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訳者解説:『UXデザインの法則』を読む

『UXデザインの法則 最高のプロダクトとサービスを支える心理学』が5/18に発売になります。

この本はJon Yablonski氏のLaws of UX: Using Psychology to Design Better Products & Servicesの邦訳です。

このnoteでは、訳者の一人が翻訳をしながら考えたことや活用のポイントなどを語っていきます。

どんな本か?

「UXデザインの法則」では、UXデザインに活用できる10の心理学法則を取り上げています。

それぞれの法則を起源までさかのぼり「なぜそうであるべきか?」を紐解いている点が特徴です。

また、法則活用における倫理的観点やデザイン原則の作り方についても章が割かれていることから、個人だけでなくチームでUXデザインを実践するうえでも活躍を期待できます。

データがないとき、あなたはどうする?

著者のJon Yablonski氏は、「はじめに」の中でLaws of UXをまとめるきっかけになったエピソードを披露しています。

わたしは以前デザイナーとして、あるクライアントとの非常に挑戦的なプロジェクトに取り組んだ。(中略)このプロジェクトにはそれまでにない特徴があった。デザイン上いくつもの意思決定を、データの裏付けもなしにプロジェクト関係者に納得してもらう必要があったのだ。いつも通り定量ないし定性のデータがあればスムーズに進められる。だがこのときは使えるデータがなかったので、納得してもらうためにいままでの方法は採れなかった。
P7

実は僕自身も似た状況を経験していて、翻訳をしながら非常に共感しました。

数少ない手がかりと限られた期間のなかでデザインについての意思決定をし、それを適切に周囲に説明しなければなれない状況って多いのではないでしょうか。

本書に興味をお持ちの方の多くも、具体的な状況は違えど、同じような経験があるのではないでしょうか。

昨今リサーチやデータ活用への注目の高まりを感じますが、合わせて改めてセオリーへの理解を深めることで、スピード感が求められる時代における体験設計を有効に進められるのではないかと考えています。

本書で取り扱う10の法則

本書の元となったLaws of UXのウェブサイトでは20の法則を紹介していますが、書籍ではそこから10個の法則を取り出して掲載しています。

ヤコブの法則:ユーザーは他のサイトで多くの時間を費やしているので、あなたのサイトにもそれらと同じ挙動をするように期待している。
フィッツの法則:ターゲットに至るまでの時間は、ターゲットの大きさと近さで決まる。
ヒックの法則:意思決定にかかる時間は、とりうる選択肢の数と複雑さで決まる。
ミラーの法則:普通の人が短期記憶に保持できるのは、7(±2)個まで。
ポステルの法則:出力は厳密に、入力には寛容に。
ピークエンドの法則:経験についての評価は、全体の総和や平均ではなく、ピーク時と終了時にどう感じたかで決まる。
美的ユーザビリティ効果:見た目が美しいデザインはより使いやすいと感じられる。
フォン・レストルフ効果:似たものが並んでいると、その中で他とは異なるものが記憶に残りやすい。
テスラーの法則:どんなシステムにも、それ以上減らすことのできない複雑さがある。複雑性保存の法則ともいう。
ドハティのしきい値:応答が0.4秒以内のとき、コンピューターとユーザーの双方がもっとも生産的になる。
(P10)

どれも知ってるよ!という熟練者の方も多いかと思います。

そういった方々にも本書を手にとっていただきたいので、以下にポイントをお伝えしていきたいと思います。

なぜそうなのか?がわかる

本書では、1章ごとに1つの法則を取り上げ、それぞれポイント・概要・起源・事例・結論という構成で詳述されています。

起源では各法則のベースとなった論文が紹介されています。この項目によって、経験則として有名な法則たちのなぜそうなのか?を正しく理解できます。

同時に、事例ではFacebookやInstgramなど身近なサービスを引きながら説明しているため、原理と応用を紐付けて理解できる構成になっています。

また、要所要所で各法則に関連する概念や論点が差し込まれています。例えば、ヤコブの法則を「要は他のウェブサイトと似せれば良いんでしょ?」といった理解でとどまらないよう、メンタルモデル同質化についての説明を交えて、なぜそうなのか?に踏み込んでいきます。

他にも認知バイアス認知負荷といった主要な心理学上の概念から、カスタマージャーニーマップペルソナカードソートといったお馴染みのツールについても簡潔な説明があります。

多くの場合、デザインについての意思決定は、ステークホルダーとのコミュニケーションの中で下されていきます。

UXデザインについての理解にばらつきがあるメンバーたち(初学者や他分野のスペシャリスト)に対してなぜそうしたのか?を説明することに難しさを感じた方も多いのではないでしょうか。

そんなときに本書の簡潔さが大きな助けになるのではないかと思います。

力には責任が伴う

本書の11章は力には責任が伴うというタイトルです。

10の法則に限らず、行動経済学や心理学の知見をデザインに応用することは大きな力を手に入れることであり、そこには責任が伴います。

本書を手に取ると、ダークパターン社会的肯定感報酬設計など、倫理的配慮が必要とされるポイントや倫理的観点をデザインプロセスに組み込む方法も把握できます。

個人的にはこの章の「良かれと思ったことが思わぬ結果に」という箇所が印象的でした。設計者は必ずしも最終的に引き起こす結果まですべて見通し、悪意をもって設計したわけではない。

しかし、デジタルプロダクト・サービスはすでにインフラであり、多くの人の行動に影響を良くも悪くも与えているということ。設計者はそのことを認識し、自分たちの決定がどのような影響を与えるのか、意識的になるべきだという話です。

思い起こせば10年ほど前、初めて行動経済学の本でナッジという言葉に出会い、設計者の意図通りに人を動かせるなんてすごいなぁ、と素朴な感想を持ったものです。

しかし、そういった無邪気さはすでに消え去り、設計者自身が影響力を自認し、コントロールすべきだという認識に変わりました。そんな思いを訳者あとがきにそっと忍ばせてみました。

翻訳版の副題「最高のプロダクトとサービスを支える心理学」の「最高のプロダクトとサービス」とは、規模や収益性だけでなく、倫理的観点からも優れたプロダクトやサービスのことだと考えています。(P156)

法則をデザイン原則として活用するために

最終章となる12章では、心理学法則を活かしたデザイン原則の作り方を紹介しています。

デザイン組織が成長するにつれて、すべてのデザイン上の意思決定を一人に集約するのは困難になってきます。

また、顧客の体験という視点に立てば、タッチポイントはプロダクトに限りません。

体験の質を高めるために、チーム全体で良いデザインについての共通理解やデザインの原則をつくる方法が不可欠になってきます。

最終章ではデザイン原則の作り方を提示しています。この通りやればうまくいく、というガチガチなフレームワークというよりも、基準となるステップの提示になっています。

個人的にはこのほどよいステップ感が良いと感じています。実行に移す際にはチーム規模やサービスの状況など、いろいろな要素を考慮する必要があるでしょう。

その際に、この「ほどよさ」は現場にあったプロセス設計の助けになるのではないでしょうか。

最後に

本書は10の心理学法則+倫理的な議論+デザイン原則の作り方という構成になっており、カラーで図版も多く、160ページのコンパクトさで親しみやすさもありつつ、起源や事例など深さも持ち合わせています。

熟練者の経験則をチームでの共通原則へと転換できる1冊です。

デザイナーであるかどうかに関わらず、プロダクトやサービスをつくるすべての方にとって有効な実践書となることを願っています。


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