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パイナップルのソルベ 前編

これは、90年代初頭の話。

2人の料理のお師匠さんや多くの同業者、お客様からも「京都で一番のフレンチ」と何度も耳にしたレ・シャンドールさん。
1983年創業とあるので、いまや40年以上にもなる京都を代表する老舗フランス料理店になる。

ぼくが料理の勉強をはじめたのが80年代後半で、一億総グルメと呼ばれフランス料理を中心にグルメブームが起きていたバブル真っ只中の時代。
それでもまだミシュランガイドは日本になく、その東京版が初上陸するのは、ずっと先の2007年のことだった。

80年代、グルメブームにのって多くのガイドブックが刊行される中、毛色の異なるガイドブックが1983年に上梓された。
「グルマン」というフランス料理店のガイドブックで、著名な料理評論家である山本益博さんと見田盛夫さんによる共著だった。

それはミシュランガイドに倣った様式で、お店を1〜3ツ星で評価し、内装や設えの豪華さもまたミシュランガイド同様にマークで表された。
ただ本家と違ったのは星の評価に加え、お二方の文章による批評が主たるものだったため、中には辛辣なものもありそれなりに波風の立つガイドブックだった憶えがある。
それでも当時なかなか高級店へ行くことのできなかったぼくは、山本さんや見田さんの著書で勉強するのが楽しみで「グルマン」もそんな1冊だった。

いま、毎年ミシュランガイドの発表を楽しみにされている人たちと同じように、当時のぼくも年に一度の刊行が楽しみで料理人になって以降は毎年「グルマン」を購読をしてきた。

そんな「グルマン」には、レ・シャンドールさんも掲載されていて確か2ツ星の評価だった。
何年度版だったか失念したけれど、レ・シャンドールさんのページの文末にとても印象的な文言があったのを憶えている。

それはデザートのパイナップルのソルベ(シャーベット)について書かれたもので、著者は以前に同じものをパリの3ツ星、ランブロワジーさんでお召し上がりになられていたそうで、もしもそのときの体験がなければ「危うく涙するところであった」という文脈だった。

率直に書けば、いや、いや、いくらなんでもソルベを食べて、危うく涙するところであった・・・って、さすがに大袈裟すぎやしませんか、と思ったものの、ぼくの中で忘れがたい一節となった。

つづく


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