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初めてのインタビューで向き合うきっかけをたくさんもらった

とあるオンラインコミュニティに入ったことがきっかけで、noteに自分が毒親であること、そして毒親育ちであることを書いた。
そうしたら、そのコミュニティの方から、私の話を聞きたいと依頼があった。

依頼者のうさぎさんのことは、知ってから日が浅い。彼女のnoteを読み、スタエフをすべて聴いた。知性と教養が高く、幅広く知見があり、チャーミングな声が魅力的。どの発信内容にも思考や好奇心を刺激された。そして何より、我が子への愛情が深い。
小学生の子持ち、毒親育ちという共通点はありながらも、私にはないものをたくさん持っている。うさぎさんとお話することで、私にも得られるものが多いだろうと思い、快くお受けした。

▼▼インタビュー記事はこちら▼▼

※実際は、私の話がかなり雑然としていましたが、とても分かりやすく整理されており、圧倒的な編集力を感じました


初めて、人からインタビューなるものを受けたので、どういう変化や気づきがあったか、記しておきたい。



子どもをコントロールする必要がない理由

私は感情のコントロールが効かなくなると、娘に暴言を吐いてしまう。必要以上に言葉で責め立ててしまう。離婚した元夫に対してもそうだった。

感情のコントロールができない=自分の何かを守りたい、自分の何かが傷つけられている」からではないか、「何に触れてそうなると思う?」と聞かれた。

考えたこともない視点で、しばらく言葉に詰まった。私がうまく整理できずに「自分の嫌なことをされると、相手になんで嫌なことするの?私のこと嫌いなの?」と思ってしまうことを伝えた。
「認めてくれない」「わかってくれない」ことが怒りや哀しさを増幅させ、感情が暴走する根本原因になっていた。

うさぎさんは言った。私は、娘や夫に「理解してもらいたい」「深くつながりたい」「ありのままの私を受け入れてほしい」と思っているのではないかと。
確かにそうだ。親には自分を理解してもらえなかったし、受け入れてもらえないことが多かった。親に求めても得られなかったものを、夫や娘の優しさに甘え、「受け入れてくれる=言うことを聞いてくれる」と歪んだ認知で求め続けていた。それで相手を支配しようとして躍起になっていたのだ。
親が私にしていたことと同じだ。
私は大人になって親から逃げることができた。夫も離婚することで私から逃げることができた。だけど、娘は?あと十何年も、私という独裁者に支配され続けるのか。それで本当にいいのか。

自分の娘を、世の中に蔓延するキラポエやキラポエ信奉者のように、他人の評価=自分の評価で、自分のアタマで考えられず、自分の足で立って歩けない人間にさせたいのかと自問自答すれば、答えは明確だ。

そして今回、最大の気付きだったのは、そもそも子どもという存在は、産まれたときからすでに母親を完全に受け入れているということだ。
娘は、私が怒鳴ろうが無視しようが、絶対に離れていかない。いつも大好きと愛情を伝えてくれる。私は娘を産んだ時点ですでに受け入れられているんだ、コントロールする必要なんてないんだ、と気づけたことは本当に大きかった。

親を困らせたくて産まれてくる子どもはひとりもいない


うさぎさんが、何かで知ったという言葉。
親を困らせたくて産まれてくる子どもはひとりもいない
子どもは、親を困らせたいのではなく、喜ばせたくて産まれてきたという。

そうかもしれない。私を困らせたくて、歩くのが遅いわけじゃない。私を困らせたくて、忘れ物をするわけじゃない。私を困らせたくて、汚してくるわけではない。私を困らせたくて、泣くのではない。私だって、子どもの頃はそうだった。お母さんを困らせたくて、わざと失敗するようなことをしたわけじゃない。どちらかというと困らせたくはなかったし、怒られたくもなかったのだ。

いくら失敗しても愛されたい、受け入れてほしいと願っていた幼少期の私と娘の姿がダブる。

これから、子どもの言動によって、感情が悪い方向に動きそうになったら、この言葉を思い出そうと決めた。

子どもの頃の傷を癒す方法

うさぎさんは父からの教育虐待、私は母からの心理的虐待を経験している。
互いに種類の違う毒親育ちではあるが、毒親の連鎖を意識している。
うさぎさんは産後うつで毒親になりかけたこともあったというが、現在も子どもに悪影響を与えている私とはまったく違い、子どもを心から愛し育てている。

毒親である私が言っても信用がないかもしれないが、「子どもを幸せにしたい」という思いは私にもある。
ではどこで違ってしまうのか。

子どもを育てていると、自分が子どもだった時代の記憶がフラッシュバックすることがある。
そのときに取る対応で、私たちは枝分かれしているのだ。

うさぎさんは「子どもの頃につけられた傷を子育てで解消している」と言っていた。自分が親にしてもらえなかったことを、めいっぱいやらせてあげて、一緒に満足して幸せになっているそうだ。
そうすることで、過去の自分も救われれるという。

一方私は、子どもを自分と同じ目に合わせて、一緒に不幸になろうとしている。心中だ。だからいつまで経っても、過去に囚われ続けて傷が癒されることがない。

ここも、私には少し視点を変える必要があるようだ。

生きづらさや違和感とどう向き合うか

うさぎさんが最後に言っていたこと。
みんな、説明がつかない面倒な闇を抱えていて、それが少しづず積もって違和感や気持ち悪さにつながっていく。自分の生きづらさに向き合うか、向き合わずに周りに流されるか
向き合う方を選べば、少しのきっかけで、人生は変えていけるんじゃないかと。

私は向き合いたい。
ただただ「私は毒親に育てられました、親にあんなことやこんなことをされました、そのせいで今こんな感じで生きています、辛いです悲しいです絶望です」という愚痴を垂れ流すのではなく、「毒親育ちだけど、それを糧にしてこれからはこう生きていきます」と宣言していきたい。
誰かに私を預けるのではなく、残りの人生で少しずつ、私が私自身を100%受け入れられたら最高だ。

今まではそのように前向きに思ったことがことがなかった。毒親という言葉が流行り、毒親本を読み漁り、自分の生い立ちを呪い、変えられない過去に囚われ続けて、親を恨むばかりだった。自分と向き合うなどしてこなかった。

どんなに親に傷つけられても、我が子はそれを受け入れる。どんなに酷い親であっても、子どもは「愛されたい」「受け入れてほしい」と願い、諦めずに小さな手を伸ばし続ける。

いつまで手を伸ばしてくれるのか。
その手を握り返すのか、振り払うのか。
今日はどうする?
我が子の伸ばす手をしっかり握る?
それとも「うるさい!やめて!」と突き放す?

毒親育ちかどうかは関係ない。多かれ少なかれ、母になった女は何度も何度もその選択を迫られながら生きていくしかない。

インタビュー記事より抜粋


伸ばしてくれた手を振り払わず、いつでも握りしめてあげられる親になりたい

そう、毒親育ちかどうかが問題ではないのだ。
縁があってつながった私と娘が、限りある時間を悔いなく過ごしていけるか、それが問題なのだ。
 

インタビューの1時間半は、私にとってはカウンセリングのような時間だった。
同じ毒親育ちという安心感があり、リラックスして話すことができた。
友人と話すときは、「そのときどういう感情だったか」なんて聞かれたりしない。それが何よりも新鮮だった。話しながらずっと、過去の自分に向き合っていた。
1人でパソコンやノートに向かって思考を連ねることでは生まれない、新しい気づきが多く、人と話す意義の大きさを痛感した。

向き合うきっかけをくれたうさぎさん、ありがとうございました🐰


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