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ブラサカガイド特集|見えない選手をゴールに導く グェンビック ゴクさん

選手が欲しい情報を伝えるためのこだわりとは?

今回は、ブラインドサッカーならではのポジションであるガイドを特集! 敵陣ゴールの裏に立つガイドは、主に味方が攻めている場面で、ゴールの位置・距離・角度のほか、シュートのタイミング、相手も守備位置など戦術的な指示も出します。選手とのコミュニケーションによって多彩な攻撃をアシストするガイドには、見えない選手にコート内の情報を瞬時に伝える、高いコミュニケーション能力が求められます。

今回インタビューしたのは、グェンビック ゴク(晴眼/兵庫サムライスターズ所属)さん。ベトナム出身の彼女は、母国語ではない日本語を使ってガイドをしています。そんなゴクさんは、どんなことを意識してガイドをしているのでしょうか?

また、ゴクさんが日本に来て感じたことや、ブラインドサッカーが彼女にもたらしたものについて話を聞くと、ブラインドサッカーの新たな可能性が見えてきました!

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日本に来て思い出した、子どもの頃の思い

ーーゴクさんの生い立ちを教えてください。

ベトナムのニャンチャンというところで生まれ、高校を卒業するまで過ごしました。その後、ホーチミンの大学に入学して貿易や経営の勉強をしていました。

ーー日本語の勉強はいつから始めたんですか?

日本の漫画やドラマが好きだったので、大学時代に趣味として、日本語を勉強していました。いろいろ勉強していくうちに、日本の文化や生活、考え方が素敵だなと思いました。

ーー大学卒業後はベトナムで就職したんですか?

もともと経営の勉強をしていたので、起業をしたいと思っていました。その準備として、一度ベトナムで就職しました。1年半ほど働いたのですが、そこはいわゆる大企業で、自分の業務範囲の狭さに違和感を抱きました。就職当初に自分が思い描いていた、充実感や成長を感じられなかったんです。

そんなふうに悩んでいて、なにか新しい世界をみてみたいと思いました。そのとき最初に浮かんだのが日本でした。せっかく日本語を勉強したし、日本の価値観が自分に合うのではないかと感じていたからです。起業に向けたヒントを得たいという思いで2014年に大阪に来ました。

ーー初めて日本に来たときの印象はどうでしたか?

ベトナムから日本に到着した日、飛行機を降りて大きなキャリーケースを持って移動したのですが、何にも困ることなくとてもスムーズに目的地の宿に着いたことを覚えています。エレベーターがどこにでもあって、道もきれいだと思いました。

そしてとても驚いたのは、点字ブロックと音が鳴る信号機です。どちらもベトナムでは見たことがなかったので、日本のインフラに感動しました。

ーーそこからどうやってブラインドサッカーと出会ったのでしょうか?

日本に来て通った日本語学校で、いま私が働いているNPO法人の社長と出会いました。あるときその社長に「ゴクさんの夢は何ですか?」と聞かれました。

そのとき、私は子どもの頃のことを思い出しました。

私の母は障がいのある子どもの教育に関わる仕事をしていました。だから私も子どもの頃は、母の生徒たちと一緒によく遊んでいました。そのときに感じたことは、障がいのある子どもたちは将来の夢を持っていないということです。私は子どもの頃、大きな夢をたくさん持っていました。大統領になりたいとか、ドラえもんになりたいとか(笑)。でも、母の生徒たちには夢がありませんでした。

ベトナムでは、障がい者が社会に受け入れられていません。障がい者は、一人で行動ができない・働くことができないとされていて、あまり外にも出ません。障がいのある子どもが生まれたら、その家族はとても不幸だというような考えが根強く残っている国でした。

そんななかで、子どもの頃の私は「障がいのある人たちの役に立ちたい」という思いを持っていましたが、大人になるにつれてその思いを忘れてしまっていました。

しかし、日本に来て目にした点字ブロックや音の鳴る信号。そして障がい者も外に出て仕事をしている光景。それは自分が見たことない世界でした。

日本の良いところを学べば、ベトナムでも障がいのある人が自立できる社会をつくれるのではないか。そんな思いを社長に語ったら「ブラインドサッカーっていうスポーツがあるんだよ」と教えてくれました。

ーー社長はブラインドサッカーのことを知ってくださっていたんですね!

