見出し画像

JOG(1338) 興味ある分野の先人の背中から学ぶ ~ 歴人(歴史人物学習館)便り(6)

 生徒それぞれの興味から選んだ多彩な先人の背中から生き方を学んだ。


■1.「生徒たちの興味はこんなに多彩多様なのか」

「生徒たちの興味はこんなに多様なのか」というのが、最近、歴史人物学習館のサイトを利用して感想文祭りを行った横浜市立中学の生徒の感想文を読んだ時の驚きでした。

 その中学校では「鎌倉時代~江戸時代」の人物を歴史人物学習館のサイトから選んで、800字以内の感想文を書く、という夏休みの宿題が出されました。優秀感想文に選ばれた12人が選んだ人物が、以下の通りです。

本居宣長、徳川家康、北条時宗、歌川広重、二宮金次郎、青木昆陽、加藤清正、林子平、伊能忠敬、高杉晋作、雪舟、今川義元

 合計12人。優秀感想文を書いた12人の生徒が、それぞれ別々の先人を選んだ、ということです。徳川家康や高杉晋作、二宮金次郎は定番としても、青木昆陽や林子平、雪舟、今川義元まで、生徒が自主的に選ぶとは予想もしていませんでした。

 歴史人物学習館で取り上げている人物は現在、83名に達しました。歴史教科書では出てこないような人物までを取り上げ、時代、地名、職業分野などで幅広く検索できるようにする、という当サイトの機能が十二分に活用されているようです。

■2.今川義元の「一日一日を尽くしていく努力の積み重ね」

 たとえば、今川義元は織田信長の桶狭間の戦いで首を取られたことくらいしか知られていませんが、義元を選んだ中2男子生徒も、はじめはそうでした。
__________
 僕が今回今川義元について調べる前は正直あまり良い噂を知りませんでした。義元と言えば、桶狭間の戦いで負けたイメージが強く、バカ殿なる噂を聞いており、はっきり言って、自分もそう思っていました。[歴人感想文祭り第6回、以下同じ]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 しかし、サイトで推薦された記事や動画に触れて、この生徒は考えを変えました。
__________
 ここで紹介したいのが、今川義元自らが詠んだ和歌です。

「昨日なし明日また知らぬ人はただ今日のうちこそ命なりけれ」

 意味は、昨日のことは戻らないし、明日のことは何も分からない。だから人というものは今日一日のために尽くす命が全てなのである、と。
桶狭間の戦いまでに、織田軍には勝利しており、三河の領地を得ています。ただ負けたのではなく、天下に近かった男の一人だと皆さんに知ってもらいたいです。そして義元のように一日一日を尽くしていく努力の積み重ねが自分にとってのよい物になると学びました。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ここで思い出されるのが、オーストリアの精神科医・心理学者ヴィクトール・フランクルが指摘した創造価値と態度価値の違いです。[JOG(1124)]

 天下をとれなかった義元の創造価値は小さかったかもしれません。しかし、「一日一日を尽くしていく努力の積み重ね」という態度価値は、この生徒を共感させているのです。

 事に成功するか否かは運もあります。失敗したからと言っても、その先人の態度価値は消えません。むしろ中学生の段階で、これからの生き方を確立していくためには、態度価値の方が重要でしょう。

■3.自分の興味・関心のある分野の歴史人物から学ぶ事の意味

 加藤清正や雪舟を選んだ生徒は、その理由も書いてくれました。
__________
(中2女子)なぜ雪舟を選んだかというと、私は漫画の模写を趣味としており、水墨画に打ち込んでいた雪舟はどんな人間なのかを知りたいと思ったからです。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
__________
(中2男子)「建築」の勉強をしている姉を見ていてふと思った。昔から建築家はいたと思うが、どんな人だろう?。そこで「戦国時代 建築家」を調べたところ、加藤清正が上がってきた。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 そして、それぞれの人物の言動を調べたら、心動かされるエピドードに出会いました。

__________
 雪舟が生きていた当時の水墨画の練習と言えば、中国の風景画を写し続けることだけでした。私ならば、同じような作業をし続けることは大変で、途中で嫌になると思いましたが、雪舟は写し続けるという水墨画の修行を淡々と行いました。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 自分ではとてもできないような模写修行を、雪舟は淡々とやっていることに驚いたのです。

