矢違アキラ 巳耶子 〜愛架姫物語〜 を読了して

はじめに

この本は、6月の末には手に取っていた。だが今の今まで封を切ることすら出来ずに、しかしいつでも読めるように近くには置いていた。
本日今日、たまたま興が乗ったか心が晴れたかはたまた自棄のやん八か。手に取り読もうじゃないかと思い至ったのであった。
そうして読了し、今こうして所感をしたためている。

矢違アキラの文章、その魅力

筆者は、氏の文章の魅力はその幻想性と古風さ、そして根底に流れる氏の心情や人間性の滲みにあると思っている。幻想、浪漫、懐古、苦悩、無情、憤懣、憧憬、意思、意志、決意……まぁザッと思い付く言葉を並べたが、そういう物も感じつつ、とても耳触りの良い……小気味良い文体と文章を楽しめる物だと感じている。

とかく氏の文章には、氏の思想と血と髄が込められているのだ。それはもう読むに当たり、遠巻きに人生を垣間見ていると言っても良いのではなかろうか。趣味の悪いことだが、氏の文章が好きな理由の一つにそれがある。

耳触りの良さについては前作の感想でも述べたが、今作は特に語感の気持ち良さというものが全編に渡り、伏流の如く……いやむしろ薫る花の如く散りばめられている。
朗読しながら読んでみるといい。スラスラサラサラ流れていく小川の如く、流麗に進んでいくことだろう。詩歌の文体もモノにし組み込んできているので、メリハリが効いており読み手を飽きさせない。最序盤の風景描写や、弐の冒頭などは特に読んでいて気持ちが良く、強く印象に残った。
やはりコレはいつかの機会に朗読させていただきたいものだ……そう思い、早半年? 早いものだ……

今作はテーマに水が強く強く押し出されている。その為か、自然、香り、水(これには涙や雨なども含まれる)の表現については殊に力が入っていた。
天候によって姿を変える河川のように、物語の状況で見せ方を変えてくるところにも注目したい。
また、ヒロインの巳耶子の表現は今まで以上に美少女であることをこれでもかと叩き付けてくるものになっている。好みなのだろうか。私は良いと思う。彼女の見た目に想いを馳せながら、主人公との逢瀬の景色を楽しもう。

それと、意識してか無意識にか、オマージュっぽくなっている表現もあり……これはもしや? とニヤリ楽しめるところもある。

美しい表紙と、象形文字と、緞帳

青が基調となるとても美しい表紙。一作目からそうであるが、コレが氏の作品の幻想文学とマッチしている。今作は特にそれを感じた。
月、星、遠くに霞む森、抱き合う二人に、それを包み込む白蛇……読み終えたあとに再び表紙を見やることで、満足気にうなづく自分がいた。

そして今作はさらに表表紙、裏表紙に象形文字――象形文字というのか?――である、ホツマツタヱと龍体文字でミヤコと書かれている。
コレが神秘性と古風さに一役買っており、好みである。

ちなみにだが上記2つの文字にはおそらく彼がこの作品に込めた意味が含まれている。
どちらも知らなかったので調べてわかったことを簡単に言うと、ホツマツタヱは秀真伝……真の伝承であるとされる。伝統や伝承、継承などは氏のテーマの一つであるが故に、感心すると共に口角が上がってしまう。良いねぇ。

そして龍体文字。こちらは文字の一つ一つに意味が込められており、その組み合わせが巳耶子の名と彼女たちの物語に相応しい物になっていた。好きだねぇアンタこういうの……俺も好き!! 先にこちらから名を決めたのか、はたまた偶然にもピッタリの意味合いになったのか。どちらにせよ、調べて思わず唸ったものだった。

更には、この本自体にある黒いページ。コレは非常に今作において有効な役割を果たしていると、読んで思ったものだった。

読者諸君は演劇などを見たことがあるだろうか。あれの開演、終演時に上がり下がりする幕のことを緞帳というのであるが、黒いページがその役割をしっかりと果たしているなと、最初に読了した時に感じた。

緞帳とは境界である。夢現を分かつ物だ。物語に引き込むと同時に、解放してくれるものでもある。〆の一文と合わせて相当に気に入った。
そして改めてパラパラとめくると気が付く。暗転演出でもある。漫画や映像作品などではよく使われるし、舞台では演出として当然のように用いられるものだが、文章作品……こと、こういった本の形をしたものにおいて直接的に使われているのは、筆者は初めて見た。面白い!

物語から受けたイメージについて

多くを語るとネタバレ全開になってしまうので簡単にしか言えないが……今作を過去と未来への境界とすると、氏は言っていた。なるほど、今までの作品とは雰囲気が異なる……気がした。

主人公が本の虫であること、美しい少女と出逢い、恋に落ちること……その流れ自体は今までもあったものだが、途中、途中に「おや、今までと違うな」という感覚があった。

今までは境界の向こう側への憧れや、旧きの継承、愛惜。失ったモノを探し求めるような……言葉を選ばなければ、どこか後ろ向きな、過去に目線を向けたイメージがあった。
今作には、もちろんそれらも感じられたりはするものの……新しい世界へ足を進めるという確固たる意志が感じられた気がする。
こう思うのは、氏――矢違アキラという名を使い始めてから――の古参(いやむしろ新参では?)ファンだからであろうか。そうかも知れないし、区切りだと予め知っていたからかも知れない。
ともあれ、この文章の変化を筆者としては歓迎したい。人が前に進むということは、目出度いことだ。殊に、歩みを止めた者から見たら。

この作品を契機に、新しい取り組みなども始められているらしい。これからも一読者として、一ファンとして、氏の活躍を応援したいものである。

終わりに

作品の中身についての話をほとんどしていない気がする。裏ばかり気にするのは良くない癖だ。趣味が悪いと前述したのはこういう面もある。

美しい文体で紡がれる、境界を隔てた男女の愛の形。いなせな男と、書見の友情。伝統と伝承により失われてきたもの。時折ある可愛らしいコメディ描写(とても好き)。物語の流れに応じてその姿を変える、自然と、川。そして二人の愛の結末……幻想的で浪漫ある文学、機会と縁あらば、読者の諸兄諸姉にも楽しんでみていただきたい。

矢違アキラ氏が今後どのような幻想をどのような形で紡いでいくのか。遠く楽しみにしている。

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