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なぜノーランはストリーミングに優しくないのか(ザック・スナイダーとのIMAXの使い方の違い)

クリストファー・ノーラン監督はあんなにIMAX上映にこだわるのに、ブルーレイやデジタル配信では上下が切れても気にしない理由を考察してみます。

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左が配信版、右がIMAXシアター版です。

本noteは、先日のアメイジングスパイダーマンの記事で画面比率に言及したのですが、そこには書ききれない内容があったのでテーマを絞って追記したエクステンデッドカットです。笑

▼いま見るとスパイダーマンの画面は狭い:

よく指摘されることですが、MCU版のスパイダーマンでスイングシーンが少なめなのに対して、アメイジング版では1&2共にニューヨークの高層ビル街をド派手に飛び回ります。そのアクションは本当に爽快でした。

近年ではIMAXブームやスマホが普及したこともあり、画面比率にビスタ(1.85:1)を採用するケースが増えています。一方でアメイジング〜は2012年の作品なので当時に圧倒的多数派だった横長のスコープ(2.35:1)が使われています。最近のビスタのスパイダーマン映画(MCU版)を見慣れた現在では、スコープのアメスパは如何せん画面のタテの動きが小さく感じてしまい、せっかくのスパイダーマンのアクションが勿体無いと感じました。

そして現在はビスタよりも縦長の画面比率でIMAXを採用するブロックバスター作品が増えてきました。こちらの画像を見ても分かるとおりビスタよりさらに縦に長く、通常のスコープと比べるとIMAXはほとんど正方形に近いくらいに感じます。

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一番上がIMAX、中段がビスタ、一番下がスコープです。

実は細かい話をするとIMAXにも2種類あって日本ではほとんどの映画館が狭い方のIMAX(1.9:1)なのですが、これは画面比率がビスタとほぼ変わりません。この記事では縦に長い方(1.43:1)のことをIMAXと呼びます。

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世間では区別するために1.43:1のことを「フルサイズIMAX」と呼ぶこともあります。なお日本でフルサイズIMAXの劇場があるのは大阪エキスポシティと池袋グランドシネマサンシャインの2箇所だけですのでご注意ください。

また特に海外に多いのですが、詳しい方の中には、狭い方を侮蔑する表現で「LIE-MAX(嘘のIMAX)」と呼ぶむきもあります。これは約10年前のアバター旋風を受けてIMAXにビジネス的な付加価値があると認められ始めた頃から急ごしらえで、普通にビスタで撮影した映画をIMAXプロジェクターで上映するだけの映画館(それでも椅子や音響や画面の明るさなど改善点はあるのですが)が多く作られて、しかしながらスクリーンもビスタのままだし、そもそもIMAXカメラで撮影してないので映像のクオリティが本来のIMAXには遠く及ばないことから映画ファンが怒りを持ってつけた名称です。

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左上の1点だけが「本物のIMAX」の画角になります。

繰り返しになりますが、本稿では「本物のIMAX」について述べています。

▼IMAXの代表選手(ノーラン&スナイダー):

近年のIMAXブームについて語るときクリストファー・ノーラン監督は外せません。彼は映画のデジタル撮影がどんどん進行していた2000年代にフィルムと大スクリーンに拘ってきた監督です。彼は『ダークナイト』をはじめとして『ダークナイトライジング』『インターステラー』『ダンケルク』『テネット』とフィルムだからこそ可能な大迫力の映像と、優れたストーリーを兼ねた大ヒット作品を連発してIMAXを牽引してきました。

撮影にも上映にも莫大な金がかかるので下火になりつつあったIMAXを最初にボックスオフィスチャートのメインストリームに引き戻したのは2009年のジェームズ・キャメロン監督の『アバター』だったかもしれませんが、その後にもIMAXがハイエンド上映の一番手として現代の絶対的なポジションを獲得できたのは、ノーランの作品群がなかったら考えられないでしょう。

