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阪神タイガース、最強チームの組織論①―アレからバモスへ、優勝アレルギーを克服させた共有ビジョン―

はじめに

阪神タイガースの優勝、本当におめでとうございます。そして、ありがとうございます。

バース・掛布・岡田のバックスクリーン三連発の85年。長い長い暗黒時代のあと、星野監督の組織改革のあとの2003年の歓喜。そして岡田監督が作ったJFKと2005年の優勝。

いま、過去の優勝を思い出しているのですが、今年ほど強いタイガースを見たことはありません。

阪神タイガースと「勝つべくして勝つ」組織論

1984年ぐらいから阪神ファンだった私にとって、2003年の阪神優勝は、自分のスポーツ観を根本から変えるほどの衝撃でした。チームは組織力によって勝つという実例をまざまざと見せつけられ、「活躍する選手がいるから、采配が良いから勝つのだ」という常識的な見方が、自分の中で完全に崩れました。

星野監督が勇退した後、岡田監督が就任し、2005年に優勝します。その時の岡田監督のスタンスは、今とは少し違っていて、「監督は何もしないで勝つのが理想だ」というものでした。岡田監督は勝つべくして勝つ組織を創っていったのです。

2022年秋、岡田監督が再びタクトを振ることになりました。そのときの世論は、半分は懐疑的なものでした。
―曰く、岡田彰布は選手に対して厳しい古いタイプの指導者で、チームに緊張感をもたらすだろう。曰く、選手を駒のように扱い、使い潰すに違いない。
このような否定的な論調が多かったのです。

しかしその世論は、岡田監督の実像と大きくかけ離れている、そう私は考えていました。私は前政権で、岡田彰布ほど選手に対する愛情が深い監督はいないと確信していたからです。

岡田監督の野球をみるのが愉しいのは、そこから学ぶことがたくさんあるからです。チームの作り方、人の生かし方、適材適所のあり方。その結果として成長し続ける組織を作っていく、その手腕とその結果をリアルタイムで目撃できる。しかも、それが自分の贔屓のチームである。こんな僥倖はありません。

岡田彰布の夫人・陽子さんは、夫が監督に復帰した理由を「自分が知っている全てを後輩たちに伝えたい」からだと語っていました。

岡田監督が伝えたいこと、それは、野球というゲームの神髄であり、自ら学び成長しつづける組織を創る方法です。

強い野球チームを作る方法は、野球に関心がない人にとっては、とてもつまらないことかもしれません。

しかし、成長しつづける組織を創る方法ならば、普遍的な意味があると思います。特に、未だにビッグモーターやジャニーズのようなブラック企業問題が横行する日本社会において、岡田監督が示すリーダー像は新たな社会の模範とするべき何かががあると思います。

阪神タイガースが成し遂げた組織改革を、阪神ファン以外にもわかりやすく伝える。それがこの一連のnoteを書く理由です。

強くなり続けるチームと、「学習する組織」理論について

岡田監督は今年2月、ある対談で、次のように語っています。

このチームは、4月よりも5月、5月よりも6月、だんだん力つけてくると思う。チームとして伸びる要素がいっぱいある。実績ある選手は少ないけど、自信つけてやれば十分に皆いけると思う。

サンテレビ

強くなり続けるチームという考えは、岡田監督が就任時から一貫して言い続けてきたことでした。

阪神タイガースの組織論は、すなわち、「成長し続ける組織はいかにして可能なのか」という問いでもあるのです。

岡田監督は、クリーンアップ兼選手会長として、1985年に優勝した経験について、次のように語っています。

あの経験は,監督となった私のチーム作り,長いペナントレースをどう戦うのかの野球観に重要な意味を占めた。本当のチームとは変化,対応をしながら身につけていくということである。自分たちで考え,試行錯誤し,方程式を見つけ,成長していくことでもある

