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仁澪129号

巻頭言 コロナ禍で

 昨年、大阪市立大学と大阪府立大学の統合がついに行われ、大阪公立大学となりました。15学部・学域、大学院15研究科を擁する大学で、開学にあたってのキャッチフレーズを「総合知で超えていく大学」としています。学部学生入学定員数は全国国公立大学の中で第3位のマンモス大学で、やっと大阪公立大学という言葉にもなじんできたところです。以前は 自分の卒業した大学の名前がなくなることには抵抗がありましたが、今となっては新しい立派な大学が誕生したわけですから、早く森ノ宮の新キャンパスを見てみたいものです。
 さて、3年あまりにわたるコロナ禍は、医業経営に大きな影響を与えてきました。3年前の5月頃 街から人の姿がなくなり、公共交通機関を利用する人も少なくなり、病院や診療所ではコロナが広がり始めるとともに患者さんの来院が減り、また病院ではコロナ患者専用の病床を設けるなどの対策を行った結果、一般患者を受け入れる人的余裕や病床数が減り、外来患者や入院患者が減少しました。コロナ患者を受け入れなかった医療機関でも患者さんの受診控えによって患者数が減少しました。当院でも 来院される患者様がかなり少なくなり、従業員に休業要請をして政府から4月5月6月と雇用調整助成金なる補助金をいただきました。その当時 このような状態が続いたら経営がどうなるのだろうと暗い気持ちになり、うつ気分になってしまいました。診療所はほんとに暇で、自宅には早く帰るようになり、木曜、土曜に参加していた講演会も開催されなくなり、自宅で過ごす時間が長くなりました。近くに散歩に行ったり、フィットネスを積極的に行ったりして、健康になりましたが、精神的にしんどい日々をすごしました。このように コロナが医業経営に大きく打撃を与えた医療機関もありましたが、一方、政府はコロナ患者の受け入れを促すことを目的にコロナ患者のために確保された病床の機会消失を補填してきました。そのために病院経営に与えた恩恵は大きく、これによって黒字転換をした医療機関も多く、コロナ患者さんを診ている診療所も補助金によって利益が出るところもみられました。でもいよいよ 1月27日政府は新型コロナの感染症法上の位置づけを現在の「2類相当」から季節性インフルエンザなどと同等の「5類」への移行を発表しました。位置づけの移行日は大型連休明けの5月8日となる方針です。そのため、今まであった優遇措置が5月以降見直される可能性があります。段階的に見直されるようですが、コロナ対応への補助がなくなるからといって、コロナとインフルエンザを同様に扱うことには不安もあります。5類化によって医療機関においてのコロナ対策をどれだけ軽減できるかとかの指針がでていません。まだまだコロナ対策が必要としても いままでと同じようにコロナ対策にお金をかけることができるかどうか 難しいところです。これから先 病院、診療所の負担が続くことが考えられます。
 また一方、賃上げが叫ばれていますが、今年の賃上げでは 大手企業は例年より大幅なベースアップを打ち出しています。私たち 医療機関も同じように大幅なベースアップができるでしょうか?企業は自分の会社の商品の値段を上げることで資金を作ることができます。ところが病院、診療所は収入が診療報酬によって決められています。この先、診療報酬の大幅なアップは見込めないでしょう。むしろ 政府は今までの支出分を補うために 診療報酬を下げてくるかもしれません。コロナの影響でまだ受診抑制が続く中、どうやったら医療機関で賃上げをすることができるのでしょうか。無い袖は振れません。政府はもっと医療機関のことも考えてほしいと思います。マスコミもあまり賃上げのニュースを取り上げてほしくないと思います。賃上げをできるところはいいですが、したくても賃上げができない経営者がどのような気持ちでいるか考えてほしいと思います。

理事だより  雑感

「花の風」野地美樹子作(すみれ病院蔵)

■ あの頃の自分

 春、吉野では桜の花が優しく、しかし力強く咲き誇ります(「花の風」野地美樹子作)。毎年、この時期なると大学に入学した頃や、国家試験を終え医師になった時のことを思い出します。大学入学後、どういう医師を目指そうかいろいろ考えました。1989年に卒業し、内科臨床研修を経て、大学院博士課程を修了。臨床、研究、何がやりたいのか悩んだ時期です。地域医療に興味を持ち、北海道でへき地医療に数年従事したこともありました。そして現在、地域医療と糖尿病・甲状腺疾患の専門病院であるすみれ病院の院長を務めています。紆余曲折ありましたが、今思うに一貫していたことは、「志を持ち続ける」ことでした。
 「凡そ医たる者其診療所を學術研究の道場精神修養の聖堂と心得日々其業務に盡粋し済生救民の誠を致すべし」(志賀 潔“昭和医箴”)。今も、亡き恩師から贈られたこの心得を胸に刻み、凛とした気持ちで診療に臨んでいます。

■ 安藤忠雄さんの本

 最近、建築家安藤忠雄さんの「仕事をつくる:私の履歴書」を読み、思いを新たにしました。「永遠の青春を生きる、大阪から世界へ戦いを挑んで半世紀、仕事で社会と向き合う」、世界で活躍した人は何を考え青春時代を過ごしたのか?
 独学でつかんだ天職「彼らが4年間かけて学ぶ量を1年で読もうと無我夢中で取り組んだ。当時の私は意地と気力に満ち溢れていた。」「不安や孤独と闘う日々。そうした暗中模索が、責任ある個人として社会を生き抜くためのトレーニングとなったのだろう。」
 7ヵ月一人でヨーロッパへ「私は20代の旅の経験から多くのことを学んだ。一人旅の道中では、考えるしかない。逃げることができない。頼りになるのは自分の体一つ。しかしそれは、人生も同じことなのだと思う。」
 大阪から世界へ「近頃の若者たちは、日本からなかなか海外に出たがらないと聞く。文化や社会常識の異なる外国に出ることで様々な問題が生じる。それを乗り越える勇気を忘れてはならない。一歩踏み出すことこそが、世界を拓いていくのだ。」
 情熱失う傾向には歯がゆさ「大学を出た後、厳しい現実を生き抜いて自分の仕事を貫くために必要なのは、何としても諦めない貪欲さだ。」
 人間性を育む教育に未来「この国が再び生き残るには技術革新、経済より、何より自立した個人という人格を持つ人材の育成が急務である。真の人格を育てる教育にこそ劣化した人間と国家の再生がかかっている。」
 そして、安藤さんの言う「青春」とはサムエル・ウルマンの「心の若さ」です。「青春とは人生のある期間をいうのではなく、心の持ち方を言う。人は年齢を重ねただけで老いるのではない。理想を失ったときにはじめて老いる。情熱を失った時に精神はしぼむ。」
 安藤さんは、我々に「若い時期、無我夢中で仕事に取り組まないと、その仕事の本当の面白さは理解できない」ことを伝えたかったのではないでしょうか。

■ これからのキーワード「志」

 これからの時代、まったく想像もしなかったことが起こりうる「予測不能の時代(VUCAの時代)」です。
医療の世界でも、医師の働き方改革、新専門医制度など、我々を取り巻く環境は激変しつつあります。激動の中だからこそ、自分をしっかり持つ、いわゆる「志」がキーワードになるのではないでしょうか。
 我が身を振り返ると汗顔の至りです。世代間ギャップの議論が繰り返される中で、我々も諸先輩と比べれば甘いといわれていたようにも思います。果たして若者に檄を飛ばせる生き方をしてきたかと考えてしまいます。ただ、幸い僕らには厳しい先輩・叱ってくれる先輩がいましたが、今はそれが期待しにくい時代で、責任の概念も薄れ、勤務時間短縮も相まって大きな変化が起こるのだろうと危惧しています。このような状況の中でいかに「良医」を目指すかというと、やはり本人の考え方次第なのでしょう。日本の若い世代が「そこそこで十分」なんて言っていたら、ハングリー精神の強い外国の人に、ますます置いてけぼりにされる気がします。「志」を高く持ち、頑張って、そして社会の役に立ち、自分がときめく仕事を作っていければと思います。

おわりに

 さて、皆さんは、医療者としてどのような人生を歩んでいきますか?この春、晴れて大学に入学された学生の皆さん、国家試験を終えた新人先生方、もちろんベテランの先生方も、この桜のように満開に咲き誇ってほしいと思います。

