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首輪のついた矜持【掌編小説】

 彼女は野良ではなかった。近所の奥さんが自分の猫だと言った。鈴のついた首輪をつけて、ミッキイと呼ばれていた。ねずみではなくて猫のミッキイ。すんなりとした肢体に優美な銀の毛皮。
 ミッキイは飼い猫らしからぬ女だった。すくなくとも近所の猫たちの間では彼女は女帝と言って差し支えない地位にあった。

 当時、私の家では犬を飼っていた。
 まだ若い中型の雄で、血気盛んなやつだ。毎日、庭から道路を見張り、よその犬や猫が通ろうものなら首の鎖をじゃらじゃら言わせて吠えかかっていた。
 ミッキイは犬を全く恐れていないようだった。
 鎖の長さを把握しているものらしい。吠え狂う犬の鼻先すれすれを悠然と通り過ぎて行くところを見たことがある。うちの庭はミッキイの散歩コースだった。

 ある日、犬が怪我をした。家族がみんな外出している間に。
 鼻の頭を一か所、前足を一か所。
「どうしたの、おまえ。喧嘩でもしたみたいだね」
「案外そうかもね。家を守って戦ったのかも。番犬の鏡だよね」

 次の日から犬は、ミッキイに吠えかかるのをやめた。
 そればかりかミッキイが庭にはいってくると、尾を丸めて自分の犬小屋に退散してしまう。
 ……まさか。

 ミッキイはたくさんの子猫を産み、十数歳まで生きた。
 彼女が本当に猫だったのかどうか、いまでは自信がない。

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