求究道(ぐきゅうどう)のプロ野球講義

環境変化に対応しながら、選手が自ら試行錯誤し、考えて、作り上げていくチーム。これが岡田監督の原体験であり、目指すべきチームの姿です。

そして、今年の阪神タイガースは、岡田監督にとっての、理想のチーム作りの具現化であったと言えるでしょう。85年の「一丸野球」の精神が、38年の時を経て、いま再び阪神タイガースに栄華をもたらしつつあるのです。

この組織の在り方は、まさに「学習する組織」と言えるでしょう。

「学習する組織」理論とは、アメリカのシステム論者であるピーター・センゲが提唱した組織論です。

ピーター・センゲが提唱した「学習する組織」理論は、以下の5つの原則を軸に組み立てられています。

  • 共有ビジョン

  • メンタルモデルの克服

  • 自己マスタリー

  • チーム学習

  • システム思考

実際、今年の阪神タイガースで起こった組織改革を見てみると、「学習する組織」理論が、驚くほどよく当てはまることがわかります。

しかし、私はこの理論について、今は抽象的に解説するつもりはありません。むしろ、阪神タイガースの一つ一つのエピソードに焦点を合わせて、その強さの秘訣を具体的に論じていきたいと思います。

そうすることで、結果として「学習する組織」理論が、具体的なイメージをもって理解できるようにしていきます。

阪神タイガースという成功例を、「学習する組織」という普遍言語へと昇華することで、私自身も含めて、多くの人が自分の組織の中で生かしていけるようにすること。それがこのnoteを書く目的です。

阪神タイガースは優勝アレルギーをどうやって克服したか

阪神タイガースが優勝できなかった理由

90年代に長い長い暗黒時代を経験した阪神タイガースですが、星野監督と岡田監督のチーム改革の結果、2003年と2005年にセ・リーグで優勝しました。その後、ほぼAクラスの常連で、17年間で2位が8度あるのですが、なぜか優勝には縁がありませんでした。

たとえば2008年には、2位に13.5ゲーム差をつけながら、北京五輪の影響もあって急激に失速し、巨人に覇者の座を譲ります。
2021年には、一時は2位に7ゲーム差をつけながら追いつかれ、最終戦で破れ、ゲーム差0で優勝を逃したのでした。

阪神タイガースは伝統的にプレッシャーに弱い、優勝を意識すると失速するというのは、長年の阪神ファンにとっては常識です。より正確にいえば、ある種の「優勝アレルギー」、身にしみついたトラウマのようなものとさえ言えます。

NPBに12球団あるチームの中で、阪神タイガースが特別プレッシャーに弱い原因は、はっきりしています。それは、メディアやファン、タニマチの存在です。

関西圏で圧倒的な人気を誇る阪神タイガースが、メディアの中でどれほどの存在感があるのか、他の地方の人にはちょっと想像を絶するものがあります。スポーツ新聞の情報量は、同じ在阪球団であるオリックスの10倍ぐらいのイメージです。

優勝が見えてきたら「あかん、阪神優勝してまう」とめちゃくちゃに騒ぎ立て、ちょっと負ければ「もうあかん、優勝無理や」と意気消沈した論調を煽る。メディアと阪神ファンが一体になって、ジェットコースター的な賞賛とこき下ろしのうねりをつくり、すさまじいプレッシャーをチームと選手にかけるのです。

チームの共有ビジョン① A.R.E.

先に書いたように、阪神タイガースとそのファンの中には、「優勝アレルギー」とさえ言える大きなトラウマがありました。優勝を意識した途端に、チームが失速するのです。

2022年などは、矢野監督が「予祝」と称してシーズン前に胴上げしたところ、開幕九連敗を喫する始末でした。

岡田監督は、阪神に就任後「優勝」というワードを禁句にします。これまでの監督経験で、「言うたら、おかしなことになる」とチームに与える悪影響を懸念してのことでした。

その代わり、「アレ」という代名詞で呼ぶようになります。これは、代名詞を多用して言葉を端折る独特の岡田節との相乗効果で、あっという間にメディアとファンの間に浸透しました。