令和4年度医学部医学科「白衣授与式」報告

仁澪会副理事長/医学部医学科長・教務委員長 首藤太一

白衣授与式

 令和4年12月24日に、令和4年度医学部医学科「白衣授与式」が開催されました。 
 6年間の医学科教育のうち、最後の2年間は臨床実習が行われます。かつてはポリクリ(Poly Clinical Study)、SGT(Small Group Teaching)などと呼ばれていましたが、現在はClinical Clerkship(参加型臨床実習:CC)と呼称することになっています。現在CCに臨むには、共用試験実施機構が全国一律で行うふたつの試験、すなわち、CBT(Computer Based Test;知識試験)とOSCE(Objective Structured Clinical Examination;実技試験)の両方にパスして、全国医学部長病院長会議からStudent Doctorとして認められる必要があります。令和5年度からは共用試験が「法制化」され、Student Doctorには一定の条件下で医行為を行うことが、合法化されます。文部科学省の永年の懸案事項がひとつ山を越えることとなります。今年は本学4年生101名がこの試験にパスし、年明けからのCCに参加できることとなりました。
 白衣授与式はWhite Coat Ceremonyとも呼ばれ、本学では7年前から開催しております。上記2つの試験をパスしてStudent Doctorとして臨床実習に臨む彼らのmotivationを大いにあげる効果があります。河田則文医学部長の次に登壇いただいた生野弘道仁澪会理事長からは「清潔な白衣を身につける心構え」を例年以上に熱く語っていただきました。その後CBTの成績優秀者3名に河田、生野、首藤によって白衣を羽織らせ、学生代表から決意のあいさつがあり、滞りなく式が終了いたしました。
 今年は3年ぶりにご家族にも参加いただけましたので、式終了後にはまっさらな白衣をまとった彼らとご家族との写真撮影会となり、あちらこちらで笑顔がはじけておりました。コロナ禍が明けることも近いなと感じることができた良き式典となりました。ありがとうございます。

令和4年度大阪公立大学医学部医学科謝恩会

平成9年卒/仁澪会 理事 栩野吉弘

 令和5年3月24日、阿倍野学舎の桜が華やかに咲き始めて春の息吹が感じられるこの日、大阪市立大学医学部医学科の卒業生97名が第72期の学位記授与式を迎えました。その後、大阪公立大学医学部医学科謝恩会が19時よりヒルトン大阪5階「桜山華の間」で開催されました。ドレス姿の卒業生が会場の雰囲気を華やかなに彩る中、招かれた教員と学務課職員が大きな拍手に迎えられて入場しました。
 野村彩里様と大倉裕矢様の司会で開会しました。医学部長河田則文先生の祝辞では、優勝したWBC(World baseball classic)侍JAPANの監督・選手を引き合いに3つのメッセージがありました。「ヌートバー選手のペッパーミルパフォーマンスのように小さな仕事からコツコツと積み重ねて繋いでいくことの大切さ」「村上選手のようにここぞという時に決めきる集中力と決断力」「栗山監督のように医療チームや研究チームを1つにまとめる力」。次に、仁澪会(同窓会)理事長 生野弘道先生の祝辞では、大先輩からの熱く力強いメッセージがありました。「大きな夢、高い目標を掲げ、勇気をもって何事にも取り組むこと」「患者さんの安心を得られるようにしっかりとした知識と技術を身につけること」「信頼を得られるように24時間365日、患者さんに寄り添うこと」「一人一人の患者さんに向き合うことが社会貢献につながること」「母校を愛する精神をもって活躍していくこと」。続けて、みおつくし会 松田靖史会長より祝辞がありました。ご自身の父親と同様にみおつくし会に入会された経緯のお話しの後、「入学した時、解剖実習を行った時の志を忘れずに良い医師になってほしい」と、患者さんや一般の方々の期待が込められたメッセージをいただきました。
 乾杯の発声は副医学研究科長徳永文稔先生です。「大学院もあるので、大学に戻ってくることを期待している」とのメッセージとともに乾杯があり、開宴しました。感染対策のため酒類禁止の立食で、安心して参加できる会になりました。卒業生と教員が自由に歓談し、大いに盛り上がりました。
最後に、卒業生からの記念品の贈呈、そして卒業生代表の謝辞がありました。記念品はプリンター1台、延長コード3本、自転車用空気入れ1台です。近江諒仁様のサポートで渡辺新様から首藤教務委員長と白川学務課職員に目録が贈られました。首藤先生からは、「公的資金で育ったので世の中に恩返しすること」「最初の給料は家族を食事に招待すること」「給料の半分はガマン料と思えば何かがあっても耐えられること」「母校に帰ってくる選択肢を持ってほしいこと」が伝えらえました。白川様からは学務課職員全員が「常によい医師に育つことを願っている」とのメッセージがありました。卒業生代表の謝辞は松本崚介様です。コロナ禍を経験し、多くの方々の支えで物事が成り立っていることがわかり、教員、職員に感謝しているとの感謝の言葉とともに、自分自身がトップを目指すとともに周囲の人を支えることができるような医師を目指す決意が述べられました。感動しました。
 代表の森田塁一郎様を中心に謝恩会委員のみなさまにはすばらしい会を開催していただき感謝申し上げます。母校での大学生活で得たものを時に振り返り、立派な医師として社会に役立っていただきたいと思います。

令和5年卒、謝恩会委員代表 森田塁一郎

 この度、謝恩会委員代表を務めさせていただきました、森田塁一郎と申します。本年度は、ホテルでの謝恩会開催を実現することができました。たくさんの方々にご出席いただき、卒業生一同、感謝の気持ちでいっぱいです。
私たちの大学生活の後半3年間は、新型コロナウイルスによる影響を受け、本来あるはずの密な学生生活ができない時期もありました。そんな中、先生方、学務課の方々が少しでも従来に近い形で授業や実習、課外活動ができるよう、配慮してくださったことが強く印象に残っております。ありがとうございます。
 卒業生一同、医師としてこれから社会に恩返しをしてまいりたいと思います。大阪公立大学のさらなる発展を祈念しております。

緊急報告:トルコ・シリア地震への医療支援  ―私たちが備えるべきこと―

淀川キリスト教病院 救急科・集中治療科部長兼救急センター長
市大医学部平成15年卒 夏川知輝

■ 自己紹介

 私は2003年に大阪市立大学医学部を卒業し、約15年間、大阪府済生会千里病院千里救命救急センターで救急医として研鑽を積みました。2018年から淀川キリスト教病院で勤務し、現在は同院の救急センター長を務めております。専門分野は救急、集中治療、内科、循環器、災害医療です。災害医療に関しては、国際協力機構(Japan International Cooperation Agency;JICA)が事務局機能を担う国際緊急援助隊(Japan Disaster Relief Team; JDR)医療チーム、NPO法人災害人道医療支援会(Humanitarian Medical Assistance;HuMA)、日本・大阪DMATとして、国内外の災害に対応しています。
 2023年2月にJDR医療チームとしてトルコ・シリア地震の被災者に対する医療支援を行った経験を共有し、私たちが備えるべきことについて考察します。

■ 災害医療とは?

 災害医療の一般的なイメージは「災害でケガをした人々に瓦礫の中で処置をする医療」かもしれません。災害医療の中に極々稀にそういった活動もありますが、大部分は非日常の中で行う地道な医療です。「困っている人を支援する」という人道支援のほんの一部分と理解することが重要です。人道支援についてより深く理解する際には、The Sphere Handbookが参考になります。本書は1997年に人道支援を行う様々な団体が集まって、人道支援の際に大事なことは何かについて議論され編纂されました。ウェブサイト(https://spherestandards.org/)から無料でダウンロードできますので興味を持たれた方は是非ご覧ください。

■ トルコ・シリア地震の概要

 2023年2月6日午前4時17分、トルコのガズィアンテップ県でM7.8の地震が発生しました。その数時間後の午後1時24分トルコのカフラマンマルシュ県でM7.5の地震が発生しました。また、私が活動中の2023年2月20日午後8時4分にもトルコのハタイ県でM6.3の地震が発生し、M4.0以上の余震が1日に10回以上(2023.2.21時点)発生していました。
 トルコ南東部、シリア北部における人的・物的被害としては、被災者:2000万人以上、死者:5万2千人以上(2023.3.6時点)、建物倒壊:22万棟以上と報告されています。(図1、写真1)

図1 トルコ地図
写真1 倒壊した建物

■ JDR医療チーム

 1970年代後半のカンボジア難民危機を契機に、1982年に国際緊急援助隊医療チームが発足しました。その後、JICAの中にJDR事務局が設置されました。2016年には世界保健機構(World Health Organization;WHO)のEmergency Medical Team(EMT)initiativeにおいて、EMT Type2として認証を得ました。このEMT initiativeとは2010年のハイチ地震において、被災国外のEMTの中に不適切な医療を提供したチームがあったという反省に基づき、EMTが遵守すべき最低基準についての取り組みです。EMT Type2は1日に100人以上の外来診療ができる能力と外傷その他の重症例に対する外科、産科診療、および入院が必要な症例の緊急治療を行う能力が求められています。
 JDR医療チームはこれまでに62回の派遣実績があり(2023.3.23時点)、登録者は1,041人(2023.2.1時点)います。派遣が決定すると電子メールで派遣者募集があり、48時間以内に出発します。1回の派遣は2週間程度となっています。