__________
 人物像を調べていくと、僕は清正の人間性にどんどん引き込まれていった。武勇な上に頭も良く、なにより一本スッと真っすぐな筋の通った強い心を持っている所が大好きになった。

 上の人を誠心誠意支え、また自分も上に立つ人間として常に下の人のことを考え、お手本となるように、心がけ行動していた清正は多くの人に慕われ、結果多勢の人を動かし、立派な城、町をつくり上げたのだと納得した。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 この生徒は、立派な城づくり、町づくりの裏に、清正の多くの人々を動かした「人間性」を見つけました。天下の名城・熊本城の入り口には、清正の巨大な見事な銅像が鎮座していて、地元の人々の敬愛の様を物語っています。

 このように、生徒の興味ある分野での歴史人物を選び、その言動から、その分野での基本的な修行の仕方とか、何が大切かを学んでいるのです。

■4.こういう学びは現在の歴史教科書ではできない

 こういう学びは現在の教科書での歴史教育では決してできません。中学の歴史教科書で最大のシェアを持つ東京書籍版では、雪舟をこう記述するだけです。
__________
 禅宗の僧である雪舟は、明にわたって水墨画を学び、帰国後は日本の風景をえがいた優れた絵画を残しました。
(8)雪舟の水墨画 秋と冬の2幅があるうちの、冬景の絵です。
(水墨画の表示あり)[p87]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 雪舟の創造価値を抽象的に説明しているだけで、どんな修行をして、どういう思いで水墨画に打ち込んだのか、という態度価値は学べません。加藤清正にいたっては名前すら出てきません。

 日本の通史をわずか300ページほどの教科書で記述するという現在の歴史教科書のスタイルでは、歴史上、大きな創造価値を達成した人物を飛び石的に取り上げるだけで精一杯でしょう。そういう歴史教科書から、生徒が自分の興味ある分野の先人に学ぶ、ということは、無理な話なのです。

■5.フットサルクラブの小学生がストイコビッチに学んだ

 自分の興味ある分野での先人に学ぶ、ということの有効性は、横浜市港南区で小学生にフットサルを教えている「ひよこFC」で行われた感想文祭りでも示されました。

 小学生9人がドラガン・ストイコヴィッチに関して感想文を書いてくれました。ストイコビッチはセルビア生まれのサッカー選手で、将来を嘱望されていましたが、大怪我や母国の戦争のために、後に来日して名古屋グランパスに所属し、Jリーグ最優秀選手賞や最優秀監督賞を受賞しています。

 小学校4年生の男の子は次のような感想文を書いてくれました。

__________
 ストイコビッチは3さいからサッカーを始めて10代からプロで活やくしていました。しかし、1991年にけがをして、3回もの手じゅつをしました。
すごく才のうがあったのにけがをしてしまったり戦争や差別をうけたりしてかわいそうと思ったけど、すごく努力をつみ重ね、見事にふっきして、すごいと思いました。ぼくは辛いことがあったらあきらめそうになっていたけど、これからはストイコビッチのようにあきらめずにちょうせんしていきたいです。[ひよこFC]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 ひよこFCの主宰者は、次のように語って、自ら、ストイコビッチのページを編集してくれました。
__________
 魂と自国への思いはつながっているのだと思います。魂の強さ(国への思いの強さ)もサッカー代表チームの戦績におおいに関わっているように思います。

 以下はクロアチアの例ですが、人口400万ほどのクロアチアのサッカー代表チームがなぜ以下のような優れた成績をおさめているかの証明は、キャプテンであるルカ・モドリッチの言葉に表れています。
「祖国のためにプレーする以上の喜びなんて存在しないんだ」

クロアチアサッカー代表チーム戦績
・2018ロシアW杯  準優勝
・2022カタールW杯 3位
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 サッカーの先人の生き方を通じて、その根底にある母国への思いを学んでいく、というのも、歴史人物学習の効用でしょう。

■6.「自分の考え方・行動を顧みるきっかけ」

 歴史人物学習から、自らの生き方を考える、という効用は、宇都宮市中里町の学習塾「個別指導フラワースタディ」での感想文祭りでも示されました。塾の主宰者はこう語ってくれました。
__________
 これまで学校の歴史授業に興味を持てなかった生徒たちが、科目の学習とは違った面でも、前向きな反応を示したことが、私には新鮮な驚きでした。