そして、この「アレ」をベースに、2023年のチームスローガンが「A.R.E.」(エーアールイー)に決まります。

このスローガンには、「個人・チームとして明確な目標(Aim!)に向かって、野球というスポーツや諸先輩方に対して敬いの気持ち(Respect)を持って取り組み、個々がさらにパワーアップ(Empower!)することで最高の結果を残していく」という意味が込められていました(阪神タイガース 2023年 チームスローガン)。

どのような姿勢で取り組めば最高の結果に辿り着くのか、その道筋を示した優れたスローガンです。ちなみに、発案者は岡田監督の賢妻・陽子夫人です(日刊スポーツ)。

チームの共有ビジョン② バモス

アレがチーム公式のスローガンなのに対して、自然発生的なスローガンとして終盤に出てきたのが「バモス」でした。Vamosは、スペイン語で「さあ行こう」という意味です。

阪神ファンの多くが初めてこの言葉を聞いたのは、8月13日のヤクルト戦でしょう。ヒーローインタビューで小野寺暖選手がチーム内で流行っている言葉として、「バモス」で締めたのでした。

このヒーローインタビューをベンチ裏で見守っていた先輩・坂本誠志郎と大山悠輔が、「あいつやったっすねー」「人のバモス取りやがって」バモス泥棒」と言ってる動画を、阪神タイガース公式チャンネルがアップしています。

ヨハン・ミエセス 主役じゃないけど「ソンナノカンケーネー」

小野寺は「原口さんのバモス」と言っている訳ですが、そもそも原口文仁の専売特許というわけではありません。

元々「Vamos」は、今年から阪神に加入したドミニカ出身のヨハン・ミエセスが好きな言葉で、彼のヒッティングマーチにも「バモス!ヨハン!ミエセス」と歌われていました。

また、春の若手合同自主トレに外国人として異例参加したときに、Vamosと練習中に連呼していました(スポニチ

ミエセスは「将来性期待枠」のような外国人で、52試合出場(主に代打、たまにスタメン)、打率.207 ホームラン4本(9月16日現在)という成績です。

もともとシャイな性格で、加入当初はちょっとチームに溶け込みづらそうにしていたのですが、大阪のおばちゃんのような親しみやすい風貌と、野球に対する研究熱心さで、チーム内外ですぐに人気者になりました。基本的に選手を渾名でよばない岡田監督からも「ミエちゃん」と呼ばれて大いに可愛がられ、チームのムードメーカー的なマスコット兼選手となったのです。

リーグ優勝のビールかけのとき、ミエセスは大仏のかぶり物をかぶり、「本日の主役」という襷をかけて登場しました。その時の岡田監督との掛け合いは爆笑モノでした。

岡田監督「ミエちゃん、主役ちゃうよ、今日は」
ミエセス「デモソンナノカンケーネー」
岡田監督「ミエちゃん、成績にちなんだ暴れ方をしてください」

Vamosがチームの合い言葉になった経緯

ミエセスのVamosがどうして、チーム終盤に合い言葉になったのでしょうか。

もともと、阪神では試合前円陣の声出しは日替わりで、ただし前の試合で勝利したら続けて同じ人が行うという習慣でした。今年の阪神は大型連勝が多かったので、その間は同じ選手が声出しをすることになります(5月の連勝時は森下翔太でした)。

8月3日、代打の切り札、チーム最年長の原口文仁が声出しを担当し、最後に「バモス!」で締めました。そうすると、チームは再び連勝街道に乗り始めたのです。最初は原口が一人叫んだ「バモス」が、だんだんチームメイトが心待ちにし、声をあわせていき、いつのまにか1つの「チームの形」になっていったのです。その過程が、公式チャンネルからつぶさに見て取れます。

チームの快進撃とともに、基本は日替わりだった声出し要員が、完全に原口に任されることになりました。体調面での制約(2019年に大腸ガンの手術を受けている)から、スタメンレギュラーでの活躍は難しい原口ですが、おのずとチームの精神的支柱となっていき、それと同時に「バモス」が完全にチーム共通の合い言葉になっていったのです。

