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映画「竜とそばかすの姫を読み解く」 後編 ―登場人物たちの謎めいた行動の理由―

映画「竜とそばかすの姫」、ネタバレ解説の後編です。

必ず、前編・中編を読んでから、後編をお読みください。



※以下ネタバレ注意 
なぜ鈴は1人で助けに行ったのか?

この映画に対する批判でおそらく最も多いのは、虐待された子どもを助けるのに、なぜ女子高生1人に向かわせたのかというものです。

現実の問題としては、これは当然理解できるポイントです。また、現実の虐待について私は何らかの形で擁護するつもりは一切ありません。

ただし、この物語の中では、「虐待」は問題の本質ではありません。そして、一人で東京に向かうことを選択したのが鈴本人であることは、駅まで送ったご近所さんの会話からもわかります。

「一人で大丈夫かねえ」
「鈴が自分で決めたことだから」

なぜ鈴は一人で向かったのか。鈴が救いたかったのはケイの魂であり、それができるのは秘密を分かち合った彼女だけだからです。

なぜ兄弟の父は彼女を殴ることができなかったのか?

ケイ・トモの兄弟と出逢った鈴は、兄弟の父に引き剥がされ、殴られかかります。

しかし、何も言わず、ただまっすぐ顔を見て立ち向かう彼女を、彼は何度も殴りかかろうとしますが、どうしても拳が出ず、最後にはへたりこんで逃げてしまいました。

この現実的には起こりそうもないシーンを、私たちはどのように解釈するべきでしょうか?

一つの解釈としては、力によって周囲の人間を押さえつけ、それを正義と秩序で正当化している人間として、自分を恐れずまっすぐ立ち向かう人間に、彼は底知れぬ恐怖を感じたのかもしれません。

それはありうる解釈ですが、もう一つの可能性を私たちは考えることができます。彼もまた<U>の住人であって、目の前にいるのがベルのオリジンであることに気がついたという可能性です。

実のところ、ジャスティンと兄弟の父は、ある種の構造的・精神的なパラレルとして描かれています。すべてを<アンヴェイル>の光の下にさらけ出そうとするジャスティンと、母・妻が死んでも明るく生きていく姿を見せようとする父。<U>の中で祭壇を燃やすジャスティンと、現実世界で薔薇が捧げられた花瓶を壊す父。

さらに言えば、殴ろうとする場面で強調される腕時計は、ジャスティンが持っている腕の「アンヴェイル」装置と似ています。また、秩序が必要であると説く精神性も似通っています。

そうすると、ジャスティンのオリジンは、実はケイ・トモの父である可能性もありうるのです。実際、ジャスティンの父は、兄弟の隣の部屋で「在宅ワーク」をしていることになっており、<U>における秩序の体現者として多額のスポンサー収入を得ていたとしても、矛盾はしません。

そうすると、ベルが歌っているときに、ジャスティンのスポンサーが一斉に降りるシーンがありますが、それも虐待動画がネット上で拡散されたことが原因である可能性が出てきます。

ジャスティン=ケイ・トモ父であるならば、彼が鈴=ベルに手を出せなかった理由は理解できます。アンヴェイルの瞬間、もっとも間近にベルの本当の顔を最も間近で見たのがジャスティンだったからです。

子どもたちを護ろうとして目の前に立ちふさがるのが、ベルのオリジンであることに気づかない訳はありません。もしそうだとすれば、彼の反応は極めて自然です。ベル=鈴は、アンヴェイルの力をもってしても潰れなかった唯一人の人間です。そして、彼女は、<U>において最も注目される存在であるだけでなく、何億の人間の共感を得ているのです。これでは、とても手出しできません。

もしこの仮説が正しいなら、鈴とケイ・トモの父の対決は、すでに<U>の中で起こった出来事の再現ということになります。

ベルは、ジャスティンのアンヴェイルの力を利用して、鈴とベルの身体をリンクさせ、<現実世界>と<U>に接点が発生しました。

その瞬間、ジャスティンは<U>の側から、ベルの向こうにいる<現実世界>の鈴の素顔をのぞき込みました。そして、今度は彼は<現実世界>の鈴の向こうに<U>のベルを垣間見て、負けを悟ったのです。

目の前にいるのがベルのオリジンであることに気がついた時、彼は自分の息子こそが、自分が戦ってきた竜であることにも同時に気がついたはずです。ベルが命がけで戦い護ろうとしている相手は、竜に違いないからです。そのことに気がついた時、恐慌状態に陥るでしょう。そう考えると、最終的に彼が、へたり込んで逃げ出したこととも辻褄が合います。

なぜケイは、現実に立ち向かうことを決意するだけで良かったのか?

