「新型コロナウィルスと心」編 取材後記
『グランドジャンプ』(集英社)で連載中の漫画「Shrink ~精神科医ヨワイ~」の原作を担当している七海仁です。
『Shrink』最新巻9巻が発売されてから約1カ月が過ぎました。
その間に本当にたくさんのご感想をいただき、ひとつひとつ何度も大切に読ませていただいています。ありがとうございます。
コロナ禍という、我々の日々に突然現れた「非日常」と付き合って次の春で3年が経とうとしています。
2020年の夏頃、まだ正体がよくわからない感染症を前に何もかもが自粛ムード、スーパーに行けば暑い中ゴム手袋を着けて買い物をする人達の姿。どこから感染するかわからなくて買ってきた商品をひとつひとつ丁寧に拭いてからしまっていた自分も「コロナ」に翻弄されていたうちの一人でした。
友達や家族に会えない、学校や会社にも通えない、毎日テレビやネットは悲しいニュースばかり…誰もが不安そうな顔をしていて、「先が見えない毎日というものはこれほど人の心を蝕むのか」と思い、『Shrink』で「新型コロナウィルスと心」を取り上げたいと思っていました。が、日々変わり続ける状況の中での創作はなかなか難しく、何かが見えて来るであろう1~2年後に書けたら…と思っていたところ、2021年秋にいつも取材をお願いしている千代田保健所の保健師さんから「『Shrink』で新型コロナウィルスをテーマに取り上げてもらえないか」という内容のメールが届きました。
すぐに伺ってお話を聞くと、コロナ禍で孤立して産後うつが悪化した女性や、地方から東京の大学へやって来た後緊急事態宣言で休校となり自宅待機を続ける大学生…そんな方達の中で自殺者が増えているということでした。
その後精神科医の先生からも不安を抱えてやって来る女性が外来に増えていることを聞きました。経済的困窮や家事育児の負担などストレスの要因はさまざまですが、それを発散できる場所を奪われてしまったことが大きいのではないかというお話でした。女性は、辛い気持ちや苦しい思いをゆっくり話して共感してもらうことを通して頭の中を整理し心を癒すことが多い、さらに、芸能人の悲しいニュースなどに比較的影響を受けやすい特徴があるそうです。
こうして、大学生・光や編集者・友代の話は出来上がっていったのですが、個人的にどうしても取り上げたいと思っていたのが新型コロナウィルス対応をされている医療従事者の皆さんでした。周りでコロナが流行している、メディアを通して悲惨な現実を知る、それだけでも心がきしむのに、その医療現場で働いている方たちの心のケアはどうなっているんだろう。気になって仕方なくて、何カ所か取材を断られたりしたのち、まず最初にお話させていただいたのは、大規模なコロナ病棟で働く主任クラスの看護師さんでした。
任命されて最初は誇らしかったこと、すぐにその気持ちより実務の大変さ、その中で感じるジレンマが大きくなっていったこと、あっけなく亡くなっていく患者さんたちを前に感じる無力感、SNSやメディアで心無い批判をされた際の悔しさ・虚しさ、管理職ならではの孤独感…zoomを通して思いを語りながら何度も涙をこぼし「すみません、すみません」と謝っていらっしゃった姿を今でも何度も思い出します。きっとこれからもずっと忘れられないだろうと思った涙でした。
患者さんの一番近くで働く、病棟における最も重要なエッセンシャルワーカーである看護師の皆さんに焦点を当てたいと思い、次に国立精神・神経医療研究センター病院(NCNP病院)のコロナ病棟にその旨取材依頼を送りました。後で伺ったところ、その企画意図が取材を受けてくださった理由のひとつでもあったようです。
指定していただいた日に病棟に伺うと、次から次に現れる職員の皆さん。通常、取材は対象の方と1対1か2対1くらいで行うことが多いのですが、この日、精神科医の先生方、看護師さん達、支援職の皆さん、(特定専門看護分野を深めた資格を持つ)専門看護師さん、そして病棟リーダーである消化器科医の先生…となんと10人以上もの方々が集まってくださったのです。
「気軽に何でも聞いてください」
そうおっしゃっていただいて、ここぞとばかりにたくさん質問をさせていただき、その都度(リーダーの)A先生が担当者の方に回答を促してくださいました。病棟の実情や率直な意見、コロナ禍で行う精神医療の課題、そして時には立場によってそれぞれ全く異なる思いなどを伺っていくうちに、コロナ病棟は、本当にさまざまな職種の方達がその時その場でしっかりと連携してチームとして活動しているのだということが立体的に見えてきて、未曽有のコロナ禍でどれほどすごいことをしているのだろうと深く感動したのを覚えています。一方で、そのチームワークが良いかどうかで、個人にかかるストレスの度合いは大きく異なるだろうとも思いました。
