生活習慣病と言うのはもう止めよう。その2.糖尿病

さて、前回高血圧でご好評を戴いた生活習慣病はもう止めようシリーズ第二弾は、糖尿病です。このお話に登場する主要キャラの一つインスリンが何か一言言いたいそうです。



インスリン「私を使ってダイエットするのは止めて下さい!私は身体の中で脂肪のもとを作ってるんですから!」



だ、そうです。インスリンが言わんとする意味はおいおい明らかになります。



さて、糖尿病とは血糖値が上がる病気です。いや正確に言うと、血糖値が下がりにくくなる病気です。人の体内で、血糖値を上げる物質はたくさんあります。成長ホルモン、副腎皮質ホルモン(コルチゾール、アルドステロン)、副腎髄質ホルモン(カテコールアミン)、甲状腺ホルモン、ソマトスタチン、膵臓から出るグルカゴン等々(別に覚えなくて良いです)。それに対し、血糖値を下げる仕組みは1つしかありません。インスリンが働く系統です。



糖というのは言うまでも無く生体に於いて重要なエネルギー源です。身体のエネルギーを貨幣に例えると、手持ちの現金が糖です。日々使います。普通預金はグリコーゲンです。肝臓や筋肉に貯えられます。万一のための定期預金や年金として積み立ててあるのが脂肪です。あれっていざというときのために積み立てているのですが、現代人はどう見ても積み立てすぎですね・・・私含む。ついでに偽金もあります。いよいよエネルギー源が枯渇して餓死寸前となると身体は脂肪酸からケトン体という偽金を作り出し、これでどうにか生き延びようとします。



血糖値が下がるというのは危機なのです。全ての細胞がエネルギー供給を断たれ、死の危険にさらされます。だから万が一にもそういうことが起きないよう、血糖値を上げるメカニズムはたくさん用意されています。


一方下げる仕組みはインスリンだけです。人類の歴史を振り返ると、そもそも糖の原料を食物として得ることは至難の業でした。人類はおよそ500万年前にアフリカで誕生したと言われますが(ざっとね)、その人類が糖の原料として炭水化物を安定的に確保出来る道が拓かれたのは穀類の栽培に成功した時です。これは僅か一万数千年前です。チグリス・ユーフラテス川流域における小麦の栽培と、長江流域における稲の栽培がこの頃相前後して始まっています。それまで499万年間、人は糖の原料を安定して得ることは不可能だったのです。従って、少しでも血中に糖が余れば、それを肝臓や筋肉に送って貯えさせます。その働きをするのがインスリンです。インスリンによって肝臓や筋肉細胞に送り込まれた糖は先ほど述べたグリコーゲンとなり、それも余っていれば脂肪に作り替えられます。いったんゲットした糖を必要以上使わず溜め込む仕組み、それがインスリンです。冒頭でインスリンが「私は脂肪を作っている」と言ったのはそういうことです。



血糖を上げる仕組みはたくさんあって、どれかがダメになっても他が働くのですが、血液から糖を運んで筋肉や肝臓に送るのはインスリンだけですから、インスリンが無かったり活性が下がると代替手段がありません。血糖値は上がり続けます。これが要するに糖尿病です。昔は尿に糖が出て甘くなってからでないと診断出来なかったので「糖尿病」という名前になりましたが、今はもちろん血糖値、そしてその直近一ヶ月の平均値を反映するHbA1c(へもぐろびんえーわんしー)で見ていくことは、中年過ぎた方々はほとんどご存じと思います。



膵臓でインスリンを出すベータ細胞そのものが壊されてしまうのが1型糖尿病ですが、これは糖尿病の5%程度です。当然ながら1型は生活習慣とは何の関係もありません。しかし私を含む中年以降の多くの方が悩むのはこれではありません。2型の方です。



ここで白状してしまうと、2型糖尿病にはもちろん食事が大きく関わっています。だから生活習慣病で良いだろうと言われれば、確かにそうです。しかし2型糖尿病はそれだけでは説明出来ません。もうちょっと2型糖尿病の話を続けます。