■ トルコ・シリア地震におけるJDR医療チームの活動

・派遣のタイムライン (表1)
 私は2023年2月10日の夜に医療チーム第一次隊第一陣として出国し、2023年2月25日夜に帰国しました。今回の私の主な役割は、①第一次隊第一陣としてField Hospitalの設置場所の選定、②WHOが設置するEmergency Medical Team Coordination Cell(EMTCC)で被災国外のEMTの調整、でした。

表1 JDR 医療チームのタイムライン

・第一次隊第一陣としての活動
 2023年2月10日第一次隊第一陣として日本を出発(表1★)し、2月11日昼、アダナに到着しました。JICA及び在トルコ日本国大使館と連携し、トルコ保健省とEMTCCから、活動候補地としてアダナから200km離れたガズィアンテップ県オウズエリ市を指示されました。医療チームの本隊が到着する48時間以内に、面積約680㎢と琵琶湖と同じ程度の広さオウズエリ市の中でField Hospitalの設置場所を決める必要がありました。設置場所を決める上で下記の3つの条件を設定しました。
①安全(建物倒壊、地滑りなどの危険が少ないこと、人為的な危険を回避しやすいこと)
②広さ(60m×30mのField Hospitalを展開可能であること)
③医療ニーズ(受診者数100人以上/日、中等症以上の傷病者が過半数を占めること)
 2月12日朝、私、五十嵐医師、幅野業務調整員3人と、通訳として在トルコ日本国大使館の野村氏、水先案内人としてpeace winds Japan (PWJ)坂田医師でオウズエリ市に向かいました。シルクロードからガジャンテップ市内を抜け、オウズエリ市に入りました。日本でダウンロードしたGoogleマップの航空写真を参考に安全で広い場所を車で探しました。
 同時に、活動地域の関係者(活動地域の医療関係者、行政の長、保健局長)への調査と調整を行いました(写真2)。

写真2  筆者(左から1番目の後ろ向き)がオウズエリ地区病院の関係者から情報収集

JDR救助チームの湊業務調整員と合流し、オウズエリ国立病院の院長であるセダット医師に地域の医療の状況を伺ったところ、オウズエリ市には唯一の中核病院であるオウズエリ国立病院があったが、地震で建物が損傷し、立ち入ることができない状態となっており、この病院の医療従事者は旧職業訓練学校の建物を臨時の診療所として地域の人々に一次医療を提供しているとのことでした。人口約3万人のオウズエリ市の医療ニーズに加え、地震後にオウズエリ市に避難してきた約3,000人の人々に対する医療のニーズがあるとのことでした。臨時の診療所はX線検査ができないなど診療能力に限界があり、患者数は1日に400人以上が受診するなど医療従事者の負担が大きいとのことでした。
 旧職業訓練学校の駐車場は平坦で広く、周囲はコンクリートとフェンスで囲まれており入口は1つの門のみであったため人為的な危険を回避しやすい場所であり、医療ニーズも高いため、セダット医師に、駐車場をField Hospitalの設置場所として使わせていただくことを提案し了承を得ました。早期の診療開始を熱望されたため、PWJ坂田医師、セダット医師と相談し、JDR医療チームが診療サイトを設営している間、PWJが診療を行うことで地元医師を支援することをWHO EMTCCに提案し承認されました。(写真3)

写真3 診療サイト

 セキュリティーについて、オウズエリ市の警察署長に連絡し、診療サイトの入り口に警察官を配置していただくことを依頼し承諾されました。 その後、オウズエリ市長と面会し、JDR医療チームがオウズエリ市でField Hospitalを展開予定であることについて説明し歓迎されました。Field Hospitalからの転送先の病院を確保するために、ガズィアンテップ大学病院に訪問し、JDR医療チームからの転送に関して相談したところ歓迎されました。その日の夜はアダナに戻りました。 2月13日朝からPWJが旧職業訓練学校内に診察室を設置し、診療を開始しました。私は、昼過ぎにアダナに到着したJDR医療チーム本隊と共にオウズエリにバスで向かい、車中でJDR医療チームの各部門長にブリーフィングを行いました。 2月14日、JDR医療チームがField Hospitalをセットアップしている間、石原団長(外務省)、井上副団長(医師)、糟谷副団長(JICA)と共に、セダット医師、オウズエリ市の治安関係者、ガズィアンテップ県保健局長、オウズエリ市長、ガズィアンテップ大学病院の副学長に挨拶に伺いました。また、JDR救助チームに帯同していた構造評価の専門家に対し旧職業訓練学校の建物の安全性について評価を依頼し、安全であることを確認しました。・宿営地 (写真4)

写真4 宿営地のテントとシャワー設備

2011年のトルコのワン地震の際に日本人の支援関係者が余震によるホテルの倒壊でお亡くなりになった事例があったため、ホテルの安全性が確認されるまでの間、野営をすることとなりました。Field Hospitalの設置場所の選定時と同じく、Googleマップの航空写真を参考に調査を行い、Field Hospitalから徒歩5分程度の場所にあった鉄の骨組みにビニールの屋根があるフットサル場を宿営地とすることにしました。入口が1つで安全を確保しやすく、余震による倒壊の危険性が極めて低いことが決め手となりました。一方で、トルコと日本の緯度はほとんど変わりませんが、内陸のため寒さが厳しく、夜間は氷点下5℃まで気温が低下するという環境でした。・JDR医療チームの診療 (表2) 

表2 患者背景

患者の背景について、速報値ではありますが、総受診者数は1,942人で、女性は1,147人(59.1%)と過半数を占めていました。女性の受診割合は災害弱者である女性が医療にアクセスできているかどうかを測る指標で、過半数を超えていることが必要です。妊婦が54人受診され、妊婦検診を49人が受けていました。 診断について、災害に直接関連すると考えられる外傷が293人(15.1%)、急性の心因反応が53人(2.7%)、災害後の環境に起因すると考えられる感染症が492人(25.3%)、皮膚疾患が137人(7.1%)でした。 
 転帰について、ほとんどの患者が帰宅となっていましたが、高次医療機関への搬送が59人(3.0%)、入院が35人(1.8%)、死亡が3人(0.2%)と中等症以上の患者が一定数おり、JDR医療チームがType 2 EMTとしての機能を果たしていることが分かります。(図2) 診療患者推移について、災害関連性なしの割合が徐々に増加していっていることが分かります。この割合の上昇は急性期の医療支援終了の指標とされており、この割合の増加は、医療チームの撤収にとって重要な判断材料の一つとなりました(図3)。

図 2  患者の診断と転帰
図3 診療患者の推移

■ EMTCCでの活動 (写真5)

写真5  EMTCCにてデータの整理をする筆者

 EMTCCとはWHOが被災国の保健省の中に設置し、被災国外のEMTの調整を行う組織です。私は医療チームの第一次隊第一陣としての役割が終了後、アダナのホテルに設置されていたEMTCCに入りました。EMTCCでの私の役割はInformation Managerとして、EMTの診療実績やEMTの情報に関して、収集・整理・解析・関係者への共有を行うことでした。私がこの役割にご縁を頂いたのは、2017年にWHOのワーキンググループのメンバーとしてEMTの診療を定量化する取り組みである、EMT Minimum Data Setを開発に携わったためです。
 また、EMTCCのメンバーとして、被災地に展開するフィリピン、フランス、イランのEMTにサイトビジットにも行きました。(写真6)サイトビジットとは、EMTの質の評価を行うと同時にEMTの困りごとについて相談する目的で行われるもので、日本の病院機能評価のサーベイヤーの訪問と同様のものです。

写真6 フィリピンのEMTのサイトビジットを行う筆者(右から二番目)

■ 私たちが備えるべきこと

・災害時に助けてもらうために
 日本は災害の多い国であり、南海トラフ大地震は30年以内に80%の確率で起こるとされているため、全ての医療従事者が被災者/被災地内の支援者となる可能性があります。その際に、自身、家族、職場を守り、さらに医療従事者として適切な支援ができるようにするためには、職場や家庭でのBusiness Contingency Plan(BCP)を策定する必要があります。BCPの策定の第一歩として、職場や自宅のハザードマップ(市町村のホームページから閲覧可能)を確認して、どんなリスクに直面しているのかを正確に把握することが必要です。次にライフライン(水、電気、ガス、トイレ、通信)の確保のために備えておくことが必要です。その上で、災害発生直後からどのように行動するかについて計画を立て、その計画を定期的に訓練などで検証しておくことが必要です。
・災害時に支援者となるために
 災害医療、人道支援に興味を持たれ、支援者となることを考える場合、組織に所属する必要があります。JDR医療チーム、HuMA、PWJなどは普段の仕事を続けながら、災害時には勤務を調整して支援に参加することができます。そのためには、それぞれの組織に登録を行い、災害医療に関する研修を受ける必要があります。その研修の中で、The Sphere Handbookにおいて人道支援を行う上で重要なキーワードとして取り上げられている、Do No Harm、Resilience、Respectなどの実践について学んでおくことが重要です。
 医師の専門性に関して、普段の診療でケガや病気に広く対応する救急医は災害医療との親和性が高いため、救急診療に関わっておくと災害現場においても負担少なく診療を行うことができます。
 勤務先に関して、人道支援に関して理解のある職場/部門に所属していると、災害発生時に勤務を調整できる可能性が高くなります。そして、普段から災害派遣に対して理解を得るために行動する必要があります。また、災害派遣から戻った際には職場/部門への感謝の気持ちを忘れないことが重要です。