その後病棟を案内していただいて、可愛いシールが貼ってあったり、職員の方同士が笑顔で雑談をしている様子などを見て、なんだかこちらの気持ちもほっと緩んだ気がしました。「シビアな状況もあるけど、少しでも明るい空気の病棟をと意識して作っているんです」というA先生のお言葉を聞いて、その取り組みがそのまま職員の皆さんの心のケアに繋がっているように感じました。
たくさんの情報を得てお話を伺って、少し興奮状態のまま座った夜の病院前のベンチで、取材前に書くつもりだった話の内容を「1から全部考え直そう」と脳内をグルグル回転させていたら、暗い中をA先生がこちらに歩いて来られるのが見えました。
恐縮するやら、感動するやらでありがたく頂き、帰ってから執筆を開始しました。
そこから何度も何度もNCNP病院の皆様に質問を送り、そのたびに本当に丁寧にお返事いただき、こちらが知らないこともひとつひとつわかりやすくご説明していただきました。メールの返信の時刻を見るだけでコロナ病棟が昼夜問わずフル稼働をしていることが伝わってきましたが、それでもいつもメールの最後に「何かあったらいつでも連絡ください」とあり、本当に頭が下がる思いでした。そのご協力なくして9巻は出来なかったと思います。
また、そのお返事の内容を通して、大変な現場で働きながらも常に患者さんファーストであり続けようとする職員皆さんの強い思いも見えてきました。
たとえば、(患者さんの身を守るために行う)「身体拘束」について質問した際、興味深かったのはNCNP病院のコロナ病棟の勉強会で職員の皆さん自身が被験者になって実際に拘束を試すということ。どの程度で「すり抜け」などが起きるのか、どうすれば日常動作を制限し過ぎずに済むかを確かめたりするのだそうです。また、看護師長Sさんの「拘束帯を付けた後に用事が済んだかのごとく病室から皆が出て行ってしまうようなことは避けるべきだと思います。どのような患者さんでもベッドに拘束され一人にされたら不安になります」というお言葉も印象的でした。その後看護師さんは病室に残り、患者さんの様子を観察しながら会話を続けるとのことでした。
「新型コロナウィルスと心」編は、常に緊張感を伴う簡単ではないテーマでしたが、その中でこうした素晴らしい医療従事者の方々との出会いに恵まれたのは本当に幸せなことでした。
『Shrink』は本当の意味でゼロから物語を作ることができる作品ではありません。「いつも医療従事者の皆さんのお力を借りて書かせていただている」、そのことを、今回いつもに増して実感しました。それだけでなく、コロナ禍で苦しむ人を支えようと働く方たちの姿を間近で見せていただけたことで、一人の職業人としての自分もさらに書き続けるための勇気をもらえたように思っています。
保健所でのコロナ対応という超激務にあたりながら「コロナをテーマとして取り上げてほしい」とご連絡をくださった保健師さん。
自宅で出来るメンタルケア・気分転換の方法を、親身になって一緒に考えてくださった精神科医の先生。
涙を拭いた後「僕らも頑張ってるけど、もっと色んな業種の人も頑張っている。その人達のことも見てほしい。日本全体が、少しずつでも相手のことを思い合っていけたら」と語っていた看護師さん。
再度NCNP病院に伺った際、笑顔で案内してくださった職員さんや、お忙しい中「『Shrink』読みましたよ!」と声をかけに来てくださった看護師長Sさん。
ご自身が一番大変でしょうに、「僕達の仕事は看護師なしには回らないんです。医師の補佐役と思われがちな彼らを題材にしてくれてありがとうございます!」と心から嬉しそうにおっしゃっていたコロナ病棟リーダーのA先生。
こんな方達ばかりではない、こんな場所ばかりではないかもしれません。
それでも、先が見えないコロナ禍で、絶望しかけそうになるその暗闇の中で、希望と呼べるものがあるとしたら、こういった方達の存在ではないだろうかと思うんです。
新型コロナウィルスに限らず、いつかまた、人々が「ひとりぼっち」になってしまいそうな何かが起きた時、きっと今回の取材で出会った方たちの顔が頭に浮かぶだろうと思います。そして「きっと大丈夫」と呟いて、前を向けるのではないかと。
新型コロナウィルスと心編、全6話。あっという間の半年、とても充実した6カ月でした。
読んでくださった方、そして、関わってくださったすべての方に心から感謝いたします。ありがとうございました。
七海
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