見出し画像

『かがみの特殊少年更生施設』が開いた扉─ARGの黎明

丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発するのだったらどんなにおもしろいだろう。

梶井基次郎「檸檬」より

この半年の間に、ARG(代替現実ゲーム)プロジェクトを立て続けに公開した。

  • 2023年10月『人の財布』

  • 2024年1~3月『Project:;COLD 2.0 case.674 ALTÆR CARNIVAL』

  • 2024年4月『かがみの特殊少年更生施設』

作品と呼ぶほどでもないが、ストーリーノート入社希望者に配布した資料の中にも、小さな物語を潜ませた一冊のノートを入れた。そんなわけで、気づけば僕はARGをたくさん作っている。

持ってる人は貴重品かもしれないです

『人の財布』が売り出された直後は、あまりの反響の大きさから関係各位が混乱に陥った。その一部始終については下の記事に詳述している。

だが、その混乱冷めやらぬ4月1日、『かがみの特殊少年更生施設』のはじまりもまた、『人の財布』の反響の再来と言えるほど大きかった。

『かがみの特殊少年更生施設』狂騒曲

『かがみの特殊少年更生施設』を知らない人は、まずは下の動画から見てほしい。

このまま読み進めてもネタバレはないがメタ発言は多めになるので、そういうのが嫌な人は、是非先に体験をしてもらえればと思う。

『かがみの特殊少年更生施設』は、公開直後から多くの配信者たちが連日実況するところとなり、特に20代の若い層を中心に急速に認知が拡がっていった。

自分が作ったものが世の中にどう受け入れられるのか、予測を立てるのはいつも困難なものだ。だから、多くの人が『かがみの特殊少年更生施設』に挑んでいる様子を見て、初めは素直に驚いていた。
なにしろ僕らが掲げていた目標は『半年でページ閲覧回数100万回』で、それをクリアするのに、わずか二日しか掛からなかったのだから。

公開35日間でプレイヤー総数は35万人。ページ閲覧回数は2350万回超。ネットでの実況回数はもはや数えようもないが、少なく見ても500件以上は行われているだろう。
アンケート回答数は6,200件超。好評率は95.8%。次も参加したいという人の割合は、実に98.2%にものぼっている。(いずれも5/6時点のもの)

公開から少し時間が経ち、僕はこの出来事を冷静に分析し始めていた。
『人の財布』と『かがみの特殊少年更生施設』。この二つのヒットは、線形に結ばれた一つの現象だったのだろうか、と。
つまり、『人の財布』の流行があったから『かがみの特殊少年更生施設』も流行ったのか。あるいは、『かがみの特殊少年更生施設』が高評価だから『人の財布』はあんなにも売れたのか。

恐らくそうではない。
二つのヒットに因果関係はなく、まったく別々に放たれた二本の矢が、それぞれ別々の軌道を描いて多くの人の心を捉えた。そういう解釈が一番しっくりくる。

ならば、自分の周辺で今何が起こっているのか。僕はそれを考えていた。
推察するに、これらの出来事が起こった理由は二つある。その一つは、恐らく僕たちのARGを作る技術が向上したことだ。だから、多くの人に上手に届けられるようになった。
だがもう一つは、こんなふうに考えてもいいのではないかと僕は思っている。

この、脱出ゲームでもないアドベンチャーゲームでもない、およそジャンルすら定かではない現実と非現実の中間に置かれたような表現───すなわちARGの面白さに、多くの人が気づき始めたのだ、と。

『名前のない感情』の追求

以前、『面白さ』について語った記事の中で、僕はこんなことを書いた。

物語は今も日々進化を続けていて、まだ分類されていない、名前のない感情を揺り動かすことを目指して物語を作る人も増えています。

note『面白さ』を巡る冒険

名前のない感情を揺り動かすことを目指して物語を作る人。無論自分もその一人だ。

僕はARGの専門家ではないし、初めからARGというジャンルを志向して物を作り始めたわけでもない。自分の中にある『面白い』という感覚を信じ、感性の赴くままに突き詰めていった結果、ここに辿り着いた。

僕がはじめに面白いと感じた『あの感覚』には、名前がなかった。だから、人に伝えることがいつも困難だった。『Project:;COLD』をリリースした後は少し伝わりやすくなったが、それでも今もうまく伝えられず苦心することが多い。

しかし、アンケートに寄せられた感想を読んでいると、『あの感覚』に共感し、なんとかそれを言語化しようとしてくれている人が何人もいた。

まるで足元から地面がなくなってしまうような、現実なのか非現実なのかわからなくなってしまうような不安な感覚を覚えました───

そうだ。これこそ僕が面白いと感じ、人に届けたいと思った『あの感覚』だ。僕の感じていた名前のない感覚が、少しずつ共感してくれる人に届き始めているのだ。

ARGの普及は、世界中の人が試みながら未だ誰も成し遂げられない、とても困難な挑戦だ。その扉は重たく、押しても引いてもまったく開く気配がなかった。
だが、『かがみの特殊少年更生施設』のアンケートの感想を読んでいたとき、僕は初めて、ほんの少しだけ、ARGの黎明をこの目で見たような気持ちになった。

『Project:;COLD 2.0』謝辞

あまりにも色々なことがあり過ぎた『Project:;COLD 2.0 case.674 ALTÆR CARNIVAL』も、3月31日に無事に幕を閉じた。
シリーズ三作目。総視聴者数12万人、SNSの総コメントは78万。池袋P'PARCOで実施された『不可逆展』は連日盛況で、グッズの売上も上々だったと報せを受けている。
最初の『case.613』の構想を練っていた頃のことを思うと隔世の感を禁じ得ないが、ご参加いただいた皆様には改めて御礼申し上げます。ありがとうございました。

運営側の感想としては、紛れもなく過去最高難易度への挑戦の数々だった。それを大きなトラブルもなく完走できたことを奇跡と感じるとともに、関係各位の弛まぬ努力の賜物であったと感謝しています。ありがとうございました。

Project:;COLDシリーズは、コミック化、ココフォリアでのゲーム化など、IPとしての確かな成長を感じている。

このシリーズが今後も続いてほしいということを、僕も心から願っている。
同じように思う方は、是非この記事の「スキ」と、各SNSでの拡散のご協力をお願いします。そういう声が増えるほど、それが再び現実になる可能性も高まっていくはずなので。

今後の活動について

今後のことについては、『人の財布』の系統のものを作っていることは発表済みだが、その他のことは未定なことが多い。

ただ、発表した作品がそれぞれ大きな注目を得られたことで、自分たちが次にできることの可能性は広がった。そのことだけは、お礼の気持ちも込めて、この場で皆さんにも共有しておきたい。

ARGの宿命として、大掛かりなスタートを切ることができない。だから始まりはいつも静かだ。
僕は誰にも気づかれないように、そっと街のどこかに物語を仕掛けてくる。そして、息を潜ませ、足を忍ばせ、その物語が始まる瞬間をじっと待つ。その心境たるや、冒頭に引用した梶井の一文によく似ている。

「これから何かとんでもないことが起こるんじゃないか」

そんな期待と不安。これは僕にとっての檸檬だ。
そんなことを感じながら、僕は今日も次のARGの制作に向き合っている。

2024.5.6
第四境界 監督 藤澤 仁


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?