己に向き合うという事

己に向き合うというのは、ものすごく辛い修行です。大抵は、誤魔化すのです。誤魔化さないでは、自分とは折り合いが付かないからです。アメリカが「広島・長崎の原爆は戦争の終結を早めた」と主張するのも、まさにごまかしです。そうでもしないと、アメリカ人はあの惨劇を自分たちが引き起こしたという事実に、耐えられないのです。



先日アングリマーラという殺人鬼をブッダが改心させたという話をしました。アングリマーラはバラモンの家に生まれ、バラモンの師匠について熱心にバラモン教を学んでいましたが、ある時師匠の留守中に師匠の妻に言い寄られます。それを拒否したアングリマーラを、その妻は逆に「アングリマーラが私を犯そうとした」と夫でアングリマーラの師匠であるバラモンに告げ口しました。師匠のバラモンは妻の嘘を真に受け、アングリマーラにこう言ったのです。



お前の修行はお前が100人殺した時に成就する。



アングリマーラは師匠の妻に裏切られ、思慕していた師匠にこのように言われ、もう神経がおかしくなっていまいました。ついに彼は殺人鬼となり、実際に人を次々殺し始めます。



99人殺したところで、ブッダに出会いました。「よし、この坊主を殺して100人だ」と思ったのですが、殺せないわけです。ブッダは何も抵抗したり身構えたりしないのですが、手が出せません。ついにアングリマーラは地べたに手を付き、「私を弟子にしてください」と言いました。



ブッダの弟子になったからと言って、人々はアングリマーラを許したりしません。托鉢に出れば食べ物で無く、石つぶてが飛んできます。土地の王もアングリマーラを処罰しようとしますが、ブッダが身体を張って「必ず改心させる」と言ったので逮捕を免れました。


そういう日々を過ごしていたアングリマーラですが、ブッダは彼が真に改心して道を悟ったわけでは無い事を承知していました。そしてある時、転機が訪れたのです。



ある産婦が難産に苦しみ、ブッダに助けを求めました。ブッダはアングリマーラに命じました。



「お前が産婦の家に行き、私は一生に一度も人をあやめたことが無いから、その功徳によってあなたは無事に出産するであろう」と言え、と言うのです。


アングリマーラは仰天し、恐れおののきます。何しろ彼は99人を殺しているのです。



「私はとてもその様なことは言えません」


とアングリマーラは言うのですが、ブッダは認めません。



「必ずそう言いなさい」と告げます。



仕方なくアングリマーラはその産婦の家に行き「自分はこれまで一度も人をあやめたことが無いから、その功徳であなたは無事に子を産むだろう」と言いました。はたしてその子は無事に出産したのです。



ブッダがアングリマーラに強いたのは、「99人殺したお前の所業と向き合え」という事でした。いくら改心しても、いくら人々の石つぶてを耐えていても、アングリマーラが真に生まれ変わるには、「自分は99人殺した」という事実を真正面から見据えて対峙しなければならなかったのです。まるで焼け付く刃を押しつけるような厳しい修行でした。しかしブッダは、それによってしか、アングリマーラを真に改心させ、道を見いださせることは出来ないと考えたのです。そしておそらくブッダは、これは経典に書いてないですが、アングリマーラならそれをやり遂げるだろうと考えたのだと思います。



己と向き合うというとなんだか平凡なようですが、実はこのように厳しい修行なのです。

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