大阪市大医学部79年と附属病院99年の歴史-ⅩⅩⅩⅤ
【耳鼻咽喉科学教室】

中井義明(昭33年卒)・田中祐尾(昭44年卒)

■耳鼻咽喉科開設当初 初代後藤松一教授/2代長谷川高敏教授

 1944年大阪市立医学専門学校が設立された当時、附属病院となった大阪市立南市民病院耳鼻咽喉科部長の後藤松一先生(写真①左)が初代教授となられた。
 後藤教授は間もなく退任され1948年3月、長谷川高敏教授が長崎医科大學(現長崎大学)より赴任された。当時の医局員は泉 喜久夫他4名であった。当時の耳鼻咽喉科学教室は旧南市民病院の玄関脇の北隅30坪ばかりの所に、20坪程の外来診察室が椅子3脚を置き、それと鍵の手になって、新患診察室が細長くあり、東の端に新患診察椅子一脚と黒板一台あった。その部屋の西隅に黒板をついたてにした医局があった。新任の長谷川教授の部屋は2階の粗末な部屋があるのみで、これだけが耳鼻咽喉科学教室の全てであった。
 長谷川教授(写真①右)は前年1947年大阪で開催された第48回日本耳鼻咽喉科学会で宿題報告を担当され、重曹注射がめまいに有効であることを報告されて以来、その名声は世界に知られておられた。重曹注射は現在メイロンとしてめまい患者に使用され大きな福音となっている。

写真① 後藤教授、長谷川教授

■3代山本 馨教授

 1957年、長谷川教授は大阪大学に移られ後任に山本 馨教授(写真②左)が名古屋大学より来られた。当時は医局員11名であったが名古屋大学より柴田象太郎先生が助教授として来られ、その後前川彦右衛門、久保正治、横山俊彦、中井義明らが助教授、講師として勤務し山本教授退職時には100名を超す人数となった。研究は多方面に渡り内視鏡に始まり気管、気管支の病態生理、公害の気道に及ぼす影響、慢性中耳炎、耳硬化症に対する耳微細手術の臨床面より或いはその種々の角度より見た病態生理の研究が大きな主題であり、聴覚面では騒音の問題、他覚的聴力検査その基礎的内耳研究にも取り組まれ、これに関連して大阪市および府下に於ける難聴学級の創設にも努力された。
これらの成果とともに次記の研究会、学会を主催した。第5回日本オージオロジー学会、第22回近畿耳鼻咽喉科学会、第15回日本気管食道科学会、第4回オトマイクロサージェリー研究会、第11回国際気管食道科学会、第12回頭頸部腫瘍研究会、第13回内耳生化学研究会、第3回耳鼻咽喉科感染症研究会、第76回日本耳鼻咽喉科学会。

写真② 山本 馨教授、中井義明教授、山根英雄教授
写真③ 基礎耳科学会にて山本教授(歴代会長)へ中井会長より感謝状贈呈(1983年)
写真④ 韓国済州島にて山本教授、中井、手前は鹿児島大学大山教授夫妻(1985年)

■4代中井義明教授

 1977年、当時講師であった中井義明(写真②中)が教授に昇格した。山根英雄、村岡道徳、大迫茂人、長 寛正、大橋淑弘、頭司研作、小西一夫らが助教授、講師として勤務した。当大学病院は他の大学附属病院に比べ、より多くの患者さんがこられているがその疾患は多岐に亘っている。教室員は臨床の修練は勿論であるが基礎的研究の二足のわらじを履いて進むよう心がけていた。難聴、めまい、中耳炎、気道疾患、鼻アレルギー、腫瘍免疫、画像診断などの研究に各自分担して従事したが、これらの研究は続々と臨床に応用され、中でもループ利尿薬の難聴、耳鳴り特に突発性難聴の治療に効果のあることの発見はこれらの疾患に悩んでおられる患者さんに光明をもたらせ、L―V療法として一般に利用される様になった。次記の学会研究会の主催もした。第30回日本基礎耳科学会、第14回日本耳鼻咽喉科感染症研究会、第8回日本医用エアロゾル研究会、第1回日韓耳鼻咽喉科頭頸部外科学会、第15回小児耳鼻咽喉研究会、第48回日本形成外科学会関西地方会、第4回関西頭頸部腫瘍懇話会、第32回日本オージオロジー学会、第2回日韓耳鼻咽喉科頭頸部外科学会、第4回日本耳科学会、第54回日本平衡神経科学会、第98回日本耳鼻咽喉科学会総会、第16回頭頸部自律神経研究会。

■5代山根英雄教授 

 2000年、当時助教授の山根英雄(写真②右)が教授に昇格した。大橋淑宏、小西一夫、愛場康雅、坂下哲男、井口広義らが助教授、講師として勤務した。頭頸部全般の手術、特に中耳の手術に取り組み耳介軟骨を使っての方法は聴力改善に好結果をもたらした。平行してメニエール病の研究に力を注ぎ球形嚢の耳石も卵形嚢の耳石と同様落下する事を証明しこの耳石が内リンパ流の通路に落下すれば内リンパ水腫の原因になることを基礎的研究並びに画像診断で証明した。一方音響暴露で内耳にフリーラジカルが発生することを可視化した。第72回めまい平衡医学会を主催した。

写真⑤ 日本耳鼻咽喉科学会総会にて挨拶する中井義明会長 (1997年)

■6代井口広義教授/7代角南貴司子教授

 2015年、井口広義講師(写真⑥左)が教授に昇進した。耳鼻咽喉科全般中でも頭頸部癌の臨床的研究に力を注ぎ、2022年の第18回日韓耳鼻咽喉科頭頸部学会の会長を予定されていたが誠に残念な事に2018年12月に亡くなられた。後任教授に教室の角南貴司子講師(写真⑥右)が選出された。
日本の大學の耳鼻咽喉科学教室の女性主任教授は昭和大学の小林一女教授お一人であったが日本で二人目の女性主任教授として今後の活躍が期待される。既に井口教授の会長代行として日韓耳鼻咽喉科頭頸部学会を盛会裡に終えられ、教室では特に中耳の耳内視鏡手術、めまいなどを得意とし、多くの学会での役員として活躍しており本学の発展にも大いに期待される所です。
(中井義明 記)

写真⑥ 井口広義教授、角南貴司子教授

今回、耳鼻咽喉科の中井義明先生に執筆を快諾戴き感謝します。「医局の歴史めぐり」もいよいよ終盤に差し掛かり、以後、皮膚科・泌尿器科・眼科・精神科(順不同)と続きます。各科の卒業生諸氏には追々と執筆依頼に参りますので、宜しくお願いいたします。
(昭和44年卒 田中祐尾 記)

※ 中井義明先生の奥様 澄子先生(本学36年卒)も耳鼻咽喉科が専門で、趣味として日本画を描かれており、会員作品として「仁澪」の表紙を幾度となく飾って頂いたことに感謝いたします。

2022年 表彰・受賞者 (学内関係)

 2022年の学内関係の表彰・受賞者を掲載いたしました。
 得られる情報の範囲で掲載していますので、表彰・受賞されているにも関わらず掲載されていない方も居られるかも知れませんが、悪しからずご了承ください。仁澪会事務局までご連絡いただければ次号に追加掲載いたします。

◆2021年度日本消化管学会奨励賞受賞

 消化器内科学の中田晃暢先生がGI Week 2022(2月11~13日)で2021年度日本消化管学会奨励賞を受賞。
受賞論文名は「NOD-Like Receptor Family Pyrin Domain-Containing 3 Inflammasome Activation Exacerbates 5-Fluorouracil-Induced Small Intestinal Mucositis via Interleukin-1β Activation」
※ GI Week 2022:第18回日本消化管学会、The 15th IGICS、第49回日本潰瘍学会、第15回日本カプセル内視鏡学会、第17回日本消化管学会教育講演会 合同開催

◆第35回日本消化器病学会奨励賞受賞

 消化器内科学の中田晃暢先生が第108回日本消化器病学会総会(4月21~23日)で第35回日本消化器病学会奨励賞を受賞。
受賞論文名は「Classification of patients with esopha-geal eosinophilia by patterns of sensitization revealed by a diagnostic assay for multiple allergen-specific IgEs」

◆第38回日本臨床皮膚科医会総会ポスター賞で優秀演題賞受賞

 医学研究科の貝阿弥 瞳先生(前期研究医)が第38回日本臨床皮膚科医会総会・臨床学術大会(4月23~24日)のポスター賞で優秀演題賞を受賞。
演題名は「亜鉛華デンプンで消退した肛門部巨大尖圭コンジローマの1例」