そして同じくビジュアルで語るフィルムメイカーとして評価が定着しているザック・スナイダー監督もまたIMAXを猛プッシュしている1人です。彼はノーランと意気投合して継続的に親交があり、最近はノーランの特注レンズを借りてIMAX撮影することもあるそうです。2021年に発表した『スナイダーカット』はIMAXよりさらに縦長の「4:3」(1.33:1)を全編で採用する奇抜な作品で配信やソフトでは画面の左右が黒帯になるのは有名だと思いますが、実は同じく2021年には『バットマンVSスーパーマン』をわざわざ「4:3」にアップグレードして再リリースしているくらい強いこだわりがあります。

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クリストファー・ノーラン監督はただのIMAXオタクみたいな印象が正直ありますが、スナイダー監督については「ヒーロー映画はスーパーマンが飛ぶシーン以外は縦に長い方が良い」と表現上の意向を明言しています。なるほどこの法則は、ニューヨークの摩天楼をまさに「縦横無尽」に飛び回る蜘蛛男にもよく当てはまる真理かもしれません。

“My intent was to have the movie, the entire film, play in a gigantic 4:3 aspect ratio on a giant IMAX screen. Superheroes tend to be, as figures, they tend to be less horizontal. Maybe Superman when he’s flying, but when he’s standing, he’s more of a vertical. Everything is composed and shot that way, and a lot of the restoration is sort of trying to put that back. Put these big squares back… it’s a completely different aesthetic. It’s just got a different quality and one that is unusual. No one’s doing that.”

「僕はこれ(ZSJL)をIMAXの巨大スクリーンに全編4:3で映写したいんだ。スーパーヒーローっていうのはあまり水平的じゃない。まあスーパーマンが飛ぶ時は別として、立っている時は垂直的だ。ほとんどのショットをそういう意図で撮影した。マスタリングもその縦に大きな四角を意識した。これは(従来の横長とは)全く異なる趣向だよ。全く異質なものになってるんだ。こんなこと他に誰もやってないだろ」

Den of Geek から引用

実は、画面比率4:3は100年以上昔に映画(当時は「活動写真」と呼んだ)が誕生した時から使われたフォーマットで、1950年台から徐々にワイドスクリーンに置き換わるまではずっと主流でした。また何よりもブラウン管だった頃の家庭用テレビ(つまり昭和の時代)ではずっと4:3が使われていたので、昭和生まれの世代にとっては懐かしい画面比率だったりします。またヒッチコックや黒澤明の初期作品などの映像ソフトでも視聴できるので、スナイダーカットは「ものすごくトラッドなファッションで最新の映像技術が楽しめる」という不思議な体験ができる作品になっています。

スナイダーカットの配信・ソフトは左右に黒帯が入ります。
黒澤明の『羅生門』でも配信・ソフトは左右に黒帯が入ります。

このトラッド指向はノーランのIMAX作品でも共通する特徴になります。ただしノーランの場合はフルサイズで視聴するためには日本に2つしかない映画館(吹田と池袋のみ)に行く必要があります。なぜなら、彼は巨大スクリーンで鑑賞してほしい想いが強すぎるのか、個人向けに販売しているソフトでは4:3で収録していないからです。

ノーラン作品は現状はブルーレイなどはビスタで、Netflixやアマプラなどのストリーミング配信に至ってはスコープのみリリースしています。つまり余程ノーランに近い友人またはスタジオ関係者でなければホームシアター等でフルサイズの視聴は不可能という現状があります。

ノーランはストリーミング配信には否定的な立場で、かつて劇場公開と配信を同時に開始すると表明したワーナー(HBO Max)と衝突したことは有名ですが、さすがにダンケルクとかインターステラーのような作品ではIMAXシーンはフルサイズで収録してくれれば良いのにと私は思います。特にストリーミングへの対応はかなり大人げないと思います。笑

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左が配信版、右がIMAXシアター版です。もう別物です。笑

幸いにもノーラン作品は大変人気があるためしばしばIMAXシアターで再上映が実施されます。こういう貴重な機会を逃さないように、普段から映画館の情報を目ざとく注意する必要があります。実際に2019年と2020年にはノーラン作品の再上映があったので私も本来の形式で鑑賞できました

▼なぜノーランは意地悪するのか:

