとケガのリスクが高まります。大切なのはトレーニングの基礎知識をもとに長期的な目標を立て、目的を明確にして実践することです。今回はその考え方を書いていきたいと思います。

トレーニングは厳しく、そして楽しく!

長距離選手のパフォーマンスの重要な因子は、多くの方が示している通り大きく3つあり、それぞれを向上させなくてはなりません。

・最大酸素摂取量
・乳酸性閾値
・ランニングエコノミー

最大酸素摂取量とは一定時間当たり(通常1分間)、どれだけ多くの酸素を体内に取り込めるかを示す指標です。この数値が高いほど持久的な運動時のエネルギー需要に対応できるため、特に5000mではこの指標が競技成績に大きく影響します。
並行して体内に蓄えられた糖から産出されるエネルギーもあります。比較的早く、大きな力を産み出しますが、同時に乳酸を産生し、それが蓄積すると筋の収縮を妨げてしまいます。乳酸はエネルギーとして再利用されますが、運動強度が高まるにつれて乳酸の産生が再利用を上回り、急激に蓄積するポイントが出現します。これが乳酸性閾値です。競技力の高いランナーは低いランナーに比べ、糖によるエネルギー産生が遅れて生じる傾向があります。
そしてランニングエコノミーは走りの経済性を指し、「同じ速度をより少ない酸素量で走れる能力」を指します。もし集団で走っていたとしたら、他者よりも酸素摂取量が低いほうが効率のいい走りとなり、周りより楽に走れていることでしょう。

酸素摂取量の測定

残念ながら3つを同時に向上させるオールインワンの練習はありません。強いて言えばレースが最高のトレーニングになりますが、その調整期はトレーニング量を下げざるを得ないため、コンディションは上がりながらも持久力は低下していきます。レースを続けていくと「貯め」がなくなり、スタミナが失われているような感覚を経験した方は多いと思います。そのためレース後は長い距離を走り、持久力を戻すようなトレーニングが必要です。余談ですが、私自身も選手時代に試合後は必ず持久走を入れていました。
レースが続く時期は、レース後にクーリングダウンを兼ねてロングジョグを行うといいと思います。海外選手はレース後にペースランニングを行う形で連戦対策していますし、日本のトップ選手である遠藤日向選手もアメリカでトレーニングを積んだ経験からか、過去に記録会終了後、すぐにペースランニングをしている姿を見たことがあります。生理学的に考えれば血糖値が低下している状況で比較的低い強度で走り、持久力を維持、向上させる狙いがあったのだと推測します。これら、レースを重ねながらの強化と調整方法はまた別の機会に話したいと思います。

トレーニングに話を戻します。最大酸素摂取量を向上させる代表的なものはインターバルトレーニングであり、乳酸性閾値の向上にはペースランニングが有効な手段の一つです。特異性の原理に基づき、どちらも自分自身の現在の能力を把握した上で、その因子相当強度のペース設定で行うと良いでしょう。
でも実際のところ、それを計測できる環境にある選手は多くはありません。ですので、現場視点で推測する方法として、最大酸素摂取量が出現する強度は3000mの自己ベストペース、乳酸性閾値は60分間~45分間を全力で走れるペースと仮定するといいでしょう。

心身ともに鍛えて試合に備える。レースで無心になるために。

上述した内容を通常の練習で取り入れる場合、調整なしの状態で自身のベストからの換算では強度が高すぎるため実現は難しいはずです。そのため1000mをプラス5秒〜8秒程度の範囲で行うことをお勧めします。
例えば最大酸素摂取量向上を目指す場合、3000mベスト8分30秒(1000m2分50秒ペース)の選手は、1000m×7~10本のITは1000m2分55〜58秒ペースといった具合です(リカバリー1分くらい)。また乳酸性閾値の向上を狙うのであれば、ハーフマラソンのベストタイムが65分前後(1キロ3分5秒ペース)であれば3分10〜13秒ほどを設定ペースの目安にして、距離を10000mや12000mのペースランニングを行うのが有効です。

ランニングエコノミーは先の2つの因子など複合的な要素によってもたらされると同時に、トレーニングを継続すると高まる傾向があり、競技期間との関連があります。また効率的なフォームや筋力なども重要な要素です。最大筋力を向上させるウェイトトレーニングや坂道・階段でのダッシュ、トラックでのショートスプリントに加え、神経系を向上させるプライオメトリックストレーニングなどがこれにあたります。従来、長距離選手が行わなかったものばかりですが、今後、日本選手が意識して取り組むべきものと思っています。

走力が同じくらいのグループで切磋琢磨

上記3つを組み合わせながら、能力向上に合わせて量と強度を高めていく。これがトレーニングの組み立て方の基本です。高校生くらいからポイント練習でインターバルトレーニングとペースランニングが組み合わせられることが多いのはまさに上述した内容に重なるのではないでしょうか。
大学ではこの2つに加え、25キロ以上の距離走がおこなわれますが、これは強度を低くして距離を延ばしたペースランニングと言えます。春から続ければ確かにハーフへ向けた持久力養成につながるかもしれませんが、偏った取り組みは若年期に取り組むべき、筋・神経機能を高めるトレーニングの不足を招くことになり、将来の飛躍の土台を失うおそれもあります。それもあり、城西大学ではなるべく走行距離の多いトレーニングに偏ることなく、全面的に身体能力を養うトレーニング構成を心がけています。

ただ、そうはいっても、ハーフへの対応するためにはある程度の走行距離が必要なのも事実。ですので箱根駅伝を目指し、かつ実業団に進んでからトラックやマラソンで活躍したいと願う選手は「強度を保ちながら、いかに量をこなすか」というテーマから逃れることはできません。昨年度、城西大学はシーズンを通してこのバランスをとることができ、1年生でも多くの選手が箱根予選会から活躍してくれました。選手各々が長期的な視野を持ち、「信念」があったからこその成功だと私は考えています。トレーニングは焦らず、計画的に。これも忘れてはならない考え方です。


暑熱環境に慣れるまで無理は禁物

ここまで示したものはあくまで基本的な知識です。城西大学では上述したトップランナーが試合後に行うトレーニングと同じ論理で、高強度+低強度のトレーニングを組み合わせる方法や、高強度+高強度を十分な回復をさせて繰り返し行うようなトレーニングもしています。しかしこうした発展形は、基本をしっかり理解した上で取り組んでこそ効果を発揮することは言うまでもありません。

トレーニングはどんなアプローチをするにせよ、目的を明確にして取り組まなくてはなりません。バランスを重視し、焦らずに段階的に練習強度を上げていくことが重要です。とくに大学で環境が変わったばかりの新入生にはこれをしっかり理解してほしいと思っています。
実際のトレーニングは地味であり、実行は意外と難しいものです。しかしその継続の先に箱根駅伝やその先の活躍があると私は信じています。

次のレースはどんな展開になるか想像して欲しい。
思えば思うほど、モチベーションは高まる!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?