◆2021年度(第1回)日本臨床皮膚外科学会年間最優秀論文賞受賞

 形成外科水田栄樹先生(後期研修医)が第40回日本臨床皮膚外科学会(5月21~22日)にて2021年度(第1回)日本臨床皮膚外科学会年間最優秀論文賞を受賞。
論文名「Chondrocutaneous Helical Rim Advancement Flapで再建した耳輪部悪性黒色腫の1例」

◆Best Moderated Poster award, AEPC 2022  Geneva meetingを受賞

 寄生虫学の中釜 悠先生がAEPC 2022 第55回欧州小児心臓学会(5月24~28日)にて「Best Moderated Poster award, AEPC 2022 Geneva meeting」を受賞。
ポスタータイトル「Induced pluripotent stem cell-derived Chagas disease model highlights the role of cardiomyocytes as sentinels of the host-parasite interaction」、「iPSC由来心筋疾患モデルにより、シャーガス病の病態における、心筋細胞を頂点とした宿主-病原体相互作用のヒエラルキーを解明する」

◆第18回ヘルシー・ソサエティ賞「教育部門」を受賞

 寄生虫学分野金子 明特任教授が公益社団法人日本看護協会とジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループ創設の第18回ヘルシー・ソサエティ賞「教育部門」を受賞し、6月2日に表彰された。
 金子先生は1987年、WHOの医官としてマラリア制圧のためにバヌアツ共和国に渡り、アネイチュウム島における草の根的活動によって島内のマラリアを根絶させることに成功。現在は後進の育成にも力を注いでいる。これまでの実績が評価されての受賞となった。

◆第69回日本麻酔科学会最優秀演題賞及び若手奨励賞を受賞

 日本麻酔科学会第69回学術集会(6月16~18日)にて麻酔科木村 文先生が最優秀演題賞及び若手奨励賞、山住 奎先生が最優秀演題賞を受賞。
木村 文先生:若手奨励賞「Recruitment maneuverによる血行動態変化率は分離肺換気下における輸液反応性の指標として有効である」
 最優秀演題賞「出血性ショックに対する水素含有輸液の有効性ーグリコカリックス保護の観点から」
山住 奎先生:最優秀演題賞「術前心電図多極性QRS波は経カテーテル大動脈弁留置術後の生存率予測に有用である:後ろ向き観察研究」

◆第49回日本毒性学会2022年度学会賞を受賞

 分子病理学の鰐渕英機教授が第49回日本毒性学会(7月1日)にて2022年度学会賞を受賞。
研究課題名「有機ヒ素化合物の長期毒性・発がん性機序の研究」

◆令和3年度腸内細菌学会研究奨励賞(基礎部門)を受賞

 ゲノム免疫学の藤本康介准教授が第26回腸内細菌学会学術集会(7月7~8日)にて令和3年度腸内細菌学会研究奨励賞(基礎部門)を受賞。
受賞テーマは「腸内バクテリオファージによる共生細菌と関連疾患の制御」

◆画像診断コンテスト「Diagnosis Please」2021年度年間最多正解者の世界チャンピオン獲得

 放射線診断学・IVR学の下野太郎准教授が、北米放射線学会誌「Radiology」の画像診断世界一を決めるコンテスト「Diagnosis Please」で、2021年度年間最多正解者の世界チャンピオンとして表彰された。
 今回の受賞は、2005年(アジア人として初の受賞)、2009年、2014年、2017年、2021年に続き6度目の快挙。なお、下野准教授は日本国内での同様のコンテストである日本医学放射線学会の「イメージ・インタープリテーション・セッション」でも28回(春20回、秋8回)受賞。

◆第43回日本レーザー医学会若手アワードセッション 優秀賞を受賞

 形成外科学の大学院生藤井奈穂先生が第43回日本レーザー医学会総会(10月16日)にて若手アワードセッション優秀賞を受賞。
受賞テーマ「毛細血管奇形の超早期レーザー治療の経験」

◆第30回日本消化器関連学会週間で優秀演題賞と若手奨励賞をダブル受賞

 肝胆膵病態内科学の武藤芳美先生が第30回日本消化器関連学会週間(JDDW)(10月28日)で優秀演題賞と若手奨励賞をダブル受賞。
受賞テーマ「Rifaximin治療効果に基づく肝性脳症原因菌の同定とメカニズムの解明」

◆The World’s Best Specialized Hospitals 2023 附属病院整形外科・放射線治療科が選出

【Newsweek】The World’s Best Specialized Hospitals 2023に附属病院整形外科と放射線治療科が今年度も選出された(10月28日)。
 整形外科(Orthopedics部門:81位)
 放射線治療科(Oncology部門:204位)
※World’s Best Specialized Hospitals2023はNewsweekが世界20ヵ国以上を対象に、毎年、10の専門分野から優良な病院を選出し表彰している。

◆令和4年度臓器移植対策推進功労者表彰

 泌尿器病態学内田潤次教授が厚生労働大臣より令和4年度臓器移植対策推進功労者として感謝状を贈呈された(10月29日)。

◆2022年度日本医師会医学研究奨励賞を受賞

 脳神経機能形態学教授の近藤 誠先生が日本医師会設立記念医学大会(11月1日)にて2022年度日本医師会医学研究奨励賞を受賞。
受賞テーマ「うつ病に対する新規治療薬開発のための基礎研究」

◆第54回日本臨床分子形態学会優秀演題賞を受賞

 皮膚病態学の東郷さやか先生が第54回日本臨床分子形態学会総会・学術集会(11月5日)にて優秀演題賞を受賞。
受賞テーマ「卵巣摘出術が毛髪成長に与える影響を探る;卵巣摘出マウスはヒトの女性型脱毛症を研究するモデルとなるか?」

◆第33回日本消化器癌発生学会総会優秀演題賞を受賞

 癌分子病態制御学の大学院生山本百合恵先生が第33回日本消化器癌発生学会総会(11月12日)にて優秀演題賞を受賞。
受賞テーマ「胆管癌におけるCXCR2/CXCL1シグナルの役割」。

◆第41回日本認知症学会学術集会・第37回日本老年精神医学会(合同開催)奨励賞を受賞

 認知症病態学の大学院生重森慶子先生、畑中由香里先生(現医化学研究室)が第41回日本認知症学会学術集会 第37回日本老年精神医学会(合同開催:11月25~27日)にて奨励賞を受賞。
受賞テーマ:
重森慶子先生「末梢Aβはインスリン分泌の negative modulator として働く」
畑中由香里先生「リファンピシン経鼻投与によるC9orf72-FTD/ALSモデルマウスの脳病理改善効果」

◆第59回ベルツ賞1等賞を受賞

 医学研究科医化学樋口真人特任教授が第59回ベルツ賞1等賞を受賞※。12月2日ドイツ大使公邸にて贈呈。
受賞論文「アルツハイマー病および類縁疾患の病態解明研究ならびに診断・治療・予防法の開発」
※ベーリンガーインゲルハイム社が1964年に設立した日本国内の医学賞。正式名称は「エルウィン・フォン・ベルツ賞」。

◆日本免疫学会研究奨励賞を受賞

 医学研究科ゲノム免疫学藤本康介准教授が第51回免疫学会学術集会(12月7~9日)にて日本免疫学会研究奨励賞を受賞。
研究題目「腸管の粘膜免疫機構と微生物叢の解析を基盤とした疾患制御法の開発」

◆JITMM 2022で「Young Investigator’s Award」を受賞

 ウイルス学・寄生虫学の中釜 悠准教授がタイのバンコクで開催された“Joint International Tropical Medicine Meeting (JITMM) 2022”(12月9日)にて「Young Investigator's Award」を受賞。
受賞演題タイトル「Antibody avidity maturation favors SARS-CoV-2 convalescents over vaccinees granting breadth in neutralizability and tolerance against variants」

学会主催者報告

第16回日本禁煙学会学術総会
会 期: 2022年10月29~30日
場 所: 完全Web開催
主 催: 堺市立総合医療センター 呼吸器疾患センター
会 長: 郷間 巌(昭和62年卒)

