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「淡い恋物語」(連載・その1)


街灯

 夜、小さな灯りのともる居酒屋を出て、すぐに曲がり、街灯の下で、彼女の手を取り引き寄せ、キスをしようとした。
 彼女は、恥ずかしがりうつ向いてしまった。わたしは、強引にキスすることはできたが、ただ抱き寄せるだけでキスは敢えてしなかった。
「もう、若くはない、二人とも良い年をした大人だから」といい、
彼女と手を取り十字路まで歩いた。
 彼女は、頬を真っ赤にしていた。
 そこで、彼女と別れた。彼女がどこに住んでいるかはわからなかった。わたしとは、どうやら反対方向らしかった。
 
 わたしは、長年同棲していた女性と別れたばかりであった。別れた原因はどうやらわたしにあったらしい。わたしが、なかなか彼女と結婚をしなかったからだ。
 当時、わたしは、その彼女との幸せを考えていた。結婚はいつでもできる。しかし、果たして彼女を幸せにしてあげることができるだろうか、という疑問をいつも感じていた。同棲して4年目に別れた。

新生活

 彼女のことを忘れるがために引っ越したのだ。そこで新たな生活を始めたばかりであった。
 仕事が終わり、帰宅途中に、小さな居酒屋を見つけた。ママさんと呼ばれる中年を過ぎた独身女性がやっているお店で、本当に小さいお店であった。カウンターに5人座ればいっぱいだ。奥に四畳半ほどのお座敷があったが、そこは来るお客が荷物を置く場所になっている。

 居心地の良いお店であった。
 そこで、最初に書いた、街灯の下でキスをしようとした女性と出会ったのだ。
 

慶應義塾大学

 偶然なことに同じ大学であった。彼女は、女性なのに建築学科にいた。わたしは、文学部であった。
 彼女の名前は、由佳という。みんなが、「ゆかちゃん」と呼んでいた。彼女は大学を卒業後、大手の外資系企業に入社し、オフィスを与えられ、「好きなことをやってくださいね」と上司に言われたらしい。
 そういわれても、具体的に何をしてよいのか分からず、1年しないうちに退社し、そこの居酒屋の近くにあるスーパーで働いているという。
 
 わたしは、よく、仕事の帰りにそこのスーパーを利用していたので驚いた。
「こんな女性がいたのかあ」
と。
 ゆかちゃんは、背はさほど高くはない。色白で、髪をいつも後ろで束ねていた。彼女の顔の輪郭がきれいな卵型であった。目はひとなつこい。居酒屋に来るときは、スーパーの帰りが多い。特に青果部で働いているからという理由で、白い長靴の時が多かった。
 青果部で働いているので、あだ名をつけるのがうまいわたしは、やおやさん、と呼んだ。彼女は気に入ったらしくそれ以来、やおやさんと彼女を呼ぶように他の客もなった。
 
 幾度か彼女と顔を合わせているうちに、彼女に真剣に恋をしている自分自身に気が付いた。
 あのとき、少し強引だろうけれどキスしておけば、お付き合いは進んでいただろうと、その時のことが後から悔やまれた。
 しかし、同じ大学であることや、よく行くスーパーで働いていることなど、縁があるんだと強く自分に念じた。
 
 恋というものは叶うまでは、恋をしている者の妄想のようなところがある。どこまでもどこまでも、自分と相手とのイメージを膨らまし満足するといった。
 わたしは、同棲していた時、結婚に踏み切れず、別れてしまったので、今度はそのようなことがないように冒険してみようと自分に言い聞かせた。

恋心

                  「つづく」

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