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数字では表せないこと

若いころ、フランスの食や食文化にまつわる本をよく読んでいた。
その中に、うろ覚えだけれど「昔、売れなくて貧しかった画家たちは、カフェで飲食代の代わりに自分の絵を置いていった」というエピソードがあって、いい話だなぁと思ったことがある。

料理の勉強でパリに住んでいたとき、スーパーへ行くと入り口付近に大きなボードが設置してあり、そこにはたくさんの付箋紙が貼ってあった。「〇〇教えます」「〇〇を探しています」といった内容と連絡先が書いてあり、昔は日本の駅にもあった伝言板と同じだった。人が集まるスーパーなどはこういったことができるのか、と感心し、ぼくの記憶に残ることになる。もちろんまだインターネットがなかった時代の話。

これが頭の片隅にあったぼくは、自分で店をはじめたときに店内の壁や空いた棚を使い、パンや食と関係がなくても告知に利用してもらえる場所にした。自分の店なので目の前には商品がありスタッフもいるので、特段自店の告知をする必要もない。だから映画館をされていたみなみ会館さんのポスターやチラシ、知人らが手掛けていたフリーペーパー、友人がやっているお店の告知やショップカードなど、取引のないお店のものであっても置くことにした。

また渋谷のカフェでは、パンとまったく関係のないイベントばかりをやってきた。
これといって具体的な狙いがあったわけでもなく、売上や利益が目的でなかったことだけは確かだった。そんなお気楽でいれたのは、それを本業としていなかったこともある。

あのころ考えていたことといえば、「それをすることで喜んでもらえる人たちが大勢おられる」「何が起こるかわからないけれど、何かおもしろいことが起こるかもしれない」「理屈でなく自分たちも楽しい」と、その程度。経営者の思考とは思えない何とも抽象的で適当な考えだけれど、楽しいことを楽しんでやり続けていれば何かしら起きるであろうと、ぼくは思っていた。

実際、異業種の人たちとイベントをやるとそれをおもしろがり喜んでもらえる作家さんやアーティスト、そしてお客様が集まった。
結果的に、ミュージシャンならそこで知り合った別のアーティストさんのレコーディングやツアーへ参加されるようになったり、商業施設からBGM制作の依頼がきた人や、個展をしたイラストレーターさんの中には大企業や有名雑誌から仕事依頼のきた人もいる。

そこには、数字では表せない何かが間違いなくあった。

それは何?と訊かれれば、「楽しいこと」としか答えようがないんだけれど。

つづく



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