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マッチ売りの少女とクリスマスキャロル

こんにちは!
事務局の桜井ひまりです。

今回は、どこよりも早く、クリスマスにちなんだお話です…。
まずは、こんなお話から……。

ケチで頑固な老人スクルージは街の嫌われ者。クリスマスイブのその日も朝から金勘定に勤しんでいます。銀行におカネを預けた帰り道。粉雪のちらつく中、すれ違う人たちの「メリークリスマス」の声に耳を貸すこともありません。あと少しで事務所に着こうかという交差点で、スクルージは声をかけられます。
 
「あのう、マッチはいかがですか?」
 
見れば、くたびれた赤い半コートをまとい、マッチが入った籠を手にした少女。かじかんだ掌をさすりながら、凍えそうに震える唇で、

「あのう、マッチを買っていただけませんか?」。
 
思いがけず、フードに包まれた可憐な顔立ちにハッとしたスクルージですが、ぶっきらぼうに「いらん!」と言い放つと、まとわりつく犬でも追い払うように右手を振りました。
 
「お願いです。一本でもいいのです。マッチを買って下さい」
 
しつこいとばかりに手を払った勢いで弾き飛ばされた少女はその場に転び、籠の中のマッチが飛び散りました。何かを訴えかけるような少女の視線を無視して、スクルージは「フンッ」と鼻を鳴らすと、足早にその場を立ち去りました。
 
事務所に戻ったスクルージは帳簿をつけはじめますが、暖炉の炎とブランデー入りの紅茶も手伝い、ついウトウトとしてしまいます。ガクンとした弾みで目を覚ますと、何と目の前には先程のマッチ売りの少女がいるではありませんか。みぞれに髪を濡らし、物悲しそうに微笑んで。驚いたスクルージは声を荒げます。
 
「しつこいな。マッチなどいらんと言っただろ!」
 
黙ったままの少女に追い打ちをかけるスクルージ。
 
「いいかげんにしろ!外につまみ出すぞ」
 
怒鳴るスクルージに、少女は籠からマッチを三本取り出すと、デスクの上にそっと置きました。そして、そのうちの一本を手にすると、スクルージに火を灯すよう促します。
 
「まったく、どういうつもりだ」
 
そう言いながら、無造作にマッチを擦るスクルージ。するとどうでしょう。マッチの炎がゆらゆらと揺らめき、まるで絵画のように何かを映し出すではありませんか。いぶかしそうに目をこすりながら、スクルージが見たものは…。
 
そこには、貧しく孤独ではあったけれど、まだ純真で近所の人からも親しまれていた少年時代のスクルージの姿がありました。
 
「こ、これは!」
 
スクルージが声をあげると、マッチの灯は消えてしまいました。呆然としているスクルージに、少女が二本目のマッチを差し出します。れを手に取り、怪訝そうに再びマッチを擦ってみると…。
 
そこには、富と引き換えに人々との絆を失ったスクルージの現在の様子が浮かび上がります。スクルージに来る日も来る日もつらく当たられている使用人や、唯一の身寄りである甥っ子。彼らの家では、思い思いにイブの夜を祈っています。

そこには、例えお金持ちではなくとも、心豊かな時間を過ごす人々の姿がありました。そしていずれの家でも、スクルージに感謝の乾杯をあげているのでした。予想もしていなかった光景にスクルージが目を見開くと、マッチの炎は消えてしまいました。
 
若干の動揺の中で少女を見やると、三本目のマッチを差し出されます。次は何が見られるのかという興味に突き動かされ、勢いよくマッチを擦るスクルージ。すぐに炎が灯り、スクルージはその中へ引きずり込まれるような感覚を覚えます。
 
次の瞬間、スクルージの周りには先程までとは明らかに異なる世界がありました。そこは薄ら寒くおどろおどろしい真っ暗闇の墓地。少女はスクルージに、悲惨な死を遂げることになるある男の未来を見せるのでした。

