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洗濯、夕陽、トマチ牛丼

いちいち今日の最高気温が何度だとか気にせずやっているが、ここ数日の間ではそこそこ体調がよく、色々な用事を済ませてまだ明るいうちに自宅に戻ってきた。
自転車から下りると汗が止まらず、そのままシャワーを浴びて、洗濯機を2回転させる。
2回転させる間、「エンプティチェアテクニック入門 空椅子の技法(百武正嗣著、川島書店)」を読み、私が空椅子に座らせて話したい相手は誰だろうと考える。
空椅子に座らせるのは人でも良ければ、自分の病状、自分の身体でもいいらしい。

1回転目が終わり、洗濯物を外に干す間、空椅子のことを考えていて、はたと気づいた憎い相手にこう言いたいということを思い描くだけで、それなりにすっと気が晴れてしまう。
2回転目が終わるのを待つ間、空は夕焼けに染まっていく。

部屋から見慣れた町の風景は赤いレンガ色に照らされて、その向こうに入道雲が赤、オレンジ、白、灰色と複雑なグラデーションで聳え立っている。
あのように巨大なものが濃い青色の空を覆って、文字通り立ち上がっていると、そこを通りすぎてゆく何かの存在を感じざるを得ない。

キッチンに貼ってある写真家富澤大輔さんのポスターが、窓枠の形にオレンジ色に光輝いており、台所の棚と窓際のコウモリランの影が踊るように模様を描いていて、何時間でも見ていられそうだったが、夕焼けというものが美術館やギャラリーで過ごす何時間もの視覚体験をもたらせてくれないと知っていると私はあてなくキッチンをうろうろして、この時間を何とか先伸ばしに出来ないかと焦ってしまう。

洗濯物を干し尽くして、池大雅トートバッグを持って外に出ると階段の踊場から見える終わりがけの紫色をした夕陽、雲たちを見て、あの色を忠実に絵や写真に写し取ったところで、今の私の心情とは程遠いものになることがよく分かり、今更ながらそういった内面のものだけをつかみとって外に現したいという欲求に気づく。

ダイレックスで水を買い、部屋を出たときのステーキ丼を食べたい気持ちは心変わりして、道向かいのすき家のトマチ牛丼を欲していて、カウンターに座り注文を待つ間、店員たちが忙しく立ち回る様を見るともなく視界に入れておく。
ドライブスルーで注文する客のオーダーをさばく店員を眺めていると、書家ハシグチリンタロウがマニュアルの軽自動車を運転しながら膝に置いた牛丼を器用に食べていたことを思い出して、トマチ牛丼のことはだんだんどうでも良くなってしまった。

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