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薬膳cafe五花 5月:日替わり定食 #6

 ほっとしに、来た。

 アパートを出て5分のところにある『薬膳cafe五花』にまた来ている。

 東京に引越しして来たその日に、手伝いに来ていた母と訪れたカフェだ。

 ひとり暮らしの学生には1200円の定食は贅沢なのだが、週イチで訪れることを自分に許可している。

 薬膳のことはよくわからないが、普通に美味しいし、カフェの雰囲気がリラックス出来るので気に入っている。

 5月から21時までの夜営業も始まって、更に来やすくなった。

 「ちゃんと栄養のあるもん食べられぇよ」
母親の声が耳に残っている。

 あぁ。母さんのハンバーグが食べたい…!

 そう、僕はここのところホームシックなのだ。


𓂃◌𓈒𓐍


 店内は入れ違いで帰った人がいて僕1人だ。

 カウンターの席に着き『日替わり定食』を頼んだ。

  店のおばさんは、干渉してこず、でも冷たい感じもしない。 
  今の僕にはそれがありがたかった。
  岡山を離れて1ヶ月半。
  まだ友達も出来ず、人との繋がりが恋しかった。

 この前は帰り際に
「新しい生活に慣れてきましたか?」と聞かれた。
 一瞬、なんで知っとるん?と怯えたが
「息子が近くで一人暮らしを始めるんです。お世話になります」
と母がおばさんに話していたのだった。

「あんまり慣れてないです」

と言うと
「わかります。私も2年前に上京してきたんですよ。最初はこの歳でホームシックになったりして。慣れてくるとこの辺は人情味があって良いところですよ」と教えてくれた。
 学生寮を避けて一人暮らしを選んだのは自分だ。
 きっと、そのうち、慣れていけるだろう。

𓂃 𓈒𓏸

「はい。お待たせしました」

 お盆に乗った定食が運ばれてきた。

「メインは豚肉のソテーです。大根おろしと山査子しょうゆでどうぞ。」

日替わり定食

 おぉ〜。
 味噌汁やほかほかのご飯は湯気がたっている。

 軽く手を合わせて「いただきます」とつぶやいた。
 実家では、祖母と父母、妹と5人で食卓を囲んでいた。

 みんなで「いただきます」と手を合わせていたのが恋しい。

 豚ロース肉はソテーされ、塩胡椒で軽く味付けされている。
 同じくソテーされたブロッコリー、人参も添えられている。

 大根おろしに山査子しょうゆをかけて、カットした豚ロースに乗せて食べてみた。
 さんざし…って言ってたな。
 甘酸っぱくて大根おろしと相まってさっぱりしている。

 小鉢には筍とお揚げの煮物。
 小皿に盛ってある自家製の海苔の佃煮もご飯に合う。
 もち麦入りご飯はほかほかでプチプチしている。
 味噌汁はトマトと卵入りだ。


「ご飯のおかわりいいですか?」
カウンター越しに聞かれた。

「あ、じゃあ、半分くらいいですか?」

「はい〜!よろこんで〜!」
と急に高い声でおどけた感じで言ったから
え?と思った。
 
 や…すこ?
 おばさんは僕の顔を見てあははと笑っている。

 僕もぷっと吹き出してしまった。

𓂃 𓈒𓏸

 ふう〜っ。

 お腹も満足したから帰るか。

 お会計を済ますと
「あっ! ちょっと待ってて下さいね」
と言われ、おばさんが一瞬レジを離れ、手に一輪の青い薔薇を持って戻って来た。

「うち、五花(いつか)って言うじゃないですか。お花屋さんで薔薇を5本買ったら、1本サービスしてくれたので。青い薔薇素敵でしょう。よかったらお部屋にどうぞ」と差し出してくれた。

「えっ。まじですか?花瓶…ないけどなんか探して飾ってみます!」

「はーい。お花があると気持ちが少し明るくなるから。」

「ありがとうございます」

「最近、寒暖差が激しいですからご自愛くださいね!またお待ちしております」

「あ、はい」

 僕はぺこりとお辞儀をした。

 カランカラン……

 外に出ると風が涼しい。
 日中は蒸し暑かったのにな。
 夜空に薔薇をかざしてみた。
 写真撮ろうかな…と思ったら向こうから人が歩いてきた。
 都会はどんな路地でも人とすれ違う。

 僕は一輪の青い薔薇を大事に持ち、誰もいない部屋に帰った。



●山査子は食べすぎたー!など胃が重い時に、プーアール茶に入れて飲んだり、お粥に入れたり…乾燥山査子を常備しておくと便利です。
今回は、乾燥山査子を戻して、戻し汁、醤油、味醂、出汁少しで味付けしてソースにしました。
胃が重くなりがちなお肉と一緒に、大根おろしと共に合わせてみました。

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