だれを愛することも、だれから愛されることもなかった男の死を悲しむ人はだれもいません。少女に背を押されたスクルージは男の墓に刻まれた自分自身の名前を見て愕然とし、その場に膝から崩れ落ちます。そして、恐怖と懺悔の涙を流すのです。
 
「あ~っ!許してくれ~っ」
 
ひとしきり泣きじゃくったスクルージがそう叫ぶと、不思議なことに、彼の事務所に戻っているのでした。マッチ売りの少女の姿はどこにもありません。気づけば窓の外はしらみはじめ、どうやらクリスマスの朝がきたようです。

よろよろと外へ出たスクルージは、深々と降り積もった雪の中に埋もれるように倒れている赤いフードコートの少女を見つけます。スクルージは慌てて駆け寄って雪を払うと、凍え冷えきって息絶えた少女を渾身の力で抱きあげ、暖かい部屋のなかへ運ぶのでした…。
 
このことがあってから、並外れた守銭奴で情け知らずだったスクルージは、人の心を取り戻します。マッチ売りの少女の力を借りて、自身の過去・現在・未来を見つめることで、その後の人生を変えることができたのです。


このストーリーは、私がこの事務所でお世話になるようになった5年前のクリスマス会のために用意した朗読劇のシナリオです。『クリスマスキャロル』と『マッチ売りの少女』をミックスアレンジしたもので、なんとボスのオリジナルです。あとでわかるのですが、ボスはモノを書くのが得意で、本もすでに10数冊も出版しているのです!

当時はまだ新型コロナなど思いもしなかった時期で、毎月2回の頻度で公民館でシニア向けの終活セミナーを運営していました。四季折々のイベントも開催しており、クリスマス会は会員のみなさんがいちばん楽しみにしていた企画でした。

私としてははじめてのイベントでしたが、きれいに着飾った淑女・紳士のみなさんが30名ほど貸し切りのバーに集い、歌ったり踊ったりゲームに興じたり、本当にポッカポカで温もりが満載の手作りのパーティーでした。事前に会場のデコレーションをしてからみなさんをお出迎えすると、みなさんがそれぞれお酒や総菜やプレゼントを持ち寄ってくださって、どのテーブルもご馳走でいっぱいになっていました。

あの日は、二次会のあと会員のみなさんをお見送りして、内輪だけで三次会を行いました。その席で、ボスは朗読劇の話の流れから、こんなことを話してくださいました…。


『クリスマスキャロル』は、19世紀ビクトリア朝を代表するイギリスの作家・ディケンズの傑作です。初版のあとがきには、こんなことが記されています。

『私たちは、過去・現在・未来という時間の延長線上を生きている。過去を振り返らない人間は自分が何者なのかわからないし、自己分析していないから、自分がいま何をすべきかがわからない。セルフアセスメント(自分自身を顧みるプロセス)を通じて、私たちは成長することができるのだ。

できていることよりもできていないことを謙虚に受けとめ、反省して改めることがとても大切だ。何ごとも遅すぎるということはない。過去に食べたもので私たちの躰ができ、過去に学び経験したことで私たちの精神ができている。要するに、過去が現在を作っているということだ。

だとしたら、私たちが今現在をどう生きるかできっと未来を変えることもできるはず。つまり、運命は僕らのこの手中にあるわけだ』


この話を聴いて、私は決定的にボスを尊敬するようになりました。ボスについていきたいと思いました。そして、顔も知らない父親が、ボスのような人であったらよかっただろうにと思ったものでした。

三次会のさいごに、ボスは言いました…。

過去を変えることはできないけれど、未来を変えることはできる。
他者を変えることはできないけれど、自分を変えることはできる。
性格を変えることはできないけれど、行動を変えることはできる。

さて、今の僕たちは、あの頃なりたかった自分だろうか?

年末年始は、そんなことを考える時間を作ってほしいな。
みんなの年末年始が、キラキラと輝いた時間になりますように。
メリークリスマ~ス!


それではまた。
ごきげんよう。

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