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阪神タイガース、最強チームの組織論②―負のスパイラルを断ち切る!岡田監督の組織運営術―

岡田監督は主軸をどう選んだのか

メディアとファンの巨大な波に翻弄される阪神の選手

阪神タイガースはAクラスの常連でありながら、どうして18年ものあいだ優勝できなかったのか。

前回のnoteで、私はその最大の原因は、関西のメディアとファンが生み出す賞賛と非難の巨大な波にあると指摘しました。それが巨大なプレッシャーとなって、一種の優勝アレルギーを産みだしていたのです。

今回のnoteは、この巨大な波を、チームとしてどのように乗りこえてきたのかという話です。阪神タイガースでは、新人がほんの少し活躍すれば、大スター持ち上げられ、タニマチがついて選手を勘違いさせます。そして、ちょっと結果が出なければ、手のひらを返したように凄まじいバッシングがくるのです。こうして、何人もの選手が、波にのみこまれ、潰されてきたのです。

大山と近本、「最悪のドラフト」バッシング

そのプレッシャーの一例を紹介します。

今回の優勝時、今年四番を任されている大山悠輔が阪神入団時の辛いエピソードを初めて明かしてくれました。

今だから明かせますが、僕のプロ野球人生は「謝罪」から始まりました。16年秋に阪神からドラフト1位指名された時、会場にいた観客の反応は「えー!?」と後ろ向きな悲鳴でした。プロ野球選手になるという夢がかなった瞬間なのに、本当にショックでした。親や家族も傷つけてしまって「自分に力がないからだ。有名じゃないからだ」と情けなくて…。ある雑誌の阪神ドラフト採点は50点で「史上最悪」とまで書かれました。知り合いに同期入団組の連絡先を聞いて「オレのせいでこんな言われ方してごめん」と謝り倒した悔しさは今も忘れません。

日刊スポーツ

阪神タイガースでドラフト一位で指名され、これから念願のプロ野球選手の人生が始まるという瞬間からバッシングを受ける。これが野球人生にとってプラスになるはずもありません。

大山はその時の思いについて、次のように語っています。

僕、今でも疲れたときはあのドラフト動画を見返すんです。なんだか心が奮い立つような気がして。まだプロで1試合も戦っていない選手に、もう僕のような思いは絶対にしてほしくない。2度とあんな“事件”が起こらないように、自分が評価を覆して見返したいと思っているんです。

Number 阪神タイガース 栄光の記録

2年後のドラフトで、また同じことが起こりました。外れ外れ一位で指名した近本光司は、ファンやメディアから全く評価されず、大きな批判を集めたのです。在籍していた大阪ガスの応援団長による抗議のツイートは、今でも忘れられません。

無視の天才、打撃の求道者

その後、大山と近本の二人がどのような結果を出してきたのかは、ファンの皆さんはご存じだと思います。

大山はチームの四番となり、今季は最高出塁率を獲得。

近本は、矢野監督の獲得時の予言通り、「うちのセンターラインに必要な選手。赤星のような、一回り大きくしたようなイメージ」の活躍で、デビュー以来、盗塁王などのタイトルを獲得してきました。

この2人の成功の秘訣は何か。それは、メディアへの無関心です。

大山は、数年前は気持ちのコントロールが難しい選手だったと言います。戦犯扱いの記事に、幾度となく落ち込んだと言います。しかし大山は、家族(妻と愛猫)の支えもあり、ノイズを徹底して無視することで、安定した成績を残すことができるようになったのです。

今はSNSもやめて情報を目にしないことで、感情の揺れを少なく出来ています。もう本当に『無』っていう感じです。何より良い結果でも悪い結果でも、『今日は勝ったね』ぐらいで変わらず接してくれる妻のおかげで、打てなくてもエラーしても引きずらずに済むようになりました。

Number 阪神タイガース 栄光の記録

近本光司のプレイスタイルを一言で言い表すならば、「打撃の求道者」でしょう。2022年から近本は、『週刊ベースボール』で「認知を超える」という連載を持っており、そこで自身の打撃理論の探求過程を言語化してくれています。

「認知を超える」とはどういう意味なのか。第一回から引用します。

実際にどういうふうに打つのかという考えを作った上で、その練習を繰り返さないと無意識の中で行動できないはずです。だから意識していることや、認知していることよりも、体がそれらを超えていく・・・考えることよりも先に、自分が考えたことが自然と体で表現出来ている。それが「ゾーン」に入っているという意味だと思いますし、僕はそれを「認知を超える」という言葉で表現をしています。

週刊ベースボール 2022年6月13日

近本は「ゾーン状態」を追い続けて、自らの打撃を追い求める。ここにあるのは、投球とと自分の打撃とが対峙する空間であり、他人からの評価などのノイズが入る余地が一切ありません。

大山は、ノイズを無視し、背中でチームを引っ張る。近本は自身の世界に入り込み、打撃を極める。タイプこそ微妙に異なりますが、2人とも周囲の声に惑わされず、ひたすら自分がやるべきことを全力でやることで、大きな成功をおさめたのです。

なぜ岡田監督は近本・大山をチームの主軸に据えたのか

岡田監督は、大山・近本の二人を、打線の主軸として指名しました。不動の四番バッター、そして、リードオフマンです。ここには、岡田監督の明確な意志があります。

実は就任前、岡田監督は、四番バッターとして佐藤輝明を指名するつもりでした。ところが、実際にチームに入って、(大山を四番にしようと決めたのではなく)「大山が四番だとわかった」と話します。