 日本禁煙学会は多職種の会員をもつ禁煙推進を目的とした学会です。第16回学術総会は、完全Web開催となりました。配信会場は関西医科大学でした。ほとんどのコンテンツは12月27日まで視聴可能としました。またWeb懇親会も開催しました。これはzoomを用いて自由に移動可能な計15の部屋を設定し、それぞれ楽しく盛り上がっており成功と考えております。
 テーマは学会大阪支部を中心とした各実行委員の取組みと今後への目標を「受動喫煙ゼロ」「タバコ依存なし」「タバコ規制枠組条約(FCTC)実現」の3つにまとめ、包含するテーマとして「命を守るための禁煙へ」としました。母子保健のタバコ問題を含め全世代や禁煙推進の手法などの内容で充実したものにしました。
 準備段階の大阪府医師会長の時よりお力添えいただいた茂松茂人先生(前名誉大会長、日本医師会副会長)および高井康之先生(名誉大会長、大阪府医師会会長)のお二人から禁煙推進の必要性と健康推進が日本医師会の取り組みと一致して重要であるという開会のお言葉を頂戴しました。大阪府医師会に御後援いただくにあたっては、大阪府医師会理事でもある林朝茂教授に大変お世話になりました。
 会長講演としては、個人を大切にして禁煙支援することにより、また禁煙支援に取組む者が自分達へのケアも行い、その上で「全てのひとの命を守ること」が禁煙という取組みであるべきであるとの考えを提示しました。喫煙行動にはその原因に本人では改善の難しい社会的要因がある場合があり、そのような状況が「健康格差」を生んでいることにも注意する必要があります。社会的要因への対応は、関係者で、地域で、専門職、医療・福祉の専門機関、支援のネットワーク、行政、政策立案者と協力関係を構築していかないといけません。そして常に「ケア」の視点を意識しておきたいと強調しました。
 海外招聘講演は、喫煙しない世代を作る法案を議論中のニュージーランド(NZ)からオタゴ大学Janet Hoek教授の動画を配信しました。2022年12月13日に、NZ議会は、この新しい禁煙法案を可決するという素晴らしいタイミングとなりました。2009年1月1日以降に生まれた人へのタバコの販売が禁止されたのです。今後、この法律を実現するためのNZの各種の取り組みにも注目して学んでいく必要があると考えます。禁煙学会は、幅広い多職種が多様な立場で連携し、専門的なスキルも向上させているところです。今後はさらに学門的な発展が期待されます。学術総会の主催で横のつながりの必要性を改めて感じました。この勢いを維持して大阪の禁煙推進を発展させたいと考えております。

第98回大阪透析研究会

会 期: 2023年3月5日
場 所: 大阪国際会議場
主 催: 大阪公立大学大学院医学系研究科 代謝内分泌病態内科学・腎臓病態内科学
会 長: 繪本正憲(昭和62年卒)

 大阪透析研究会は、今回で98回を数える伝統ある研究会です。年2回、医師だけではなく、看護師、臨床工学技士等、幅広い職種が参加・発表し、透析医療の進歩、発展を目指しています。本大会では、「日常診療にサイエンスを~透析医療の明日をみすえて~」というテーマで、ポストコロナを念頭に現地開催を行いました。COVID-19パンデミックにより、特にハイリスク患者を多く抱える透析医療の現場では、これまで経験したことのない対応を迫られる事態となりました。この間、多くの対策、取り組みがなされており、この経験を「科学的な目」をもって検証すれば、将来の透析医療に活かすことが期待されます。
 特別講演1では東京医科大学の菅野義彦先生より、現在の透析医療が抱える栄養問題について「透析患者の栄養管理2023」という演題名でご講演いただきました。特別講演2では和歌山医科大学の荒木信一先生から、新規透析導入の約4割を占める糖尿病性腎症について、「糖尿病性腎臓病の現況と課題」として最新の知見をご紹介いただきました。理事長賞応募セッションでは6演題、さらに一般演題でも64の発表があり、活発な議論が交わされました。また、教育企画セミナー、腎移植セミナー、臨床工学技士会セミナー、看護セミナー、13の企業共催セミナーを通じて、透析医療に関する最新の知見、情報共有がなされました。
 コロナ禍での大会準備は、気苦労も多くありましたが、腎臓内科スタッフを中心に、事務局長の森克仁准教授、運営スタッフの津田昌宏講師、仲谷慎也講師に活躍いただきました。最終的には会場参加者847名、オンライン参加者123名と計970名の参加をいただき、ポストコロナ時代に向けた節目の会になりました。 本会が盛会のうちに終了したことをご報告するとともに、多大なご協力・ご支援を賜りました本学医学部、仁澪会の諸先生方、関係各位に厚く御礼申し上げます。

『第45回卒後研修会』開催報告

一般社団法人仁澪会 副理事長  昭和53年卒  中村  肇
(淀川キリスト教病院老人保健施設施設長)

第45回卒後研修会 講演「Advance Care Planning (ACP)・社会復帰支援」

 令和5年2月4日(土)に大阪公立大学医学部医学情報センターホールで第45回大阪公立大学医学部卒後研修会が開催されました。
ことしも本研修会は新型コロナ感染症のために、一部対面、多くの先生はZoom参加のハイブリッド方式で開催されました。生野理事長の開会の挨拶で会が始まり、卒後臨床研修センター長、同窓会副理事長の首藤先生の座長で4演題の発表が行われました。各演題は2022年度に行われた、研修医によるプライマリ・ケア合同カンファレンスでチャンピオン演題として選ばれた演題で、いずれも示唆に富む素晴らしい発表ばかりでした。以下に簡単にその内容をお知らせします。
 第1演題は発表当時は南大阪病院の1年次臨床研修医であった現大阪公立大学医学部附属病院2年次臨床研修医の藤本聖也先生の「虫垂炎の診断で盲腸部分切除術を施行した一例」の発表でした。24歳の女性で、盲腸周囲に膿瘍があり手術施行されたが、症状が回復せず最終的にクローン病の診断がついた症例でした。私も元消化器内科医でしたが、なかなか診断が難しい症例を診断した臨床力が素晴らしいと感じました。
 第2演題は大阪公立大学医学部附属病院2年次臨床研修医の眞井慶先生が「検査値だけが事実とは限らない」という発表でした。84歳女性でRF陰性、抗CCP抗体陰性であったが、最終的にはRAと診断された症例でした。この発表も検査値の結果だけにとらわれずに臨床症状、臨床所見をきっちりとって診断するという臨床医のお手本となるような発表でした。
 第3演題は同じく大阪公立大学医学部附属病院2年次臨床研修医の井上稀美子先生の「診断に苦慮した希少疾患の一例」の発表でした。私も医師になって40年以上経過し、いろいろな珍しい疾患にも出会うことがありましたが、今回発表されたエルドハイム・チェスター病という全く初めて病名を聞く、なんじゃこれはという疾患でした。その診断に結び付いたのはCT検査が実施され、レントゲン診断学の医師が的確な診断をされたことがきっかけとの発表でした。この症例発表も大変すばらしい発表でした。
 第4演題は淀川キリスト教病院2年次臨床研修医の丸山耕平先生の「原因不明の色素沈着を主訴に来院した一例」の発表でした。62歳女性で皮膚の色素沈着を主訴に来院され、皮膚科、総合内科、最終的に膠原病内科を経て強皮症という診断ができたという貴重な症例でした。この症例も皮膚の硬化という身体所見をきっちりとることで診断に結び付くという臨床研修医には非常に大事なことを教えてくれる発表でした。
 この4演題を聞くことができて、私の錆びそうな頭をフル回転させることができたなという快感を味わうことができた素晴らしい症例提示でした。
 そして引き続きAdvance Care Planning (ACP)・社会復帰支援という特別講演が行われました。演者は市大平成20年卒で医療法人ぼちぼち会 おく内科・在宅クリニックの院長の奥 知久先生でした。奥先生は学生時代に私の研究室にも出入りしていた先生ですが、卒業後は在宅医療を充実させるため頑張って活躍している先生でとても素晴らしい先生です。諏訪中央病院で家庭医、総合診療医として地域に根差した在宅医療を始められ、御父上の後をついで大阪市旭区で開業されてからも地域の在宅医療の充実のためKISA2隊の活動を引っ張ってこられるなど先生の広い活動を聞かせていただき、元気をもらえた講演でした。
 大阪市立大学が大阪府立大学と合併し大阪公立大学になり、医学部はどうなることやらと心配して10ヶ月が過ぎましたが、大阪公立大学医学部では関連医療機関も含めて若い元気なそして極めて優秀な臨床研修医が育っているなと感じることができ大変うれしく思っております。コロナも落ち着いてきていますし、2023年度の第46回卒後研修会では対面で多くの先生に集まっていただいて開催できることを期待しています。

