履歴書を白く塗る

「そうやってさー、何にもないやつほど履歴書を飾りたがるんだよね。」

鋭い刃で心臓を抉られたような衝撃が走った。時間の流れが急に遅くなったかのような中で、私は熱くなる血液と鼓動を感じていた。反対に汗ばんだ手先は冷えていき机の下でひどく震えている。私は彼の目を見ながら言葉を探したが、途端に息も吸えなくなってしまったような気がした。 
 結局私は曖昧に笑ってみせた。真面目な顔で誤魔化してしまうほか、私にはどうすることもできなかった。外へ出る頃にはもう日が傾いていて、オレンジ色の光がいたく目に染みる。夏が終わりゆく風の匂いがした。日が暮れるまで校舎の影が伸びていく様をただ見つめていた。

 私は推薦入試を狙って、大学に行きたいと言った。別に無理を言っているわけではなくて、そのために勉強、部活、研究活動、資格取得、3年間であらゆる努力を尽くした。諦めたものも少なからずあった。私にあの言葉を放ったのは研究プロジェクトの担当だった教師。とある日の放課後に話があると言って呼び出されたのだった。
「お前が色んなことに手を出すから、その裏で活躍できない人がいる」
要はそんな話をされた。私は意表をつかれた。私が頑張ることが誰かに迷惑をかけているなんて思っても見なかった。確かに私が1位になる、賞を取ることは誰かが2位になって賞を取れないことだった。とどめを刺すように放たれたあの言葉に、高校三年生だった私はひどく打ちのめされた。

  私はずっと自分に自信が持てなかった。いつも心にぽっかりと穴が空いたように虚しい気持ちを抱えていてそれを埋めようと躍起になっていた。そんな自分を教師に見透かされたような気がして、私は深い虚脱感に襲われた。
私には何もない。そんなこと誰よりもわかっていた。成績だとか賞だとかわかりやすい数値に縋るのは自分自身に力を証明したいからだった。私は絶望した。それら全てが本物になることなどなくて、紙上の名前として私と乖離していくのだろうか。そうして私の努力なんかとは別に、品のないジュエリーのように輝きながらもどこか醜さを感じられなくてはならないのか。

 あの時を忘れられないまま私は大人になった。無価値観と無力感に溺れて履歴書を飾り付けていた過去も、そうするしかなかった自分も、本当に自分にできることもなんとなくわかってきた。あの教師の言葉は私が覚えているよりずっと、何気ないもので本当は悪意すら含んでいなかったのではないかと思う。まだ若く盲目で勝手に一人になっていく私に、周囲や広い世界を見て欲しかったのかもしれない。

 またこれも忘れていくための記事で、インターネットに流してしまうのはどうかと思うところもあったのだけど公開してしまう。流れ流れて私を知る君に辿り着くことがあっても黙っていてほしい。本当にこのことを言葉にするのは時間がかかった!もっと考えたいことも伝えたいこともあったのだけど、ひとまず筆を置いてまた書きたせればいいなと思う。読んでくれてありがとうございます。

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