2型糖尿病では2つの現象が起こります。1つはインスリンは出ているのだが、肝臓や筋肉でその指令を上手く受け止めることが出来ず、糖がグリコーゲンなどに変換されなくなる現象と、インスリンの分泌そのものが下がって血糖値がコントロール出来なくなる現象です。



何度も言ったように血糖値を下げる仕組みはインスリンしかありません。従って絶えず血糖値が高い状態に晒されると、このインスリン系が疲弊してしまうのです。他の手段が無いからですね。いつもいつも血中に糖が入ってくる。インスリンはそれを必死に肝臓や筋肉に運ぶわけですが、あまりそれが続くと、肝臓や筋肉が「もう一杯です。これ以上お受け出来ません」となるのです。なんかコロナで医療崩壊した時の救急病院みたいです。「完全満床です。これ以上病人(糖)を救急車(インスリン)が運んできても、当院は対応出来ません」というわけです。医学用語では「インスリン抵抗性がある状態」です。



この時点ではインスリンは何とか血中の糖を処理しようと過剰に分泌されますが、こういう状態が長く続くと今度は膵臓のベータ細胞がインスリンを作る機能が麻痺します。俺、必死に頑張ってインスリン出したけど、誰も助けてくれねえし、もう限界だ、となるわけです。



最初の筋肉や肝臓がインスリンの指令を受けられ無くなった状態、つまりインスリン抵抗性に作用するのが飲み薬の糖尿病治療薬です。一番代表的なものはメトホルミンです。他にも色々ありますが。一方膵臓のベータ細胞がインスリンを作れなくなってしまうとしかたが無いからインスリンを注射します、と言うことになります。



さて。ここまで読んできて、「どうして糖尿病は生活習慣病という事に異を唱えるのか?」と疑問に思われるでしょう。それは、2型糖尿病は遺伝するからです。2型糖尿病は食習慣も確かに関わりますが、その発症は遺伝が大きく関与します。両親ともに糖尿病であれば、その子供は40~50%の確率で糖尿病になります。私は糖尿病ですが、父も糖尿病でした。



正確に言うと、遺伝するのは「糖尿病になりやすい体質」です。すなわち高い血糖値が続くことに対して、先ほど述べたインスリン抵抗性やインスリン分泌の枯渇が起きやすい体質が遺伝します。同じ生活習慣でも、糖尿病になる人とならない人がいるのはこのためです。もちろん、糖尿病として発症するためにはそこに環境負荷、つまりエネルギー摂取過剰が加わって発症するので、もちろん生活習慣、特に食習慣が影響するのですが、元々発症しやすい遺伝形質を持つ人とそうでない人がいるのだ、と言うのはあまり知られていません。だから敢えて異を唱えているのです。ちなみに膵臓のベータ細胞が自己免疫によって壊されてしまう1型は一見遺伝しそうで遺伝しません。遺伝しないと言ってもある種の遺伝子異常が関係はしているのですが、遺伝するかしないかで言えば2型糖尿病になりやすい体質の方がずっと遺伝傾向は顕著なのです。



どうしてこういう体質が遺伝して残っているのでしょうか。答えはおそらく人類史にあると思います。人類誕生以来500万年、そのうち少なくも499万年間は、人類は常に飢餓すれすれの状態にあったのです。いくらインスリンという血糖値を下げ肝臓や筋肉に貯える仕組みがあると言っても、それが実際に必要となることはほとんど無かったでしょう。むしろ血糖の原料となる炭水化物を得るのが非常に困難な状態が続いたわけです。穀物の栽培が可能になった後でも、世界中の人類がそれでたらふく食えるようになったわけでは無い事はご存じの通りです。今だって栄養失調や餓死が日常的な地域は少なくありません。だからインスリン系統が充分に働かない体質というのは、それほど生存に困難は来さなかったのです。人類史500万年の中ではほんの一瞬に過ぎない「飽食の時代」になって初めて、それが「不都合な体質」となったのです。



糖尿病についてはこんな所です。生活習慣とは一切関係が無い1型が5%あるということ、95%を占める2型は生活習慣と遺伝する体質が相まって発症するものだという事をご理解戴ければ幸いです。



最終回の次回はコレステロールです。大どんでん返しがおきます。

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