東京2020が決まって盛り上がっていた時期だったので、パラスポーツに対する注目度が高まっていたのかもしれません。社長にブラインドサッカーのことを教えてもらった後、YouTubeで試合を観て感動しました。プレーがとても激しくて。「目が見えなくてもこんなことができるんだ!」って。

ベトナムでもサッカーは盛んなので、ブラインドサッカーが持つ力に大きな可能性を感じました。

ブラインドサッカーが日本語を話すしかない状況をつくり出した

ーー兵庫サムライスターズに入団した経緯を教えてください。

JBFAの事務局長の松崎さんが大阪に来たときに、一度お会いしました。そこで、私が日本で学びたいことや、将来ベトナムでやりたいことを、松崎さんに伝えたところ、兵庫サムライスターズを紹介してもらいました。

それから兵庫サムライスターズの練習に見学に行きました。

そこで驚いたのは、選手たちのボール使いの上手さです。私もアイマスクをつけて少し体験させてもらったのですが、本当に難しくて心が折れた記憶があります(笑)。選手たちはみんなすごいなと思いました。

どれだけ失敗しても諦めないで成功するまで続ける選手、そして選手を大切に思っているサポートスタッフの人たちの熱心な姿が素敵でした。

その日に「もしよかったらチームに入ってください」と誘ってもらって、もっとブラインドサッカーのことを深く知りたかったし、チームに入ることでいろいろな人の役に立てるかなと思ったので、入団を決めました。

ーーそれからすぐにガイドになったのですか?

私の声が大きくて通りやすいので、ガイドをするようになりました。試合にも出してもらって、ゴールが決まると徐々に自信がついてきて。ガイドをするのが楽しいなと思うようになりました。

ーー第一言語ではない日本語でガイドをするのは難しくなかったですか?

とても難しかったです。もともと人前で喋るのが苦手なのに加えて、日本語が上手ではなかったので。日本語学校に1年間通って、日本語能力試験では一番難しいN1レベルに合格していたのですが、勉強したことを会話に生かすことができていなくて・・・・・・。

それでも、ブラインドサッカーではガイドの私以外のみんなが見えないから、私が喋らざるを得なかったんです。自分の声にチームメイトの安全がかかっている。そんななかで、失敗を恐れずに日本語で話すようになりました。

ーー全員が目隠しをしているという特殊な状況が、ゴクさんの日本語力を高めたんですね(笑)

ガイドを始めたての頃は、タッチライン際のボールに対して「回り込んで」と言うべきところを、「巻き込んで」とか的外れなことをたくさん言っていたと思います。それでもチームメイトは私が言いたいことを理解してくれていました。

あと、大きな声を出すことで自分の気持ちが楽になることに気づきました。ストレス発散ですかね。

コート外でもチーム行動をするときには、目が見えないチームメイトの手引きをしたことも、周囲の環境を会話で伝えることの練習になりました。たとえば「そこで祭りがやっているよ」とか「青い花が咲いているよ」とか言うことで、目が見えない人の役に立てることもうれしかったです。

そんなふうにガイドを続けていくうちに、日本語での発信力にも自信がついていきました。

ーーブラインドサッカーのガイドでは、瞬発的な声かけが重要だと思います。いまゴクさんは日本語が自然に出ていくのですか?

いまでは、脳内でベトナム語を日本語に変換するのではなくて、最初に日本語が出てくるようになりました。そうなったのは、日本に来て2年くらい経ったころからだと思います。ブラサカと仕事で日本語ばかりの日常に慣れて、気づけば寝ているときにみる夢が日本語になりました。

勝利に貢献するためのガイドを追い求めて

ーーガイドをするうえで意識をしていることはありますか?

相手が求めている情報をきちんと伝えることです。

そのためには、練習中にたくさんコミュニケーションを取ったり、選手を観察したりすることが大切です。その選手はプレー中にどんな情報が欲しいのか、その選手にはどんな特徴があるのかを把握します。

たとえば、私たちのチームのエース・行廣選手には、試合中はそこまで細かい指示は出さなくてもいいんです。自分で周囲の声を聞いて、ピッチ内の状況までも把握できる人なので。

一方で、ブラサカ歴が浅い選手には、ポジショニングやコート内の様子を細かく声かけをします。ただ、細かく言い過ぎても、逆に混乱してしまってプレーを鈍らせてしまうかもしれません。そのあたりを練習でいろいろ試して、どれくらい指示を聞くことができたか、感覚的にはどう感じたかなどを、選手一人ひとりと話し合います。

選手たちと話すと、毎回新鮮に感じるがあります。だから、わからないことがあれば、ちゃんと聞くようにしています。たくさん一緒に練習して、選手たちがプレーしやすいガイドを目指しています。

あとは、シュートの声かけのタイミングも選手によって変えています。どんなタイミングで「シュート」と言うのがベストなのか。

行廣選手は、私の「シュート」という声を聞いてから、実際にシュートを打つまでとてもスムーズで早いんです。

他の選手は「シュート」の声かけから、実際にシュートを打つまで数テンポ遅くなったりするので、少し早めに「シュート」と言うように工夫をすることもあります。

それらに加えて、次の試合では相手チームのどんなプレーに気をつけたいというような、戦術的なことも頭に入れて試合に臨んでいます。

ーー練習のときから選手を観察して、試合中はシュートのタイミングもゴクさんの声かけで調整しているということですか・・・・・・すごいですね!

