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パラレルワールド

当時、「場づくり」といった意識もなく、自分たちのやっていることを「イベント」としか呼んでいなかった。
それでも何度も開催しているうちに、ぼくには幾度となく思い浮かんだものがある。それがメディアや編集といったことなんだけれど、一応書いておくと、ぼくはいまから編集長を目指すだとか、出版社をつくるぜ。なんてことを思っているわけではない。またこちらは書くまでもないけれど、株を過半数まで買い進めテレビ局を買収しようなんて荒唐無稽な企みを胸の奥底に秘めているわけでも、もちろんない。そもそもそんなお金だってない。

ここでぼくのいうメディアとは、これだけおもしろい人たちが集いそれを喜んでもらえる人たちも大勢おられるのだから、人やモノを媒介する装置として、という意味で店は媒体になり得るのではないか、とそんなことを考えていた。
あのパリのスーパーで見た伝言板でさえ、あれもメディアといえばそうなのではないのか、と思ったくらいだから。

そこでぼくが次にやったのが、パン屋さんとは思えないウェブサイトを作ることだった。
2016年からスタートしたそれは、毎日2本は記事を更新するよう自分に課した。
パンなど新作を出すときには告知もしたけれど、本業のそれらはいわばおまけ程度で、ライブイベントの告知や映画配給会社 LONG RIDEさんから送られてくる新作の告知、お世話になっている作家さんたちの新刊の告知などが大きく作ったトップ画像をいつも飾った。
ちなみに一昨日の画像は、ジム・ジャームッシュ監督の「Only Lovers Left Alive」が公開されるときにタイアップの企画として店でパネル展の開催と、映画に合わせ「O型 RH-」という名のデザートを作ったときのもの。これも LONG RIDEさんと一緒にやったものだった。

仲良くしてもらっていたLONG RIDEの麻生さん。

閑話休題、ウェブサイトの話に戻ります。
ぼくはプロアマ問わず、友人知人に随筆を中心に月に1本の執筆をしてもらえるようお願いをした。これがこそが、ウェブサイトを作る前からぼくが考えていた目玉コンテンツだった。
いよいよ公開する前日には、ぼく自身最初のブログにこう書いている。

ぼくの好きな異業種の方々、プロアマ問わずぼく自身が読みたいと思う方たちです。
依頼の際、パンに関する文筆をお仕事にされている方はもちろん、みなさんにお願いしたことが一つだけありました。

「 NGワードは ル・プチメック と レフェクトワール だけです。他のお店の承諾があれば、このコラム内で他のお店を大絶賛していただいて結構です。それがパン屋さんであってもです」

このwebサイトは宣伝広告が目的でなく、とにかくおもしろいからと少しでも多くの方に見にきていただけることを目的につくりました。

webサイトとコラムのこと

ここまでやれば「パン屋さんらしからぬ」どころでないものになったそれは、多くの方に驚かれたけれど、そこにぼくの意図があった。
パンと関係のないイベントばかりを開催してきた。その結果、お客様にとても喜ばれた。という経験則に基づきウェブサイトを作ったらあのようになった。

執筆者のみなさんには、ちゃんと毎月原稿料のお支払いをした。それでいて、このサイトで外部の宣伝をすることはあっても広告費は一切いただいていない。また、ネット通販をやっていたわけでもないので、ここだけを切り取れば当然赤字になる。
ぼくは求人広告を除けば、木村さん、田中さんのお二人(marie madeleine (続・木村衣有子さんのこと)以外に有料広告は一つも出さなかった。宣伝広告費を使うよりもウェブサイトにかかる経費の方をぼくは善しとした。ものごとは考え方次第である。

店舗でのイベント参加はリアルでそれに勝るものはないけれど、人数に制限があることや不定期開催という面もある。それを補完する意味でも他に何か、お客様に楽しんでもらえる方法がないかと考えた解がウェブサイトだった。
またぼくのやっていた店には、こういった少しだけ悪ふざけなウェブサイトこそ親和性や相乗効果も高かったと思う。

リアルで「場づくり」をしたように、ネットでもそれをやろうとしたぼくは、パラレルワールドをつくっているくらいの心持ちでいた。

つづく


 



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