大阪の医史蹟めぐり―32
ヒトチャレンジ試験から考える
新型コロナウイルス感染症のこれまでとこれから

1.はじめに

 新型コロナウイルス (SARS-CoV-2)を病原体とする新型コロナウイルス感染症(以下COVID-19)は、2019年末に中国武漢市から出現し、全世界へと広がった。これまでに累積死亡者数は800万人を超えたと考えられているが、現在においても、本新興感染症の疾病負荷についての認識は混沌としている。一方、この3年でヒトもSARS-CoV-2も大きく変わった。ヒトは、大部分がワクチン接種や自然感染既往もしくはその両方により免疫学的にナイーブな状態を脱したし、何よりも認識(病識と言えるかもしれない)が変化した。ウイルスはと言えば、変異を繰り返し、弱毒株に落ち着いている。2023年3月現在、本邦での感染症法上の位置づけも変わる見込みであり、流行初期の恐怖の重症ウイルス感染症から、共存すべきありふれた感染症へと変わる転換点を迎えている。このような節目に、本誌編集責任者の田中祐尾先生よりCOVID-19についての解説記事のご依頼を頂いたものの、これほど社会を大きく変えた感染症だけあってミクロからマクロまで議論すべき点が幅広い上に、十人十色の「新型コロナ観」があるため、テーマを絞り切れないまま時間が過ぎた。過度に主観的にならないような、過度に学術的内容や治療マニュアルにもならないような話題は何か悩んでいた中、1つの象徴的な研究結果を思い出した。COVID-19のこれまでを振り返り、そしてCOVID-19だけではなく日本と世界のこれからの新興再興感染症対策を考える上でも、1つの指針となり得ると考えた。それは、英国で実施されたSARS-CoV-2のヒトチャレンジ試験①である。本稿では、ヒトチャレンジ試験で得られた結果を踏まえて、COVID-19のこれまでとこれからを考察していくこととする。

2.ヒトチャレンジ試験

 ヒトチャレンジ試験とは、管理下で生きた病原体を健常なヒトに曝露させることで、感染成立の正確な時期や病原体量を把握でき、ヒト免疫応答を理解するための介入研究となる。さらには、ワクチン開発などにおいても極めて重要な役割を果たす。COVID-19について言えば、ワクチンも治療法もないどころか、病態理解さえ不十分な2020年にはすでに計画されていた。読者の中には、いかにCOVID-19パンデミックの混乱の中とは言え、そんな非倫理的な試験が許容されるのかと不信感を感じる方もいらっしゃると思うが、実は感染症領域においてヒトチャレンジ試験はControlled Human Infection Model (CHIM)とも呼ばれ長い歴史を持つ。マラリア、インフルエンザ、コレラなどの感染症について、CHIMは何十年も前から実施されてきた②。なんとヒトへの投与を前提としたGMP(Good Manufacturing Practice)レベルのマラリア原虫というものが存在するのをご存知だろうか。たとえば2016年、「VAXCHORA」と呼ばれる経口コレラワクチンについて、健康な成人のコレラ感染を防げるかどうかを確かめるためにヒトチャレンジ試験が実施された③。被験者たちをワクチン投与後にコレラ菌に曝露させた結果、このワクチン投与は重度の下痢を80~90%減らしたことから、米国食品医薬品局(FDA)により旅行者ワクチンとして承認されている。

3.SARS-CoV-2のヒトチャレンジ試験

 本題のSARS-CoV-2チャレンジ試験であるが、2021年に過去の自然感染またはワクチン接種がない18歳~29歳の健康な男女36人(報道によると2万人以上の志願者がいたそうである)にいわゆるSARS-CoV-2欧州株を経鼻的に感染させ経過を観察した。第一の目的は、安全なSARS-CoV-2ヒトチャレンジモデルを確立することにあった。曝露ウイルス量は、感染に必要と推定された1/10の低ウイルス量(ウイルスは何個と数えることができないが、簡便にはおおよそ数十個のウイルス粒子程度)から開始した。被験者は24時間体制で厳重な医療監視を行い、高度医療を受けることができる隔離病棟で管理された。本試験の主要目的は、被験者50%以上に忍容性高く、感染を引き起こす接種量を同定することであり、副次的目的はウイルスと症状の経時的変化を評価することだった。半数の18名が感染成立し、発症は感染から平均2日で、その後ウイルス量は急激に上昇し曝露後5日でピークに達した。ウイルスは最初に喉で検出されたが、鼻で高レベルに増加した。鼻からは平均して曝露後10日目まで生存ウイルスを検出できた。重篤な有害事象はなく、軽度から中等度の症状が16名から報告され、2名は無症状のままだった。ウイルス量と症状の間に量的な相関は認められず、無症状の感染者でも高いウイルス量が認められた。感染者全員に抗スパイクIgG抗体および中和抗体が出現した。また、週2回の迅速抗原検査により真の感染者の70~80%を見逃すことなく診断することができた。

まとめると、以下の点が明確となった。
①推定量よりもはるかに低いウイルス量で感染は成立した
②想定より短期間での発症とウイルスピーク量
③無症状でも高いウイルス量を排出
④迅速抗原検査でも十分な感度

 これらから、公衆衛生対策への重要な示唆が得られ、未感染者や無症状者の免疫要因の新規発見へとつながり、今後のワクチン開発にとっても重要な基盤データとなった。この試験を踏まえて、デルタ株を用いたチャレンジ試験や、CHIMによる新規ワクチンの有効性検証試験が計画されているという。

4.これまでを振り返る

 低ウイルス量(場合によっては、ウイルス粒子10個程度)でも感染成立しうることには私も大変驚いた。本研究は欧州株を使用したものであり、臨床的に感染性が高まったデルタ株やオミクロン株ではさらに低ウイルス量でも感染成立すると推定されうる。この結果からは、アクリル板の設置やマスクの効果は限定的であったと言わざるを得ないのではないか。特にマスクについては多様な意見があると承知しているが、介入研究では明確な効果が示されているわけでもなく、全くの無効であるとも言えない④。無症状でも高いウイルス量を排出しているので、非接触型の体温測定は感染抑止に効果があったのだろうか。
 また、平均2日で発症しており、当初の想定より大幅に短い。感染者だけではなく、濃厚接触者も長期の隔離を余儀なくされたが、当時の14日間という一律の隔離期間は果たして妥当であったか。水際対策も多くの予算や労力を費やしてきたが、対策の費用対効果をいっそう高めるための更なる工夫や今後へ向けた反省についてはいまだに議論が少ない。
 検査についても様々な意見があった。PCR検査や抗原検査の信頼度を巡ってはときに議論が科学的冷静さを欠き、PCR検査至上主義とでも言えるような偏った意見も散見された。しかし、日本では薬局などでの自己抗原検査を長らく一般市民に解禁してこなかった。本研究結果は、迅速抗原検査であってもそのメリットと限界を吟味した上で、臨床使用に十分耐えうる信頼性を発揮することを示しているとは言えないか。最終的には、オミクロン株流行とともになし崩し的に自己検査は解禁されたが、我が国の理念なき感染症対策を露呈したといっても過言ではないと私は考えている。
 もちろん、本チャレンジ試験結果は完全なものではない。この結果から、すべてを判断できるものではないし、今後も継続した研究が必要であるが、これまでの感染対策を振り返る1つの機会を強烈に提供している。

5.これから

 パンデミックからの脱却にワクチン開発は決定的な役割を果たしたことは議論の余地がないと思われる。もちろん、追加接種がどの程度必要だったか、これから必要になるかについては、引き続き多くの研究が必要であろう。しかし、その肝心のワクチンは、我が国は1,000億円を超える予算をつぎ込んだにも関わらずついぞ開発するに至らなかった。その原因は、日本の科学政策を考える上で重要な反省点になると思うが、ここでは触れない。
今回のmRNAワクチンはSARS-CoV-2の塩基配列が解析された後、およそ300日で緊急承認された。史上最速のワクチン開発だったとは言え、決して突貫工事ではなく、必要な試験は漏れなく実施されたことはあらためて強調しておきたい。世界では、これに満足することなく、来るべき次のパンデミック(Disease Xとも呼ばれる)では“100 days mission”で有効なワクチン開発を結束して行いたいとの野望を抱いている⑤。その際にも、本稿のテーマであるヒトチャレンジ試験は欠かせない項目であると指摘されている。これまでも多くのワクチン開発でヒトチャレンジ試験が行われてきたように、我が国でも平時からワクチン開発の基盤を整備する必要があるのではないだろうか。SARS-CoV-2ヒトチャレンジ試験でも、遷延する罹患後症状の問題を含めて倫理的課題があるのも間違いないが、ワクチン開発などのパンデミック対策は保健課題に留まらず、国家安全保障、外交、経済といった日本のあるべき姿に大きな影響を与えることもまた間違いない。外国で開発されたワクチンを貪るだけではなく、科学立国として世界で重要な位置を占めるべく政策を見つめ直す時期にあると考える。折しも、2023年は日本がG7サミットの議長国であり、このような国際的な保健の枠組みをグローバルヘルス・アーキテクチャとして提案しているので、パンデミックが一段落した今だからこそ骨太の方針を持つよう国民的議論が望まれる。

6.さいごに

 感染症対策のみに留まらず、レジリエンス高い社会をどのように構築し、次世代へ継承していくか、21世紀前半に生きる我々専門家と市民の真価が問われているのではないだろうか。

