見出し画像

28年ぶりの同窓会は人生を変えるきっかけとなったのか。

昨日は高校を卒業して28年ぶりに同窓会があり、久しぶりすぎるメンバーに会うことができた。

きっかけは毎年誕生日おめでとうをSNSで伝える恒例行事。
毎年「今度みんなで集まりたいね〜」といういつも通りの会話だが、今回は「お互いに連絡できる人に連絡とってみて集まってみる?」という話に発展。
今はグループLINEという便利な機能があるおかげて、あっという間に人づてに22人が集まった。
同窓会にしちゃおうという話から当時3年間担任だった恩師にも声をかけた。

もちろん言い出した私が幹事という大役を担うことに。
昨日はそのグループLINEに入ったすべての人が参加できたわけじゃないが、久しぶり過ぎるメンツと酒を酌み交わす事ができた。

同窓会としては大成功だったと思う。

▽成長を実感する機会

久しぶり過ぎるメンバーが集まると話が尽きない。
1次会から2次会へはほとんどの人が参加した。
2次会は場所をカラオケに移したが、誰一人歌わず3時間があっという間に過ぎた。
気がつけば夜中の1時。

それぞれが大人になった姿を同級生や先生に見せつけていた。
そりゃー28年も経てばそれぞれが色々なことを経験している。
子どもだった生徒が大人になり親になり、当時の先生の姿を追い越していた。

先生はそんな生徒の成長した姿を見るのを嬉しそうにしていた。

先生は次の日、当時通っていた学校を見て回ったようだ

▽成長とは真逆の人生だった恩師

先生もあれから同じく28年が経った。
先生だって変わらないわけがない。

先生はもう60歳手前だ。
皆が成長を見せつける中で先生はどうだったのだろう。

ちょっと寂しげな姿を感じていた私は、次の日遠方の自宅に帰る前に我が家に招待したのだった。

きっと私も恩師とじっくり1対1で話をしたかったのだろう。
自分の成長した姿を見て欲しかったのだろう。そんな思いをぶつけていく中で、昨日は生徒の聞き手に徹していた先生も徐々に自分のことを教え子である私に打ち明けるようになった。

それはその後の教師人生がうまくいかず、メンタル的な体調を崩した事、今もどんどん他の先生に追い越されていく感覚があり、自分自身の不甲斐なさを感じ、バーンアウトになっていたこと、仕事を休職していたことなどを打ち明けてくれた。

そこには前のように熱をもって教鞭に立つ事ができないでいる自分に苦しんでいた姿が私の前にあった。

▽成長はしなくたって良い。まずは変化から

先生との話の中で、そう感じた。

いずれは以前と同じように動く事ができずに、過去の自分と比較してしまう事だってあるかもしれない。
ただ、成長は止まるかもしれないが、あらたな役割が与えられ、自分の役目が変わったんだと思った瞬間に気持ちが楽になることだってある。

先生との対話の中で「成長した姿を先生に見せたかった」と私が言ったその言葉が響いたようで、今は生徒の成長を見届けるのが自分の役目ということに気がついたようだ。

その後に知ったことだが、私との会話の後で他の教え子の働く姿を見て回って自宅に帰ったようだ。

--
あの3組のメンバーと会えたことは大きな癒しとなった。
俺がみんなにしてやれることはもうないかもしれないが、その時点のみんなの姿を、成長を見ること、聞くことはできる。

是非、また「今の姿」見せてくれ。

それがグループLINEに投稿した先生の言葉だった。

そんな私は恩師の人生にきっかけを与えることができただろうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?