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パリの厨房で考えていたこと

※ こちらの内容は、ウェブサイト(現在は閉鎖)にて2016年~2019年に掲載したものを再投稿しています。内容等、現在とは異なる部分があります。ご了承ください。

当時としては目新しい調理機器を見ても、それを前衛的な料理や調理法に使うという発想がぼくにはなく、それらを使い経験の浅いスタッフやパートの方でも巧拙を問わずフランス料理を再現できないか、といったことを考えていた。

フランスの厨房ではフランス料理らしいフランス料理を学び、シェフからどんな無茶振りをされても「Oui、Chef!(はい、シェフ!)」と返事をしながら頭の片隅では、これはファミレスに使えるな、このやり方では誰にでもというわけにはいかないな、なんて考えていた。
無論それぞれのお店のやり方で働いてきたけれど、どうすれば教えてもらった料理や仕事を合理的に再現できるか、といった考えは常にあったと思う。

パリのレストランで働かせてもらっていたときのこと。
そのお店は当時ミシュランの2つ星で、いわゆるガストロノミー(美食)を標榜する格式あるレストランだった。
そして道を挟んだ向かいには、同じ経営のセカンドメゾンがあった。
いわゆる高級店が出したカジュアル店で、当時3つ星や2つ星の有名オーナーシェフたちが次々とセカンドメゾンを出すのがちょっとしたブームの時代で、そんなお店の一つだった。
あっち(セカンドメゾン)の方が、将来やりたいことに近いな、と思ったぼくは本家である2つ星レストランのシェフに片言のフランス語で直談判してみた。

「シェフ、ぼくはあっちのお店で働きたい」

シェフがかなり驚かれていたのを憶えている。
このときに言われたことをすべて理解できたわけではないけれど、「なんでやねん。お前はアホか?俺らがやっているのは、ガストロノミーや。わざわざ日本からきて、なんであんなカジュアルな店に行きたがるんや、やめとけ。行かさへんから」的なことを説教され、お店を移ることはできなかった。

シェフの言われることはもっともで、料理の世界におられる方以外には伝わりづらいかもしれないけれど、フランス人はもちろんヨーロッパの人が料理人を志す以上、その最大の目標であり最高峰はミシュランの星であり、それは=ガストロノミーであることが当然のことと認識されていた。
またその絶対的な権威や価値、影響力は日本におけるそれとは比較にならないといった印象をぼくは持っている。

日本人に限らず世界中からフランスの星付きレストランを目指し修業にくる人たちは、超一流や一流の料理人になるべく高尚な志しを持ってこられているわけで、将来的には、ファミレスみたいな店を・・・なんてことを考えていたのは、恐らくぼくだけだったと思う。

フランス人の料理人であり、ミシュラン2つ星のシェフにまで登り詰め、ガストロノミーに矜持を持つ彼が、ぼくに「お前はアホか」と言われるのも至極当然のことだった。


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