ただ、以上の仮説が正しかった場合でも、あくまでジャスティン=兄弟の父の内面での出来事です。鈴も、ケイ・トモも、彼がジャスティンであることに気がついていないはずです。

そう考えると、鈴が一人で父親に立ち向かい、ケイもハッとして戦うことを決意して、それで一件落着したことになっているのは、現実的な解決としては無責任なようにも思えます。

ただし、そう思ってしまうのは、私たち観客が、ケイを庇護されるべき子どもと見なしているからとも言えます。

たとえば、鈴は現実世界では、自分に自信がなく、他人とコミュニケーションがうまくとれない女子高生でした。そんな鈴は、<U>において、他人の魂に響かせる比類なき声をもったディーバとなりました。

どちらが本当の彼女なのでしょうか?鈴こそが本物であり、ベルは偽物だったのでしょうか?そうではありません。潜在的な可能性を引き出される<U>においてこそ、現実の姿に隠されたその人の本質が表われているとも言えるのです。

そうだとするならば、ケイを庇護されるべき虐待された子どもとみなすべきではありません。竜は<U>において、誰も打ち破ることができない力を持っているのです。それが彼の潜在能力ならば、ケイが現実に立ち向かうためには、自分が竜であることに気がつくだけで良かったのです。

少なくとも、鈴はそのように考えたのではないでしょうか。

ケイは、鈴が父親に立ち向かう姿を見て、母を亡くした傷が癒やされました。彼は、母親に見捨てられ、世間にも見捨てられたという傷を抱えています。しかし鈴が身体を張って父親に立ち向かうとき、そして自分が抱きしめられたとき、自分が見捨てられていないという感覚を得ることができました。そのとき、彼は自分の傷を克服し、自らの本質に目覚めるのです。

二人の父親と心の傷

その後ケイは、どのように父親に立ち向かったのでしょうか。それについては、物語の中では一切語られることはありません。ここから先は、どうしても想像の世界になってきます。

ただし、鈴との出逢いを経た彼が、普通の意味において―つまり純然たる悪を退治するというような意味で―父と戦ったとは、私には思えないのです。

そもそも竜に最初に立ち向かった人間はベルでした。<U>における絶対悪的な存在である竜は、自分に近づこうとするベルを拒絶しつづけていました。しかしベルは彼に立ち向かい、その秘密を分かち合い、そのオリジンを見つけ出し、そして彼の魂を救ったのです。

ジャスティンも、兄弟の父親も、わかりやすい正義の味方という外見を持ちながらも、目的のためには手段を選ばない悪人として描かれています。しかし、竜が人知れぬ苦しみを抱えていたのと同じように、その父もまた癒やされぬ傷を抱えているのではないか。

そのように考えを深めてみた方が有意義でしょう。

別の角度から考えてみましょう。鈴の父親もまた、鈴を気にかけながらも、うまく娘とコミュニケーションを取ることができませんでした。親娘のわだかまりが解けたのは、鈴が東京に向かう夜行バスの中でのチャットでした。「鈴は、お母さんに育てられて、こんなに優しい子に育った」と彼が言ったとき、癒やされたのは娘だけではなかったはずです。父の方もまた、妻を亡くして、深く傷ついていたのです。そして娘の中に、母の精神が生きていることを実感し、彼の傷もまた癒やされたと考えるべきです。

だとするならば、ケイ・トモの父親もまた、妻を亡くして傷ついているのではないでしょうか。ただし、自分と息子たちの傷に対する対応が、鈴の父とは真逆です。鈴の父は、娘を気にしていつも声をかけながら、自然に受け入れる時がくるのを待ち続けました。それに対して、ケイ・トモの父は、自分が傷ついていることも、息子たちが母を想って悼むことも、決して認めようとしません。それが、ほぼ同じ境遇にありながら、2人の父、2つの家族を根本的に異なるものにした本質でしょう。

なぜ虐待が起きたのか

ともあれ、なぜケイ・トモを虐待するのでしょうか?それは妻の死とどのように関わっているのでしょうか?それもまた、私たちの想像力にゆだねられています。

ただし、作中に、いくつかのヒントはあります。

まず、竜が<U>に表われた当初は、背中の傷はここまでなかったという証言があります。そのことは、妻が亡くなってから虐待が始まった、あるいは少なくとも大幅に激化したということを示唆しています。

また、前編で書いたことですが、ケイは、自分の母親に見捨てられたという怒りを抱いています。そのことは、母の死が通常の死ではなかったということを示唆しています。

これらのわずかな手がかりから、何通りかあり得る可能性を考えてみたのですが、今のところ、個人的に最もしっくり来る推測を書きます。

ケイ・トモの母親の死因は、病死でも他殺でもなく、自殺だと想われます。だからこそケイは母の死を深く悲しみながらも、自分が見捨てられたという怒りも同時に抱えているのです。