AREとバモスが阪神タイガースにもたらしたもの

チーム公式スローガンのA.R.E.と、自然発生的にうまれたバモス。この2つのイメージは、おそらく相互補完的です。目標としてのアレへ向かって歩みを進めるというイメージではないかと思います。

アレが到達点なら、バモスはそれを自分たちで引き寄せる主体的な行動です。最初は監督から提示されたアレという目標ですが、そこにどのようにプレイすれば近づけるかを日々のゲームの中で学び取っていき、自分たちの一部になった時に、それが「バモス」という言葉になったのでしょう。

それは、岡田監督が「普通にやればええんよ」と言いつづけたように、浮き足立たず、自分たちの野球を続けることで優勝をたぐり寄せるのだという自己認識でもあるのです。

原口がバモスTシャツを自腹で作ったところ、チームメイトがみな欲しがりました。チーム全員分のTシャツが出来上がったのが、9月14日、優勝を決めた日だったのです。

原口が声出しを担当した8月3日から、34戦28勝6敗、勝率.823という圧倒的な強さ最後は11連勝を成し遂げて、リーグ優勝を決定しました。球団史上最速、セ・リーグでも史上3番目という早さでした。

阪神タイガースの「優勝アレルギー」は、このようにして乗り越えられたのです。

アレは不要になったが、バモスが根付いた

原口文仁の試合前の声出しで私が愛おしいと感じるのは、前日の試合で勝ったときに、「ありがとうございます」と言って、チームメイト全員とコーチが互いに帽子に手を当てて軽く頭を下げるところです。

優勝が目の前に近づくと、「自分が何とかしなければならない」と、気持ちが空回りすることがよくあります。でも、毎日の声出しで「ありがとうございます」と声かけをすることで、自分たちは一人で戦っているわけではなく、互いに支え合い助け合い、1つの目標に向かっているということを思い出させてくれます。

「バモス」もまた、「さあ行こう」というかけ声であり、仲間とともに向かうという精神がこめられています。

今の阪神タイガースでは、代打や代走、控え選手にも、チームの一員として、重要な役割が与えられています。それだけではなく、プレイで貢献できなくとも、選手自ら別の仕方でチームを支える方法を模索してきました。その結晶が「バモス」であり、「アレ」以上に今季の阪神タイガースを象徴する言葉です。

セ・リーグ優勝という目標に到達した阪神にとって、もはや「アレ」という言葉は不要になりました。でももしかしたら、「日本一」を表す代名詞は不要なのかもしれません。なぜなら、優勝アレルギーが払しょくされ、「アレ」が役目を終えても、「バモス」がチームの中で息づいているからです。

今回のまとめ

  • 阪神タイガースが優勝できなかった理由は、「優勝アレルギー」にある。

  • 「優勝アレルギー」は、メディアとファンによるプレッシャーからもたらされる。

  • チームの共有ビジョンを創りつつ、優勝アレルギーを避けるために、「アレ」という代名詞を岡田監督が導入した。

  • 終盤戦、「アレ」を目指して戦うことを意味する、「バモス」という動詞がチーム内から創発されてきた。

  • 「バモス」には、「日々自分たちの野球をやる」「お互いに支えあい、一つの方向に歩む」という意味が含まれている。

  • 「バモス」は、ミエセス・原口2人の非スタメン選手の、チームに対する精神的貢献から出てきた。

  • レギュラー選手でなくても、それぞれの選手が自分に出来ることを探して、チームに貢献をしていく姿勢が浸透したことが、阪神タイガースが強い組織になった理由の一つ。

おしらせ

阪神タイガース、最強チームの組織論はしばらく続きます。たぶん、6本か7本ぐらいになると思います。ぜひマガジン登録をお願いします。

今シーズンが完全に終わるぐらいまでをめどに、無料公開の予定です。

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