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57.今を楽しむイタリア人的な生き方

アラフィフにして人生で初めてひとりでお正月を過ごすことになりました。
そんなに好きじゃないお節料理や家族と過ごす濃い時間から解放されての静かなひとりの時間にさまざまな思いが到来します。


手づくりお節料理

イタリアでも入手できる有り合わせ食材でお節料理を作ってひとりで迎えたお正月。
何もないのはあまりにも侘しいというか、新しい年を迎えるのにふだんと同じでは新年の福も呼び込めないと思ったのです。

撮影用に2人分のテーブルセッティング。日本の百均小物が大活躍

黄色いのはだし巻き卵。
柴漬けに見えるのはナスの赤ワインビネガー漬け。
菜の花に見えるのはブロッコレッティというローマ野菜。

日本から送ってもらった乾物の昆布やつくだ煮。
イタリアのスーパーで買ったスモークサーモン。

ちらし寿司も作ってみました

白ワインビネガーで寿司飯を作ってちらし寿司。
海苔を乗せた寿司飯にお節の残りの出し巻き卵とブロッコレッティ、SURIMIをトッピングしただけです。

SURIMIとはイタリアのスーパーで買える「カニカマ」のことなのですが、おそらく「すり身」から来ていると思われます。
原材料は、魚、卵の白身、水、塩、砂糖とあり、香料にはGranchio(カニ)を使ってるので確かにカニカマです。

1年先すら分からない

イタリア人にとってはクリスマスは家族と過ごすもの、お正月は友人と過ごすものです。
大晦日の夜から集まり一緒に年越しをしてスプマンテで乾杯をするのがお約束なのですが、そうした行事を共に過ごすほど親しいイタリア人の友だちはまだできていませんでした。

イタリアでは大みそかに花火を上げます

アパートのテラスからはお城や湖畔など、100か所近い場所から打ち上げられる年越し花火を見ることができました。
日本の静かな大みそかの夜とは真逆の騒々しさです。

こうして2015年をイタリアで迎えたのですが、1年後のお正月にどうしているかというイメージはまったく湧きませんでした。
ブラッチャーノの観光支援を始めて半年が過ぎたもののお客さまが来るわけでもなく、2014年は知人が来てくれたぐらいです。

この時はWebライターの仕事が定期的に来るようになっていて、自宅アパートのデスクでパソコンに向かう日々を過ごしていました。
書き物に時間を取られ、当時のブログを見ても料理のことぐらいしか書かれていません。
新しい場所を発掘し調べて資料を日本語に翻訳して紹介するような時間はなかったのです。

ブラッチャーノに日本人観光客を呼んでそれを仕事にしていきたい、という夢は持っていたもの、それが叶う日が来ると強く信じることもできず悶々としていました。

今を楽しむということ

そんな状況だったのに、日本に帰るという選択肢はありませんでした。
なんとかしてイタリアで生きていくべく、思いつくことは全て実行し出来るだけのことをしようと思っていたのです。

そして、見えない未来に悲観的になるのではなく、今が幸せならそれで良いと半ば刹那的な生き方をするようになったのもこの頃です。

イタリア人はいつでも今を生きています。
明日の心配はせず、今日が楽しければそれで良いという感覚です。

仕事を定時で切り上げて帰るのも明日来てまたやれば良いからで、明日の仕事の入り具合やスケジュールなど気にも留めていません。
それより今日の夕ごはんや夕食後のサッカーの試合のことのほうが大切なのです。

友人間の約束もせいぜい1週間先ぐらいまでしか決めることができません。
それより先の未来のことを決めても、それはどうなるか分からないだけでなく、感覚的に1週間後のお楽しみをイメージできないのです。

もちろん、先のことを見据え計画して生きているイタリア人もいますが少数派な気がします。
最低限の準備や老後の備えはするものの、先の心配までする余裕はないようです。
イタリア暮らしではスムーズに進まないことだらけなので、先のことより今をうまく切り抜けていくことのほうが優先順位が高いからかもしれません。

転ばぬ先の杖は、その杖をついて歩いて行くのではなく、振り回して今現在の身の回りの不都合を払い飛ばすのに使うのがイタリア人。
石橋を叩いて渡るのではなく、ワンチャン狙って一気に駆け抜けていくのがイタリア人。

今が楽しく幸せならその先もそれが同じように続いて明るい未来になっていく、と信じて疑わないのがイタリアでうまくやっていくコツ、イタリア的な生き方、考え方と言えそうです。

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