『歴史に名前を残しているけれども、まるで興味を持てない、テスト点数のための暗記事項』でしかなかった歴史人物の、様々なエピソードや残した言葉を知ることで、その人物を印象付けて覚えられるだけでなく、自分の考え方・行動を顧みるきっかけにもできるのは、素晴らしいことです。[歴人フラワースタディ]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 家康について、中2男子生徒は、次のように書いています。
__________
 徳川家康について調べる前は、江戸幕府を開いたり、天下を取るチャンスが来るまで待っていたようなことしか知りませんでした。しかし調べてみると、小さい頃に人質生活を送っていたことや、戦いに負けて死ぬ寸前まで追い詰められたりと、苦労を積み重ねていた人だということがわかりました。

 家康の言葉で印象に残ったものがあります。「人の一生は重荷を負って遠き道を行くがごとし。急ぐべからず」です。僕は慌てて失敗した経験が何度もあります。これからは焦らずゆっくりと確実に成功に近づこうと思います。

 家康は、自分に厳しくすることで天下統一にたどり着きました。僕も、自分への甘さをなくし、厳しくしようと思いました。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 まさしく「自分の考え方・行動を顧みるきっかけ」を得ています。学習塾では受験用の知識の詰め込みだけでなく、生徒と先生の親密な付き合いから、生徒の人間力を伸ばしたいという志を持った塾が少なくありません。

 そういう塾で、子供たちが歴史人物との対話を通じて、「自分の考え方・行動を顧みるきっかけ」を得る、というのは、学力だけでなく、人間力育成に大切なステップだと思います。

■7.青少年が夢や志を持てるように

 日本の青少年が夢や志を持てないでいる、という問題が指摘されていますが、生徒の興味は全く無視して、受験知識の注入だけしていれば、青少年は自らの夢も志も見つける機会を持てません。青少年から夢や志を奪っているのは、今の歴史教育にもその責任の一端があると考えます。

 知識や学力だけでなく、世の中を良くしていこうという夢や志を見つけさせ、それを目的として自分の才能、適性を伸ばし、人と力を合わせてやっていく人間力を育てる。これこそが、教育基本法や学習指導要領で謳われている「平和で民主的な国家及び社会の形成者」を育てる道です。

 それは「一隅(いちぐう)を照らす。これ則ち国宝(くにのたから)なり」と最澄、伝教大師が語られた言葉に照応しています。自分の周囲の一隅(ひとすみ)を明るく照らす人材が、国家を維持発展させる大御宝です。それは「国家及び社会の形成者」そのものです。

 青少年はまずは、自分の照らすべき一隅を見つけなければなりません。その一隅とは、自分の家庭、地域でもありますが、自分が世の中で果たす役割でもあります。家庭や地域は自明ですが、自分が世の中でどういう役割を担うか、漫画家になるのか、建築家になるのか、サッカー選手になるのか、は自分で選ばねばなりません。

 そういう時に、興味ある分野の先人を見つけ出し、その生き方に感動することは、「好きこそものの上手なれ」で、その子がその分野でさらに成長するよう、心の底からのエネルギーを湧き上がらせます。こうした成長の結果、子供たちは「国家を維持発展させる大御宝」に成長していくのです。

 こう考えると、今の知識注入型の歴史教育ではやはり不十分で、子供たちが興味ある分野の先人の背中を見て、「自分の考え方・行動を顧みるきっかけ」を得るという歴史人物学習こそ、人間教育の本道である、と改めて感じさせられました。

 

賛助会員申し込み=>https://rekijin.net/sanjyo_kaiin/

(文責 伊勢雅臣)

■リンク■

・JOG(1124) 国民の「根っこ」とは何か~フランクル心理学から
 ユダヤ人強制収容所を生き延びた精神科医ヴィクトール・フランクルの心理学で、国民の「根っこ」を考えてみれば。
http://jog-memo.seesaa.net/article/201907article_4.html

・横浜市立中学の優秀感想文
https://rekijin.net/kansou6/

・横浜市港南区「ひよこFC」の優秀感想文
https://rekijin.net/matsuri4-stojkovic/

・宇都宮市中里町「個別指導フラワースタディ」の優秀感想文
https://rekijin.net/kansoubun_matsuri_5/

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

・横浜市港南区「ひよこFC」
https://instagram.com/hiyoko_fc?igshid=ZDc4ODBmNjlmNQ==

・宇都宮市中里町「個別指導フラワースタディ」
https://peraichi.com/landing_pages/view/0q16b

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?