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おおきくなったらなにになりたい

子供の頃、「なんで生まれて来てしまったのだろう」と良く考えました。当時の私は、神が見たって閻魔が見たってどうしようもない子供でした。何にもうまくいかないのに、母親のことも同級生のことも傷つけ困らせるのに、先生には嫌なことばかり言われるのに、どうしたって手に入らないものがあるのに、なぜここにいなくてはならないのか、と困惑していました。

それがいつの間にか、「ア~、なんか死ぬのやかも、この世、惜しいかも」と思うようになったのです。子供の時の脳みその方がまだマシで、今やドアホになってしまったのかもしれません。鈍感になっているのは確か。

自分のせいでついたカサブタを癒える前から剥いたりして過ごしてきましたが、最近様子が違います。今この時間を、これから起きることの準備に使えるようになったのだと思います。何を選び、捨てて、生きるべきか。どのような人間になり、どのような人生にしたいか、考えたりするんですよ。私が。

幼き頃、保育園で「おおきくなったらなにになりたいか」書けと短冊を渡されて、イライラしたことを思い出します。別に何にもなりたくありませんでした。将来の夢を持つことが当たり前だと決めつけて、子供に押し付けるなんて愚かだと思いました。実際、憧れなどありませんでした。特に希望もありませんでした。先生たちが私の保育に手こずっているように、私自身も今の処理で手一杯、という感じでした。「なにもない」と先生に伝えると「ふけいさん(婦警さん)になりたい、と書いたらどう?」と言われました。何言ってんのこの人、どうかしてんのか、と一層不機嫌になりました。なりたいもなにも、将来婦警さんにお世話になりそうなタイプの子供だったのです。嫌味でも言われたような気分でした。この出来事はどうしてか、凄まじいコンプレックスとなって、しばらく引きずることになります。

そういえば、娘の卒園式で、他のお母さんが娘のことを「“正義感の強い破天荒”だよね」と言っていました。色々なエピソードを振り返り、可愛らしいよね、今後が楽しみだねという文脈で、です。おっしゃる通りの子です。あれ、もしかすると「ふけいさん」を提案してきたあの先生も、我儘な私の中に正義を見つけてくれていたのかもしれない。「わたしがダメなこだから、イジワルをいわれた」と思い込んでいた。なんだか泣きたくなってくる。こういうことばかり。

法律的には大人になりました。背はもう伸びません。結局婦警さんにはなりませんでした。お世話になることもギリありませんでした。自分らしく働き、自分らしく過ごせていると思う。私の人生はいつもどこかぐちゃっとしているのだけれど、少なからずたった今はとても安定している。ありがたいことに仕事も生活も穏やかです。

その余裕と、余裕があるからこそ見逃せないササクレのようなもののために、今、ようやく「おおきくなったらなにになりたいか」考えています。我武者羅に生きていては向き合えなかった問に、今向き合えているのはとても幸せなことです。感謝しています。

とはいえ、今までの時間が停滞だとは思わない。何やかんや、我武者羅に生きている時ほど知らぬ間に階段を登っていたりするのかもしれない。上がってきたところにふと踊り場があって、少しの間休んだり考えたりできるみたい。安全な場所だから振り返ることもできる。人生もそんな感じだし、仕事もそんな感じだよね。

ドアホになってしまった脳みそをもう一度回転させて、純粋に、ひらがな表記のまま考えていきたい。すごく時間がかかりそう。踊り場にベッドを持ち込みたい。

そうそう、子供の頃さ、女の子は「おおきくなったら」みんな勝手に綺麗な人になると思ってなかった?私思ってたんだけど。みんな髪がツヤっと伸びて、毛先はクリンとして、爪はペカリ、リップがふわっと、瞼はキラっとしてる。ハイヒールがカツカツ、お尻はフリフリ、そんな風になるんだろうって。

ならんのかい。

結局やることやんなきゃならんらしい。美意識というものだね。生き方にもルックスにも通ずる部分があって、私が最近考えるあらゆるものが結局ここに行き着いたりする。仕事にも影響が出そうな予感。また書きにくる。



イズミ


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