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芥川賞候補作ぜんぶ読みました(23年下)

3年前から「芥川賞候補作をぜんぶ読んで予想する」企画をかってにやっており、ありがたいことに好評なので、今回もやります。

今回の候補作は、公式サイトによるとこちら。

安堂ホセ(2回目の候補)『迷彩色の男』文藝秋季号(206枚)
川野芽生(1回目の候補)『Blue』すばる8月号(200枚)
九段理江(2回目の候補)『東京都同情塔』新潮12月号(216枚)
小砂川チト(2回目の候補)『猿の戴冠式』群像12月号(202枚)
三木三奈(2回目の候補)『アイスネルワイゼン』文學界10月号(219枚)

https://bungakushinko.or.jp/award/akutagawa/index.html

候補になった回数および枚数は知るひとぞ知るこちらのサイトから引用しました。

だいたい毎回新人賞(下期なら文藝賞・すばる文学賞・新潮新人賞)の受賞作が1作ぐらいはスライドしてくるんですが、今回はその枠がありませんでした。また、ふだん小説を書かれない方の枠もあることが多いのですが、今回はなかったと思います(川野芽生さんは歌人ではありますが、小説もがっつり書かれているので)。候補のうち4人が過去にも候補になった方、かつ、枚数がどれも200枚越えということで、読み終えたいま思うのは、レベルが高い回だという印象です。5作とも読み応えがすごくあった。

五大純文学文芸誌のすべてから候補が出ている点も見どころです。ちなみにそれぞれの新人賞の傾向を見るかぎり、誌の特長として以下の要素を評価する傾向があるように思います。

文學界…パワーと才能
群像…芸術性とセンス
新潮…筆力と不遜さ
文藝…時代性とサブカル
すばる文学…愛らしさとエンタメ

個人の勝手なイメージですが。今回の5作を読んでてもこれを感じることはありました。

あと5作読んでて思ったのは「いい作品は『発火』する瞬間がある」ということです。そしていったん火が点いてしまえば、読者はこまかい粗は気にならなくなる。スポーツでいうゾーンとか、漫才でいう跳ねてる状態に近いのかもしれません。小説ではいつ・どのようにして・どういう「発火」を起こすかが重要な要素なのかもと思ったりしました。

ではさっそく、予想です。

本命:小砂川チト『猿の戴冠式』
対抗:三木三奈『アイスネルワイゼン』
大穴:なし

本命と対抗の2作が争うと思っています。しかしほか3作もじゅうぶんにありえます。そういう意味で、大穴は「なし」にしています(3作とも大穴ともいえる)。

読んだ順にコメントしていきます。

三木三奈『アイスネルワイゼン』

パワー…A
芸術性…B
筆力…B
時代性…C
愛らしさ…B

最初に読んで「あっこれが受賞やな」と思いました。ただそれは読み終えたときの感触であって、読み始めてしばらくは、どうにももったりした会話文に食傷気味。会話文を多くするテクニックはありふれているし、それがこれといって効果を出しているように読めませんでした。が、さまざまな登場人物が入り乱れていくあたりから、どうも面白くなってくる。人物描写がうまい、とりわけ、いやな人物を描くのが抜けてうまいんです。読んでるほうが苛々してくる。エンタメとくらべて、純文学は「いやな」読後感をどちらかというと与えるものだと思うので、その点で成功しているといえる。人間を描くのが純文学なら、人間なんて畢竟いやなものだという割り切りすら感じる。それによって、主人公の人間性だとか、優のような善人も浮きだってくる。かっちゃんがXXXXしたあたり、作品のタイトルがなんなのか明かされたあたりが、「発火」した瞬間だったんじゃないでしょうか。そこから結末に向けて、作品が加速するまま、落ち着かなく終わるあたりが見事だと思いました。ただ、やはり前半がもったりしていた(このあたりは、会話文が作ったものであるようにも読めます)ところと、オチのキャリーケースは最初はいいなと思ったけど、振り返ってみればベタなようにも思えたので、その点で差し引き、本命には推しませんでした。

川野芽生『Blue』

パワー…C
芸術性…D
筆力…C
時代性…A
愛らしさ…B

すばるの「トランスジェンダーの物語」という特集に寄せられた作品なので、その内容になっています。わかりやすく、よくできていて、社会的意義のある、読めてよかった作品でした。ただ、「あらすじをほぼ完全に説明できてしまう」のは、純文学としてはどうかなあ、と。また社会的意義についても、おおむねは「説明」によって与えられたので、小説的機能の技量をあらそう賞として判断するならば、評価しづらいです。あと、真砂以外の人物を書き分けできていない点も、解決すべき課題だったんじゃないかなと思いました。前半の会話文が多い文章も『アイスネルワイゼン』と同じことを言うようですが、あまり効果を感じられませんでした。ただこのあたりは「芥川賞候補作としてどう評価するか」という文脈であって、作品としては素直によかったと思います。「発火」する瞬間としては真砂の名前が変わるところなどあって、受賞するしないにかかわらず、芥川賞候補作にこれが選ばれた社会的意義はあると思っていて、受賞しても、私はこれを読んだ一読者としてうれしいし、おめでとうを言いたいです。