文 献
①. Killingley, B., Mann, A.J., Kalinova, M. et al. Safety, tolerability and viral kinetics during SARS-CoV-2 human challenge in young adults. Nat Med 28, 1031-1041 (2022).
②. Choy RKM, Bourgeois AL, Ockenhouse CF et al. Controlled Human Infection Models To Accelerate Vaccine Development. Clin Microbiol Rev. 2022 Sep 21;35(3):e0000821.
③. Chen WH, Cohen MB, Kirkpatrick BD, et al. Single-dose live oral cholera vaccine CVD 103-HgR protects against human experimental infection with Vibrio cholerae O1 El Tor. Clin Infect Dis 2016;62:1329-35.
④. Jefferson T, Dooley L, Ferroni E, Al-Ansary LA et al. Physical interventions to interrupt or reduce the spread of respiratory viruses. Cochrane Database of Systematic Reviews 2023, Issue 1. Art. No.: CD006207.
⑤. CEPI's 100 days mission. CEPI. Retrieved April 18, 2023, from https://100days.cepi.net/

大阪公立大学医学部三丘会開催報告

会期:2022年12月10日
場所:リモート
幹事:榎本 大(平成5年卒)

 022年度の大阪公立大学医学部三丘会の定例会は、2022年12月10日リモートで開催されました。本会は以前なら天王寺のホテルで会食しながら歓談するスタイルだったのですが、COVID-19感染拡大により2020年度は中止、2021年度はリモートで再開されました。会の開催を企画した9月の上旬は第7波が収まりつつある頃で年末年始の第8波襲来が予想されていたこと、昨年リモートの会が思いのほか盛り上がったことなど背景にリモート開催することといたしました。
 ご参加いただいた根来伸夫先生(高25)からはこれまでの歩みを振り返っての学生へのメッセージ、深井和吉先生(高29)からは慢性腎臓病などご自身の療養体験を踏まえての患者目線の貴重なお話し、福岡達成先生(高48)からは最新のロボット手術などについて、杉山佳代先生(高46)からは愛知県で心臓外科医として活躍されている近況、野沢彰紀先生(高52)からは肝胆膵外科医としての歩みと医系技官として厚労省に出向されている近況、長嶋愛子先生(高54)からは4人の子育てをしながら産科医としての診療を続けてこられた体験談、岡田真穂先生(高62)からは当院肝胆膵内科のご紹介がありました。
 参加の学生(敬称略):西別府駿(M6)、周藤 健(M4)、上田聖也(M3)、服部 茜(M2)、谷口 凛(M1)にとっては色々な年代の様々な診療科の先生方のお話を聴くことが出来て、将来に大いに役立ったのではないかと思います。来年こそは新型コロナ感染が終息し、多くの先生方と対面で歓談できることを祈っております。

第117回 医師国家試験結果

大阪公立大学 医学部 IR室 (平成9年卒/仁澪会理事)  栩野吉弘

 大阪公立大学医学部IR室*の栩野(平成9年卒、仁澪会理事)です。
恒例の大阪市立大学(2023年入学者~大阪公立大学)の医師国家試験の結果を報告させていただきます。
 第117回の医師国家試験は、2023年2月4・5日に行われ、3月16日に合格発表がありました。大阪市立大学の新卒者の医師国家試験の受験者数、合格者数ならびに合格率を全国平均と比較して過去8年間、別表にまとめています。
 大阪市立大学医学部医学科6年生の97名は全員が2023年3月24日に卒業式を迎えることができました。新卒者97名中93名が合格し、合格率は95.9%と全国平均の94.9%を上回るすばらしい結果でした。また、既卒者(いわゆる国試浪人)を含めた受験者数101名中96名が合格し、合格率は95.0%でした。
 今年の6年生は参加型臨床実習の時期がコロナ禍と重なり、いろいろな制限で十分な実習ができなかった学年でしたが、医師国家試験ではしっかりとした成績を残してくれました。
 これから、大阪市立大学の卒業生として大きく飛躍することを祈念しております。

*医学部IR室:IRはInstitutional Researchの略です。教育に関わるデータの収集と分析を行い、大学の医学教育改善につなげるために2018年4月に発足しました。

学生クラブ活動紹介

医学部硬式テニス部

 医学部硬式テニス部は現在、男子23人、女子18人の41人が所属しています。経験者はもちろん、大学から始めた人も多くいます。練習は週に2日、長居テニスコート、大泉テニスコート、杉本キャンパスにて行っています。春と夏に大きな大会があり、それに向け部員全員で練習に励んでいます。また硬式テニス部ではレギュラー以外が出場するイレギュラーの団体戦があり、男子は秋、女子は冬に行われています。合宿も春と夏の年2回行っており、今年の2月に3年ぶりの春合宿を行うことができました。この春には、3年ぶりに近畿大会がコロナ前と同じ規模で行われ、特に女子では準優勝という結果をおさめることができました。硬式テニス部は部活動の際はもちろん、普段から先輩後輩の仲が良く、学年をまたいでご飯や遊びに行くことも多い部活です。この夏には西医体がありますので、春大会での悔しさをバネに、部員一同練習に励んでいきたいと思います。応援のほどよろしくお願い致します。(医学部4回生 大前 駿)

競技スキー部 

 競技スキー部の令和4年度キャプテンを務めた涌井謙佑です。今年度は医学科の9名で活動してきました。少ない人数ですが、和気藹々とした雰囲気の部活です。普段は12~3月にかけて、主に長野県のスキー場で練習しています。京大や滋賀医大など他大学の部員と一緒に合宿を行うので、大学の枠を超えて交流することができます。 3月18~23日にかけて菅平高原パインビークスキー場で行われた西医体の学年別GS種目では、4年の安田真菜歩先輩が3位、2年の窪田遼輔くんが7位という結果を残しました。久々に開催された西医体でしたが、選手の2名は実力を発揮しました。 今回大会に出場しなかった部員を含め一人ひとりが目標を持って練習に励んでいます。これからオフシーズンに入りますが、来年に向けて万全の準備を進めてまいります。最後になりますが、いつもご支援いただいている先輩方、顧問の三木幸雄教授に感謝申し上げます。(医学部4回生 涌井謙佑)

医療×IT研究会

 仁澪会の皆様、初めまして。医療×IT研究会(OCUMIT:おきゅみっと)です。OCUMITは2020年1月に発足し、2021年4月に大学公認団体となりました。現在は医学科、看護学科、工学部、医学研究科など、総勢33名のメンバーで活動しています。プログラミング言語Pythonの初心者向け勉強会、機械学習やアプリ制作、統計学の勉強会をZoom上で開催しています。プログラムによる課題解決を競うコンテストにも精力的に参加しています。
昨年は「第4回 全国医療AIコンテスト」を主催し、本学工学部研究室との連携、ドイツ留学を通して海外の研究者との交流、臨床系教室のご協力の下でプログラミングを活用したプロジェクトを立ち上げるなど、少しずつ実績を積み重ねております。
 まだまだ駆け出しの私たちですが、仁澪会の皆様には応援いただけますと幸いです。OCUMITの今後の成長にご期待ください。(医学部5回生 栗生  薫)

編集後記

 コロナの第8波がやっと下火になり、5月8日より季節性インフルエンザと同じ5類になることになっています。ゴールデンウィーク明けに第9波が来るかもと言われていますが、街中ではマスクを外している人もちらほら見られるようになりました。このまま落ち着いた状態が続けばよいですが、もう3年前のような状態に戻るのは嫌です。いかに人類が栄華を誇っていてもあの小さいウイルスに負けてしまっていたのです。やっとコロナに勝つ時期が来ているのでしょうか。それともこれからずっと共存していくのでしょうか。
 さて、長い間「仁澪」の広報委員長を続けてこられた田中祐尾先生が一線から退いて広報委員会の相談役になることになり、これからは少し若返ったメンバーで広報委員会を引き継いでいきたいと考えています。メンバーは増田 博、竹内一浩、福島若葉、栩野吉弘、藏城雅文です。すぐに広報誌「仁澪」が大きく変化することはないと思いますが、同窓会の先生方に大事にしていただける、よく目を通していただける同窓会誌を作っていきたいと考えています。各教室便り、研修医便りとか、活躍をしている卒業生の先生の紹介など色々な内容を計画しているところです。同窓会の先生方の意見をどんどん取り入れていきたいので、この内容は良かった、もっと続けてほしいとか、この内容はもっと詳しく紹介してほしいとか、またこの内容はつまらないので何とかならないのかとか、いろいろな意見を頂けるとありがたいです。これからも「仁澪」をよろしくお願いいたします。
  (昭57卒 増田 博 記)

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大阪掖済会病院 正風病院 東住吉森本病院 府中病院 住友病院

淀川キリスト教病院 八尾徳洲会総合病院 大野記念病院 八尾徳洲会総合病院

長吉総合病院 三国丘病院 
大阪女子大学同窓会斐文会結婚相談室

大阪市立大学医学部附属病院先端予防医療部附属クリニック MedCity21
大阪府医師協同組合

医療法人 景岳会 南大阪病院

社会医療法人 弘道会
なにわ生野病院、なにわラガール

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