日の丸の子 愛国者学園物語 第204話
日の丸を持った変な子供がいる
。その知らせは、社員たちに信じられない速さで伝わった。名古屋にある某精密機械製造会社の正門前に、である。
そして、その子があの愛国者学園の子供で、この会社にいるフランス名誉領事に対して抗議をしているらしいという話も、あっという間に広まった。その子は小学校3、4年生ぐらいの女の子で、毎日午前9時ごろに、黒いワゴン車で会社の前に来ては日の丸を掲げ、昼過ぎに同じ車で帰ってゆくのだ。付き添いなのか、いつも数人の人相の悪い男たちと一緒に行動している。彼らの着ている服は、最近の日本で増えている愛国行動隊のものらしい。
それを聞きつけて、
名古屋栄テレビの小林洋一アナウンサー
がやって来た。彼は歯に衣着せないことで有名な男であり、ためらうことなくその子供に挨拶した。だが、強矢は返事をしなかった。
小林は続けて、君は愛国者学園小学校の強矢悠里さんだね?
と聞いた。君がここにいることを教えてくれた人たちが、愛国者学園のホームページに君の写真と名前が公表されていたので、君が脛屋さんだと知ったんだ。小林はそれで強矢の口が開くのではと思ったが、相手は堅かった。
なぜ登校せず、ここで日の丸を掲げているの。ホームページによると、君はあのファニー・ジョフロワさんが出版した日本を批判する本に対する抗議をするために、ここで日の丸を掲げているとのことだ。この会社には、在名古屋フランス名誉総領事館のオフィスがあるから、その前に立つことでフランスに抗議をしているんだね?
強矢は口を閉じたままだった。小林アナの背後に、強矢を守る男たちが近づいてきて、取材クルーとにらみ合いになった。
すると強矢は小林をきつい目で見て、こう言った。
「私は愛国者学園小学校の愛国者だ」
それは異様な雰囲気の低い声だった。
小林はそういう態度が嫌だった。
「そんなふうに人をにらまないほうがいいんじゃないんですか? 私は君に敬語で話しかけているんだから、君も敬語で答えたらどうですか?」
だが強矢の態度は変わらなかった。そして、怒りのこもった声で言った。
「私は愛国者学園小学校3年生の強矢悠里という愛国者だ。今、私は偉大な祖国日本を侮辱したフランス人とフランスに対して、愛国者として抗議をしている」
小林は強矢への怒りを抑えて、さらに質問した。
「学校はどうしたの? 行かなきゃダメでしょ! ご両親は君がここにいることを知っているの?」
小林はそう問いかけても、強矢は黙ったままだった。彼がさらに質問しようとした時、強矢が動いた。
「うるさい! 愛国者を馬鹿にするな!」
そう叫んで、小林を蹴ろうとした。
さすがの小林もそれには怒り、
「何するの、止めなさい。乱暴はダメだ!」
小林たちはここで取材を打ち切り、テレビ局に帰った。そして、さらに調査を重ねて特集を放送したが、それは強矢と愛国者学園を強めに批判する内容だった。
小学生の子供が、学校をさぼって、日の丸を掲げている。
それはおかしいと思うと小林は言い、学園に問い合わせの電話をかけると、学園の広報担当者は小林たちの質問にきちんと答えた。それによると、学園は強矢の行動を認め支援していることは、学園のホームページで公表した通りだ。彼女が出席していないクラスの勉強は、教師たちが時間を設けてきちんと教えている。それに学園としては、彼女のような愛国者を誇りに思うというコメントを忘れなかった。それだけではない。この強矢悠里の行動を、政権与党の大物である吉沢友康議員が褒めているのだった。小林たちは吉沢からもコメントを聞き、それも放送した。
強矢の怒りのほこ先にいるフランス名誉領事は、小林たちの取材に心中を吐き出した。
「あきれました。あんな子供が愛国者を自称して、学校をほったらかして日の丸を掲げている。学校公認でね。そして、それを政権与党の大物が称賛している。そんな馬鹿な話がありますか。あの子はフランスに行ったこともなければ、フランス語も話せないでしょう。それにフランス人の友人もいないはずだ。それなのに、ニュースを見たんだか、誰かに吹き込まれたんだか知らないが、フランスに一方的な憎しみを持って、抗議活動とやらをしている。あれは自分で考えたんじゃないんでしょう。誰かの考えの受け売りだ。
そういう態度というか、生き方は危険ですよ。誰かに洗脳されて、いつか、とんでもないことをしでかすかもしれない。
あの子はファニー・ジョフロワさんの本をきちんと読んだのだろうか、あの子は小学3年生だというけど、あの本の内容をきちんと理解出来たんだろうか。彼女はもう2週間以上もああいう抗議活動をして、日本人至上主義者たちからの賞賛を受けているそうです。みんなのアイドルになっているんです。そんな政治的活動の意味を、この子は理解しているとは、私には思えません」
「スウェーデンの環境保護活動家のモノマネでしょうね」
と冷たく言ったのは、あの田端彩子だった。
彼女はコメンテーターとして人気があるので、いつもどこかの番組に出ていたが、このニュース番組にも出演していたのだった。田端は、強矢がわざとマスコミに注目されるようにああいう活動をしているのだろう。この子は誰かに命令されて、こういうことをしているのでは、と思わざるを得ない。現に、愛国者学園とつながりが深い愛国行動隊の服を着た男たちが、彼女の抗議行動に付き添っている。強矢とどのような関係なのか気になる。そう田端は答えた。
「あらやだ、この子ったら……」
孫たちをあやしながら、この番組を見ていた三橋桃子は、あのルイーズ事件を思い出した。ルイーズは愛国者学園の子供たちに追いかけられた。そして、その争いを止めようと介入した桃子を、子供とは思えぬきつい眼差しにらんでいた女の子がいた。
あの子が、この強矢だったとは!
桃子は強矢の行く末を思い、不吉なものを感じた。
孫の一人が泣きそうな顔をしていることに気がついたので、桃子は精一杯の愛情を込めて、その孫をあやした。美鈴が産んだ双子の女の子たちは、美鈴だけではない、桃子にとっても宝だった。
(この子たちも、もしかしたら、強矢みたいに憎しみにあふれた人間になるのだろうか? いいえ、そんな人間には育てない、絶対に!)
桃子の気持ちは堅かった。
続く
これは小説です。
「待ちなさいよ」と叫んだ子供=強矢は、43話に出てきます。
お断り 名古屋にはフランス大使館の在名古屋フランス名誉総領事館と名誉領事が実在していますが、この小説とは関係ありません。
大川光夫です。スキを押してくださった方々、フォロワーになってくれたみなさん、感謝します。もちろん、読んでくださる皆さんにも。