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書籍紹介 内田樹『コモンの再生』

 本書は、現代社会が抱える様々な問題をコモンの喪失という観点から分析し、コモンの再生こそが解決の鍵であると説いています。
 コモンとは、共同体で共有・管理される資源のことを指します。具体的には、草地、森林、水路、道路などがあげられます。かつては、村落共同体などがコモンを管理することで、住民は生活に必要な資源を確保していました。
 しかし、資本主義の発展と個人主義の台頭により、コモンは私有化され、囲い込まれていきました。その結果、人々は自然とのつながりを失い、地域社会の共同体性が失われていきました。

「囲い込み(enclosure)」というのは、世界史で習ったと思います。その昔、英国の自営農たちは土地を共有して、共同管理していました。「共有地(コモン)」を牧草地にして牧畜をしたり、自生している果樹やキノコを採取したりしていた。でも、土地を共有していると「生産性が低い」ということを言い出した人がいた。「みんなのもの」だから、土地を活用して、お金を儲けようという気にならない。それはよろしくない。土地は私有化した方がいい。自分の土地だということになると、みんな必死になってそこから最大限の利益を引き出すように活用するに違いない。土地を有効利用しようと思うなら「共有」すべきではない、というのが「囲い込み」のロジックでした。

出所:コモンの再生(P31)

 地域共同体が失われ、さらに分断が進む中で、再びコモンを生き返らせることの重要性を本書で訴えています。特に、技術進歩による雇用の変化、社会的孤立、文化的連帯感の欠如など、現代社会の様々な問題に対して、コモンの再生を通じた地域共同体の強化として、「ご近所」共同体を解決策として提案されています。

僕がこの本で訴えている「コモンの再生」は、思想的には「囲い込み」に対するマルクスの「万国のプロレタリア、団結せよ」というアピールと軌を一にするものです。グローバル資本主義末期における、市民の原子化・砂粒化、血縁・地縁共同体の瓦解、相互扶助システムの不在という索漠たる現状を何とかするために、もう一度「私たち」を基礎づけようというものです。
 ただ、僕はマルクスほどにスケールの大きいことを考えてはいません。僕が再生をめざしているコモンはずいぶんこぢんまりしたものです。かつて村落共同体が共有した草原や森、あるいはコミューンを構成していた協会と広場とか、その程度の規模のものです。いわば「ご近所」共同体です。
 そんな構想に今どき歴史的緊急性があるのかどうか。それについては最後まで読んでからご判断ください。」

出所:同書(P4-7)

 また、ベーシックインカムや教育の無償化など、社会保障の充実を通じて個人が社会において自立し、積極的に関与できる環境を整えることが、コモンの再生に資すると論じられています。著者は、これらの政策が個々人だけでなく、社会全体の持続可能な発展に寄与すると主張しています。

でも、「落ち目」だからと言って、少しも絶望的になる必要はありません。落ち目の局面ではそれに相応しい「後退戦」の戦い方があります。「ありもの」をていねいに使い延ばして、フェアな再分配の仕組みを作れば、まだまだ日本は世界有数の「暮らしやすい国」であり続けることができます。みんなそれに早く気づいてくれるといいですけど。

出所:同書(P70)

ベーシック・インカムが制度として成功するかどうかを決めるのは制度そのものの合理性ではありません。その制度を導入する社会そのものがどれほど開放的か、どれほど流動的か、どれほど他者に対して寛容か、どれほど温かいか、それにかかっていると思います。

出所:同書(P45)

 今の学生がぜんぜん勉強しないのは、怠慢や気の緩みじゃないんです。勉強しないように努力しているんです。親に人生を決められたことへの恨みを晴らすために。もちろん無意識にやっていることですから、本人だってそう言われたらびっくりするでしょうけどね。 
 だから、僕は大学には本当に無償化してほしいと思います。その結果、何十万人という若者たちが「そんなことやったって、食えないぜ」という呪いの言葉を吐きかけた人たちに対して、自分の選択の正しさを証明するために「いつか見てろよ」と必死で勉強するようになる。それによって日本の集団的な知的パフォーマンスは一気に向上するはずです。ここまで国運が衰退した日本をV字回復させる起死回生の方法は「学校教育の全部無償化」です。僕はそう声を大にして申し上げたいですね。

出所:同書(P54-55)

 加えて、地域が自らの問題を自己決定できる権限を持つことで、コモンの効果的な管理と活用が可能になるとも唱えています。そこには、新しい統治のあり方が必要です。

「今の日本には、コミューンや藩のようなしっかりした自治単位がなく、権限は中央政府に集中しています。だから、中央でどれほど失敗が続いても、「代わる人がいない」という理由で30%の国民が内閣を支持している。でも、「代わる人がいない」というのは制度設計が間違っているということです。統治システムの安定をまず配慮するなら、「代わる人」が次々出てきて困らないように統治システムは設計されるべきだからです。」

出所:同書(P267)

 『コモンの再生』は、ただ過去を懐古するのではなく、過去の共同体の知恵を現代の問題解決に活かす方法を探る試みとして、示唆を与えてくれています。


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