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読書記録|マルクス エンゲルス 『共産党宣言』

読了日:2024年5月12日

 現代において共産主義といえば例えば旧ソ連のような独裁国家、独裁的な感覚や、中国共産党やカンボジアのポル・ポト率いるクメール・ルージュなどを思い浮かべる人が多いと思うが、プロイセン王国時代のドイツの哲学者カール・マルクスや同国思想家フリードリヒ・エンゲルスが唱えていた、本来の共産主義とはかけ離れたものになっていることを知らない人は意外と多い。なんなら「共産主義」と聞いただけで、アレルギーのように嫌悪感を顕にする人は少なくない。その人々は、「共産主義」とはいったいどういう歴史と思想で出来上がったイデオロギーなのか、そこを知らないからそのような反応を示すのだと思う。恐らく、国内の共産党支持者でも、共産主義の根本たるこの『共産党宣言』を読んだ人はそれほどいないのではないだろうか?
 私は共産党支持者ではない。しかし、『共産党宣言』における内容の全てを受け入れるかはまた別の話であるが、あらかたマルクスが言いたいことの理解できるし、共感できる部分もある。

 マルクス主義の基本原理を簡単に言うと、歴史の発展は、ブルジョア階級(資本者。搾取する者)とプロレタリア階級(労働者。搾取される者)の階級闘争だと主張している。労働者は資本家のためだけに存在し、支配階級が利益を必要としなければ生活できない惨めなもの。これの廃止を求め、階級を破壊し、集団の利益と平等を手に入れようという思想。(プロレタリア階級に革命を促している)
 対して、後の人々が抱く共産主義のイメージは、旧ソビエト連邦の指導者であったヨシフ・スターリンによる政治体制(スターリン主義)であり、権威主義的であったり全体主義であったり独裁的なものであろう。(旧ソ崩壊後の今であれば、中国共産党を想像する人が多いかもしれない。現ロシアは旧ソ崩壊後、社会主義を放棄して資本主義へと転換した)
 マルクス主義に興味を持った旧ソの思想家ウラジーミル・レーニンは、マルクス主義革命結社 「社会民主党」に参加し幹部として活動を始める。マルクス主義の信奉者スターリンは、独裁と暴力革命を強く指示していたレーニンの思想を継ぎ、レーニンの死後に旧ソの最高指導者となった
 ここまでくると、マルクスの階級闘争のない平和的で平等性のある共産主義社会の実現思想は消え去り、先鋭化した全体主義と弾圧の恐怖政治へと転換してしまっている。これが現在一般的に抱かれている共産主義そのもののイメージではなかろうか。
 共産主義や共産党を批判するにも賞賛するにも、まずこの歴史を知っておかなければ、正しい評価はできないと思う。

 マルクスエンゲルスの時代におけるブルジョア階級は、発展的文明を求め、マニュファクチュアの生産性の向上、国外との輸出入などの交流を目指しており、それに対して異を発してるのがマルクスやエンゲルスであり、またこの『共産主義宣言』であるが、個人的にはマルクス主義はどうにも保守的な思想に感じる。これまでの文化を死守し、古いものは古いままで、地方的で民族的であろうと主張するのは全くの保守的思想ではないだろうか?「保守」の意味を調べても、マルクスの主張そのままに、「従来からの伝統・習慣・制度・考え方を維持し、社会的もしくは政治的な改革・革命・革新に反対する思想」と出てくる。また、日本の保守層に「反グローバリズム」を掲げる人も散見されるが、マルクス主義こそ反グローバリズムなのではないだろうか?マルクス主義は保守主義と親和性が高い、いや保守主義そのものだと思う。そうなると、日本共産党やそのシンパを左派と呼んでいることに矛盾を感じる。
 少し日本共産党を紐解きたい。日本で共産党が結成したのは1921年。レーニンが設立したコミンテルン(第三インターナショナル)の流れを汲む第一次共産党が前身である(日本共産党はコミンテルン日本支部として置かれた)。それを踏まえると、当時の日本共産党はマルクス主義よりもスターリン主義を強く受け継いではいるが、ある時から旧ソや中国と距離をとっており、現在はマルクス主義に近い主張のようだ。ただし、日本共産党の中にも中核派やマル革派など暴力革命を支持する団体もある。では本体たる日本共産党の現在の綱領、「日本共産党綱領(2020年改訂)の概要」ではどう書かれているのかというと、やはりマルクス主義を思わせる内容となっている。アメリカへの極端な従属を廃して、日本の真の独立を謳っている部分には共感できる。私自身、自らを右だ左だとは主張していないが、側から見れば右思想であろう私も、この日本に原爆を落とし、国際法を犯し民間人への大量虐殺をしたアメリカを、日本の保守層が許しているのが私としてはずっと不可解で仕方がない。更に、日本のアメリカに対する属国のような振る舞いや、アメリカからの内政干渉を見るにつけ、日本は戦後約80年を経ても全く独立国家になんて言えない状態である。アメリカに頼らねば生きていけないなら尚更だ。なんと情けないことか。敗戦国の定めとはいえ……そんな風に思う。
同じように考えてる人は共産党を嫌う愛国者(保守層)にはまま多くいて、相対していそうな日本共産党といわゆる右派・保守と呼ばれる層の共感部分を見れば、結局のところ、日本における保守とリベラル、右派と左派の定義が曖昧だったり捻じ曲がってるのではないかと思わされる(よく日本の保守と国外の保守は定義が違うとは耳にする)。

 話が逸れたが、『共産主義』とは本来は何を定義していたのか、そしてそこからどのように変化をしていったのか、これを知るだけで物事に別の見方が加わる。あくまでも私は共産主義の支持者ではないが、何事も一次情報に触れることは重要なので、そういう意味では「なんとなく知ってる」レベルに留めず、『共産党宣言』を読むことに意義を感じた。

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