ここでなぜスナイダーは左右にレターボックス(黒帯)を入れてまでIMAX比率を採用したのに、ノーランがソフト販売ではIMAX比率を採用しないのか、もう少し真面目に考えてみます。

それは両者がIMAXを使う理由に違いがあるからでしょう。

スナイダーは前述したように「表現上の趣向」から4:3を採用しています。普通の映画より縦長の四角にした方が(スーパーヒーローの)映像がばえるから4:3にしているのです。その証拠としてスナイダーの次作である『アーミー・オブ・ザ・デッド』ではビスタ比率になっています。(これはNetflixで配信するのがメインになることを考えての措置かもしれませんが)

4:3で完成するように作った映像なのだから、ブルーレイやストリーミングでも4:3でオーディエンスに届けることにスナイダー作品には大きな意味が生じることになります。

一方でノーランは違います。彼はもっと単純に「デカイ方が迫力がある」からIMAXを採用しているだけです。笑

この理論で行くと、ノーラン作品はブルーレイなどを自宅で視聴するときは、「自宅のテレビで観たときに画面いっぱいに拡がる」のが迫力を最大化できる手段になります。基本的に現在普及しているテレビやPCモニターはほぼ全てがビスタ比率ですから、彼はブルーレイにあえてビスタ比率を採用しているのだと考えられます。

全く同じ理由でスマホで視聴できるNetflixなどの配信ではスマホの画面が細長いことを受けてスコープ版を適用しているのでしょう。とにかくノーランはそれぞれの画面いっぱいに映像を広げたいのです。見えない部分が生じるよりも、画面で未使用の部分が生じる方を嫌ったと。(さすがにスマホのサイズになってくるとどこまで迫力が出せるのかという議論はありそうですが、まあビスタよりもレターボックスを消せる方がまだマシという判断をしたのでしょう)

▼意地悪ではなく優しさの現れだった:

さて。私はテネットをIMAXと通常の映画館で1回ずつ鑑賞したのですが、IMAXはIMAX比率だったのに、通常の映画館ではスコープになっていました。これは通常の映画館ではスクリーンの形がスコープなので、映画館のスクリーンいっぱいに拡がる(左右に黒帯ができない)ように、あえてスコープで仕上げて劇場に配布していたのだと考えられます。

また、スコープになっていたからといって物足りないということもなく、むしろ横に長くて格調高い画面にしっかり構図が決まっており、それが古き良きスパイ映画然としており、私はこの作品はスコープ版の方がむしろ好きだなと思えたくらいでした。ですからTENETは映画の映像としての格好良さはスコープの範囲内でしっかり完成していて、あくまでIMAXなどの整った施設で鑑賞したときに迫力をブーストする装置として上下に広がる画面を使っているように感じました。

つまり普段からIMAXシアターという視聴環境を大事にするノーランだからこそ、それぞれの視聴環境でも最大限の効果が出せるように手抜かりなく追求する。それはホームメディアだけでなく映画館の属性にも気を配る。これは意地悪ではなくて、実態はまったく逆で優しさとエンタメ職人としての矜持からくる細やかな配慮だったのですね。

同じようにIMAXでの視聴を勧めていても、4:3で画面が美しく完成するように作るスナイダーと、壁いっぱいに映像を広げたいノーランでは、意図が全く変わってきます。

アートとして完成した作品の美しさを優先するスナイダーと、体験型エンタメとして迫力の最大効果を追求するノーラン。とてもハイレベルな位置での優先順位の選択ではありますが、2人の作家性の違いが見られて興味深い特徴だと思います。

了。

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▼追記:

この記事を投稿して数分後にDeadlineから速報が上がって驚きました。これでワーナーからはスナイダーに続き、ノーランも去ったことになりますね。彼らの他にマッシブなファンダムがついてる監督ってワーナーにいましたっけ?ドゥニ・ヴィルヌーヴとか?

しかし原子力爆弾の開発者の伝記映画とは、どんな切り口になるのか興味深いところです。

気になる映画の内容とかネット配信の是非を巡ってのスタジオとの衝突の逸話と一緒に、出演俳優にまだキリアン・マーフィーの名前がないという情報も入ってるのはちょっと面白いですね。笑

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