九段理江『東京都同情塔』

パワー…A
芸術性…A
筆力…A
時代性…B
愛らしさ…D

文學界新人賞出身の作家の才能は、前述の三木三奈さんしかり、今回はいらっしゃらないけどまえに候補になった年森瑛さんしかり、おそろしいですね。九段理江さんも、今回の掲載誌は新潮だけど、出身は文學界です。視点人物を変えるのって、文体が書き分けされてないことが多いのですが、『東京都同情塔』はしっかり書き分けされているあたり、ふつうのことといえばそうなのかもしれないけれど、率直に筆力の高さを感じました。東京オリンピックのスタジアムと掛け、犯罪者(作中の言葉にあずかれば「ホモ・ミゼラビリス」)を収容する塔をモチーフにするあたりも見事。棘のように刺さるような文体と相まって、読後にいちばんインパクトがあったのはこの作品かも。ただ細かいところを見れば、バベルの塔的に「言葉」をテーマにしたわりに、塔と「言葉」がそう密接にリンクするわけでもなく、「言葉」というテーマの消化がよくあるSNS批判とか言葉狩りのようなものにフォーカスされていたので、雰囲気に流れてるような気がしました。冒頭の「『頭が狂ってる』と言うと、精神障害者に対する差別表現とも受け取られかねない」のあたりも、どのぐらい意識的に書いてるのか、そういう些末な点で、いくつか疑問ののこる作品ではあります。「発火」する瞬間はなかったですね。よくもわるくも淡々とした作品でした。

安堂ホセ『迷彩服の男』

パワー…C
芸術性…A
筆力…B
時代性…B
愛らしさ…A

いつのまにか「発火」していてずっと燃えながら読んでいたような印象です。前作とモチーフが近いのでどうかなと思ったけど、ちゃんと新作に仕上げてる。むしろ前作がなかったかのような、新生・安堂ホセのデビュー作みたいな、にわかに緊張したよそおいで現れました。とにかくうつくしいから、私は途中から意味を追いかけることを放棄してしまって、ただただ嘆息しながら作中世界に浸るしかなかった。「どう読めばひとは気持ちいいのか」知っているひとの文章だと思いました。候補作5作のなかで「このひとにしか書けない」を一番感じさせたのは本作だ、とも。受賞作として予想はしませんでしたが、そんなことどうでもよくなるというか、どっちにしろそう遠くなく安堂ホセは文芸界隈に、社会に欠かせない人物になると思います(もうなってるかも)。審査員もこれを読めば「ホセはええやろ」とかなるんじゃないかなとか思ったり。

小砂川チト『猿の戴冠式』

パワー…A
芸術性…A
筆力…A
時代性…B
愛らしさ…A

なんか…読んでるときにふと「カズオ・イシグロとか遠藤周作のほうが面白いな」とか思っちゃったんですよね。そう感じた時点で、これが受賞するんじゃないかと思いました。小砂川さんは群像出身ですが、それだけあってやはり芸術性が高い。今回候補になった5作のなかで抜けていると思います。それでいて読みやすさを備え、エンタメ性もある。無敵かなと思いました。猿についての描写が面白すぎて、そうそうに「発火」するんですけど、正直競歩の描写に切り替わったあたりで一度くすぶりました。え、この物語、どこへ行くんだ、みたいな。正直、滑ったかな、と思いました。が、これを前半の猿の流れに紐づけてちゃんと拾う。そしてさいご猿とともに歩くような二人称のようなくだり、ふたたび「発火」してからのさいごまでの怒涛の流れが見事でした。ほかの作品はミスがあるように読めたんですが、本作はミスらしいミスがない。完成度の点でも、この作品を受賞作に推したいです。なにより、私はこのうつくしい作品を多くのひとに読んでほしい。

というかんじで、予想記事でした。なんとなく「パワー」「芸術性」「筆力」「時代性」「愛らしさ」の5項目で評価してみたけど、これが受賞作予想に結びついているというよりは、試しにやってみたぐらいのものです。「時代性」なんか、あったほうがいいのかわるいのか、わからないし。あと、今回は「言葉」をテーマに据えた作品が多いように思えて、それもある種の「時代性」なのかなと思ったり。わるくいえば「言葉」の危機ですよね。文芸界隈から出てくるテーマは往々にして社会のSOSですから。

しかしすべて読み終えるとさびしいですね。文芸誌で読むと、結末が近づくと広告が入るんですが、それを見るたび「ああ、もう終わりなのか」とものがなしくなります。今回はそのものがなしさを感じられる作品ばかりだったので、たのしかったです。

芥川賞の発表は1月17日(水)だそうです。例年どおりなら、ニコニコ動画およびYouTubeで生中継されるんじゃないでしょうか。たしか16時ぐらいから選考会がはじまって、はやければ17時ぐらいには、おそくても20時前には結果が貼り出されます。黒板に紙が貼られる瞬間のドキドキ感もよいものです。正座してたのしみに待ちます。

ちなみにいつも勝手に宣伝させてもらってるんですが、大滝瓶太さんたちの有料配信というものがあって、そこでは数時間にわたり予想とか、読み方がじっくり語られるので、いつも勉強になっています。ぜひぜひそちらも楽しんでみてください。ほか、いろんな方が予想されているはずです。私もそちらを観たり読んだりするのが楽しみです(今回から豊崎由美さんたちのYouTubeがないので残念ですが)。

大滝瓶太さんたちの有料配信はこちら。1月13日(土)20時開始ですが、1月17日(水)18時までは見逃し配信されてるみたいです。ただリアルタイムで観たほうが、質問とかできてお得みたいです。

ではでは1月17日(水)、たのしみにしてます!!

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