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【エッセイ】春の金木犀、沈む夕陽

 北海道で金木犀は見たことない。
 しかし、私は春の金木犀を見つけた。それがライラックだ。

 薄紫や薄ピンクのような色をした花だ。調べるとどちらもモクセイ科で、金木犀は中国から、ライラックはヨーロッパから来たものらしい。


 札幌では毎年5月に大通公園で「ライラックまつり」が行われるほど、ライラックと地域が結びついている。まぁ結局、これは春のビアガーデンだ。

 夏も、そして秋も同じ場所で名前を変えてビアガーデンをしているので「どんだけ酒好きなんだ北海道」とツッコミを入れたくなる。

 
 ライラックは桜と同じで長く楽しめる植物ではない。でも、金木犀同様に香りがとても豊かで、その木の前を通ると甘い香りがする。


 だから毎年この時期に、下を向いて歩いていると、ライラックの前を通った時だけ顔を上でにあげる。ハッとするのだ。


 ライラックの香りに気づくのは、そうして毎年、夕方だ。会社から帰ってきて、疲れていて、下を向いて歩いていて、花の香りに癒される。


 でも今年は、会社には行っていない。そろそろもう、休職生活も十分だなと思っている。しかし医者の見解では6月末までだ。夫もわざわざ早く戻る必要はないという。


 別に私も働きたいと思っているわけではない。ただ、働いている周囲の人たちと、会話がしにくいと思うことはある。世の中の全ての人が、休職に理解があるわけじゃないし。


 心も体も壊して、悟りの境地に達したこちらの価値観なんて、毎日を一生懸命働く人には理解できないだろう。自分もそうだったように。


 自分の周囲はそうして、私と話したらイラついてるのかもしれないと想像してみたり、いまこの一瞬で嫌われたのかもしれないと思うこともある。

 でもこれは、いわゆる認識のなんたらとかいう、思い込みのアレでしょ、と冷静な自分がすぐ言う。だから、大丈夫。


 ライラック並木の先に、夕陽が沈みかけている。今日は直視できないほど眩しかった。それだけ雲がかかっていなかったのだろう。


 こんなに働く気力もわかないのに、今日も明日も、私の身分は一応、会社員。いつまでこんなことしているんだろうなと沈む夕陽を見ながらふと思った。


 でも自分より少し背丈が高いライラックは、枝先を私に垂らして「大丈夫」と言っている。また来年も味方になってくれるよね。


 


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