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ハドソン大型自動車

九月二十六日

九月二十三日の朝六時三十分品川駅へ集って、瓜生氏、
松本君と共にハドソン大型自動車に乗る。前夜の雨が
名残なくあがって、爽快なる秋晴れになった。車は新
宿駅甲州街道口へゆく。そこでもう一台に市川、永井、
井手、安東の諸氏が乗って、愈々富士五湖廻りのドライブ
に出発した。一時間二十五哩位のスピードで大月から船津
を圣て、甲府への山越路国道八号線へ差しかかつた時は
十二時三十分頃だった。河口湖をあとにして、すこし走った
時に、一台がパンクして三十分無駄をした。その上もう二分
位で頂上に達する地点で、僕らの車がエンヂンに故障
を生じ、一時間以上手間取り、漸くの思ひで山越えをして、
甲府に着いたのは三時だった。商工会議所食堂で洋
食のひるめしを食べ直ぐに昇仙峡へゆく。四十分で天
神森へ着き、も早時間もないから徒歩で三十分間位
歩るくところ迄行って引返すことにした。ここは、箱庭式の
小さな風景だが、谷は深くないのと、岩と山の樹木が
いいのが特色だ。五時昇仙峡出発し、又国道八号線を
上る。日はとっぷりと暮れて、峠の家一軒ない淋しい路を
ヘッドライトで透ふてゆく。やがて又八合目位のところで又エ
ンヂンの故障だ。泣きたくなる。それもどうにかなほって、
やがて頂上にかかる頃には恰度澄み切った山空に十五
夜の月が差しのぼって、何んとも云へぬ清らかな気持
だ。七時半河口湖ホテルに着いた。先づ入浴して飯に
した。このままなるには惜しく永井君と二人で湖畔を散
歩した。滿月の空には雲ひと切もなく、湖上に舟を
浮べて、月光にくつきりと浮き上った富士山を賞する人
もある。
翌くる日は五時に起きて、外に出る。湖面からいちめん
に水蒸気が立ちのぼってゐる。風のない湖に逆富士が
映って、釣竿を置く人が二三人ゐた。
八時出発。精進湖迄四十分かかった。向ふ岸へ
渡船でわたる。馬に乗って精進パノラマに昇る。一時
間で頂上に達し、あたりをみると、本栖、精進、西湖、
河口湖が見下せる。幾千年といふ昔からの水を碧く
湛えて、深い湖は眠ってゐる。
十一時半出発、山中湖を一覧して、かご坂峠の険を下
って御殿場へ出て、長尾峠をのぼり箱根塔の沢の福住
へついたのが三時だった。漸く落着いた温泉宿の人となる。
それでも時間の都合で二時間しかそこにゐられなかった。
五時出発。八時歸京。
休日二日續はこうして暮れた。自動車走行哩二百
八十哩、一台四十五円だった。
(後略)

(昭和九年 一九三四年九月二十六日 日記より)

#ハドソン自動車 #富士五湖 #昇仙峡 #福住楼 #自動車
#クラシックカー



           ↑ この旅の写真と思われる。







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