「もっとガイドにできることないのかな」といつも悩んでいます。強いチームと対戦すると、シュートのタイミングすらほとんどないので、少ないチャンスを逃さずゴールにするためにはどうすればいいのか・・・・・・。

ガイドの私が試合中に焦ってしまって、そのせいでプレーがうまくいかない場面もあるので、もっと練習しないといけないなと思います。

ーー日常生活で使う日本語と、ブラインドサッカーのガイドで使う日本語には違いはありますか?

ブラインドサッカーのガイドで使う日本語は、ほとんど単語です。短い言葉で、相手が理解しやすいよう簡潔に伝えることが大切です。

ーーガイドをやっていてうれしいときはどんな場面ですか?

やっぱり一番うれしいのは、チームがゴールを決めたときです。特にうれしかったゴールは、2019年のアクサ ブレイブカップの3位決定戦の2点目です。

キーパースローが流れてしまって、ボールがエンドラインを超えてしまいそうでした。普通の選手なら間に合わないので、ボールを追うのを諦めさせてディフェンスに備えさせる場面だったのですが。行廣選手のスピードなら絶対に間に合うと思ったので、ボールを追わせました。

その結果、行廣選手がギリギリのところでスライディングでボールを残して、そのままシュートを打つことができました。

行廣選手(背番号11)のゴールは上記動画の 1:32:40 ごろ〜

ーーたしかにあのゴールは凄かったですね! ゴールシーン以外でガイドのやりがいを感じる場面を挙げるとすればどんなところですか?

最近の試合で、選手同士がゴール前の混戦でぶつかりそうになっていたんです。そこを、私の声かけで選手の衝突を防ぐことができました。「ゴール、ゴール」「シュート」だけ言っていたら、衝突は防げなかったと思います。

ボールと関係ないところでの怪我を減らすことができるのは、ピッチ上ではガイドとゴールキーパーだけです。咄嗟に的確な声かけができて、選手たちを守ることができたので、とてもうれしかったです。

ブラサカチームが私の居場所

ーー兵庫サムライスターズのチームメイトとは、どんな関係性を築いていますか?

コロナ前は、練習後にみんなでご飯に行っていました。バレンタインや年末年始などのイベントのときも一緒にいるような関係で。日本に友達が多くない私にとって、兵庫サムライスターズは大切な居場所です。

ーー兵庫サムライスターズの竹内選手が女子日本代表の新キャプテンとなりました。

竹内選手は、いつもすごく頑張っているのでとてもうれしいです。自分よりも大きな選手と衝突して、絶対に痛いだろうなと思うんですけど・・・・・・怪我も恐れずにどんどん前に走っていく。大丈夫かなといつも心配してしまいますが、彼女が頑張っている姿を見ると私も頑張れます。

ーー最後に、ゴクさんの今後の目標について教えてください。

日本に来たばかりのときは「障がいのある人が働ける会社を作りたい」「ベトナムでもブラインドサッカーの普及をしたい」と、漠然と思っていました。

いまでは、仕事でキャリアも積みながら、自分ができること・自分に向いていることが少しずつわかってきました。障がいがある人のものづくりをサポートできるようなサービスや商品を開発することに挑戦したり。まだ試行錯誤中ですが、常に新しい挑戦をしたいと思っています。

あとは、コロナの影響もあって3年ほど帰れていないですが、ベトナムでブラインドサッカーの体験会を開きたいと思っています。そのためにも、兵庫サムライスターズでの活動も頑張っていきたいです!

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編集後記

最後までお読みいただき、ありがとうございます。ブラサカマガジン担当の貴戸です。全員がアイマスクをするというブラインドサッカーの特徴が、ゴクさんに喋らざるを得ない状況をつくり出したように、”見えないこと”によって生まれるものをポジティブに生かせること。そこでの新しい発見を楽しめること。それもブラインドサッカーの可能性の一つです。

そんな体験ができるのが、個人向けブラインドサッカー体験プログラム「OFF T!ME」です。たとえば、普段は上司・部下の関係の二人でも、アイマスクをつけてワークショップを行うと、言葉遣いやリードする・フォローするの関係性がいつもと変わることもあります。アイマスクをつけると変化するコミュニケーション。そんな新たな発見を楽しんでいただけるプログラムになっています。コロナ禍で約2年間中止していた対面版も、今年4月から再開しています。皆さんもぜひご参加ください!

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