その死の原因として最も考えられるのは、夫との関係です。正義と秩序の体現者である夫に耐えかね、無価値感に苛まれて、自らの命を絶ったというのが自然です。

夫は、自分が妻を死へと追いやったことを理解できません。「精神に闇を抱えたために自ら死を選ぶことになった」と解釈することで、自分の傷と疚しさを否認しています。だからこそ、息子たちに正しく生きることを押しつけ、妻と同じ「心の闇」を抱えることを許さず、亡き母を悼む気持ちを踏みにじるのです。

さらに言えば、彼がジャスティンでもあるならば、ベルに邪魔をされて竜を退治できない苛立ちが、自分の息子たちに向かったという要因はありそうです。

以上が兄弟が受けた虐待の構造的原因ではないかと私が推測するものです。

もちろん、実際のところはわかりません。繰り返し映像を観て分析できる状況になれば、もっと具体的な手がかりをもとに緻密な考察ができるかもしれません。

ただ、この物語について、確実に言えることがあります。

それは、虐待するケイ・トモの父もまた、人には語ることができない傷を抱えて生きており、その傷が癒えなければ本当の意味での解決はありえないということです。

そして、それができるのは、おそらくケイだけなのです。ケイが「自分一人が耐えれば済む」と言って虐待を甘んじて受け入れるのは、父もまた傷ついていることを知っているからではないでしょうか。

現実の向こう側の想像力

大事なことなので繰り返しますが、これは物語の深層構造についての推察であって、現実の虐待問題について語るものではありません。物語の中の極めて特異な家族の事例が、一般の虐待問題に敷衍できるはずもありません。

さらに、いかなる意味においても、現実の虐待を肯定するものでもありません。

ただ私は、「竜とそばかすの姫」という作品の神髄を伝えたいだけなのです。

あまりにも多くの人が、シナリオに不可解なところが多いとこの作品を批判しています。その根本的な原因は、竜とベルの二人が分かち合った「秘密」とは何かが。観客にも秘密のままだからです。映像や歌にはたくさんのヒントがちりばめられますが、それが何かは言葉では明確に語られません。

しかし、その「秘密」とは何か、観る者が腑に落ちたとき、鈴をはじめ登場人物たちの行動の謎が解け、物語の深層構造が見えてくるのです。その謎を解くことによっていわば私たちは、歌を通して母の死を理解したときと同じベル=鈴を追体験できるのです。

単なる観客=傍観者ではなく、鈴=ベルを生き直すこと。それこそが、あえて「秘密」を語られないまま残した、この作品の真価だと想います。

それをあえて言語化する私は、かなり無粋なのでしょう。しかし私は、その真価が伝わらないのはもったいないと想ってしまうのです。

確かに、世の中には色んな物語が溢れています。その中には、教訓や示唆に富んだものがたくさんあります。私たちはそうしたものをを観たり読んだりして、「いい話だった、自分の生き方を改めよう」といっときは考えるでしょう。しかしまた、他人の行動を批判したり論評したりする日常に戻ります。

「竜とそばかすの姫」はわかりやすい教訓物語ではないのです。他者の語られぬ謎を謎のまま残します。それが少しずつ腑に落ちていく感覚を通じて、何日も何年もかけて、理解が進んでいきます。その経験を通したとき、私たちは世界を元通りのものとしては観ることができません。

人は、他人の行動が理解できず不快に思うとき、好き勝手に解釈して貶めて理解した気になって済ませます。他人にレッテルを貼り、罵詈雑言を投げかける言葉が溢れているのは、インターネットでも現実世界でも変わりはないのでしょう。

しかし、私たちがこの物語の謎を自分の中で暖め、ゆっくり解きほぐす時、現実世界の他人の向こうにも、その一人一人の中に語られない秘密と、豊かな精神世界があることに想い至るようになります。

<U>は、たまたま<本当の自分>を可視化できる装置です。残念ながら、<U>はまだ実現されていません。しかし、私たちが生きる実際の世界でも、自分たちが理解していると思っているどんな他人にも、私たちが知らない本質があるはずなのです。

どれほど他人の行動が理解不能に見えたとしても、その人なりの<必然性>と<合理性>があるということ。「竜とそばかすの姫」は、そうしたことを、教訓ではなく、私たち自身の体験として私たちに伝えるのです。

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見出しは冗談です。

妻が、「竜とそばかすの姫」のレビューを私とは別に書いています。映画を観て感想を言い合ったこともあるのですが、書いている間はほとんど意見交換をせずに、ほぼ独立に書きました。

見解は概ねかなり近いのですが、微妙に解釈が違うところもあって面白いと想いますので、ぜひ読んでください。





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