練習の姿とかを見ててな。やっぱりみんなが認めんとあかんから、4番というのは。言葉とかそんなんじゃないからな。

Number 阪神タイガース 栄光の記録

実は岡田監督は監督就任前、大山のいつも全力で取り組むプレイスタイルに対して否定的でした。阪神の四番は内野ゴロで全力疾走しなくていい、もっと堂々と振る舞うべきだというアドバイスをしていたのです(週刊ベースボール)。

ところが、監督に就任しても、大山はプレイスタイルを変えませんでした。岡田監督としても、「それでも止めんからな、アイツは」と認めたのです。
大山の全力プレイは、他のチームメイトにとって模範になろうとしているからであり、またチームメイトもその姿勢を彼から学んでいる。それを無理に変える必要がないということだったのでしょう。

岡田監督が大山・近本をチームの主軸に据えたのは、外野のノイズ・批判に一切耳を傾けず、つねに全力でやるべきことに取り組む姿勢を模範とせよというメッセージが籠められているのです。

負のスパイラルを断ち切るチーム運営

メンタルと結果、負のスパイラルについて

ノイズについては、藤川球児(阪神タイガース スペシャルアシスタント)も、同じような考えです。彼は自身のYoutubeで、阪神の新人に対して、先輩の「無視の天才」(おそらく大山の事でしょう)をぜひ見習うように強くアドバイスをしていました。ノイズを無視できるメンタリティこそが、阪神で成功する秘訣であると言うのです。

なぜ、ノイズを無視することが大事なのでしょうか。それをより深く理解するために、まず、野球におけるメンタルの位置づけについて簡単に説明します。

野球において、100%結果を出せることは絶対にありえません。うまく打っても、打球が野手の正面を突けばアウトになることはあります。どんなに素晴らしいボールを投げても、ホームランにされることがあります。あるいは打ち取ったつもりが、味方のエラーから失点することもあるのです。

ですが。それが偶然の産物であっても、悪い結果は自信喪失に繋がります。ひとたび自信がなくなれば、ピッチャーならば打者を攻めるピッチングができなくなります。打者ならば、ミートの瞬間に力んだり、逆にバットが出なくなったりします。

つまりメンタルの悪化は、悪い結果に繋がるのです。そして、悪い結果がさらに自信を喪失させます。

この悪循環を、サイヤング賞をとったトレバー・バウアーは、自身のYoutubeチャンネルで「負のスパイラル」と呼びました。当時、横浜DeNAの投手陣の中で、奈落の底まで続く悪循環にどう対処すべきか話題になっていたので、バウアーなりの対処方法を公開したのです。

Youtube トレバー・バウアー 「負のスパイラルから抜け出す方法」

バウアーの方法論は、自分でコントロールできることと出来ないことを分け、コントロールできることを細分化し、チェックするというものです。
投手だけではなく、普遍的な意味がある内容だと思うので、興味がある方はぜひ動画をチェックしてください。

岡田監督による負のスパイラル対策

阪神タイガースの特異性は、この負のスパイラルを増幅させる環境要因の存在です。結果→メンタル→結果という悪循環に、メディアとファンによる非難と賞賛が入り込む。つまり、結果→メディア・ファン→メンタル→結果という因果関係が付け加わるのです。

だから、結果をコントロールするためには、この因果関係を断ち切ることが大事なのです。だから、藤川球児は新人たちに、「無視」の重要性を説いたのです。

岡田監督もまた、阪神タイガース監督の再就任にあたって、この負のスパイラル対策を重点的に行ったと思われます。そのうちの1つが、先に述べたように、近本・大山を組織作りの中心に据えたことでした。

岡田監督は、他にどのような手を打ったのでしょうか。

①メディア対策

岡田監督は、起用や作戦の意図について、試合後インタビューでかなり詳細に説明します。通称「どんでん節」とも呼ばれる妙に癖になる話し方もあいまって、タイガースのファンは、毎試合楽しみにしています。

岡田監督による采配解説は、作戦が相手に読まれるというデメリットもあります(他チームは岡田監督のコメントをかなり詳細に分析しているようです)。

その一方で、岡田監督の説明を通して、ファンもメディアも、野球というスポーツに対する理解度を高めていきました。そうすれば、岡田監督の采配に対する疑問も少なくなっていきます。

つまり、監督自ら情報をオープンにして説明することで、メディアによる非難や疑心暗鬼を抑えるという絶大な効果がある訳です。

コロナ禍によって、2020年以後、各球団のメディア報道は非常に厳しくなり、阪神タイガースも原則として取材禁止となっていました。ところが、岡田監督は就任後すぐに方針を変更し、首脳陣と選手への取材がOKになった、そのように江本孟紀は証言しています(President Online)。

取材と事実ベースの報道が可能になったため、憶測に基づくいわゆる飛ばし記事を書く必要がなくなりました。それが、結果として選手を守ることに繋がったのです。

実際、今シーズンに関しては、ごく一部を除いてメディアが巻き起こした騒動はほとんどありません。むしろ、在阪メディアを超えて、多くのメディアを味方につけることに成功しました。

選手がプレーに集中しやすいメディア環境を創ったのは、岡田監督の地味だけど決定的なファインプレイだと評価できます。

②チームとしてのメンタルコントロール

岡田監督は、チームに対して「普通にやれば良い」と言い続けてきました。「普通にやる」という言葉の1つの意味は、結果にメンタルを左右されないということです。

4月14日、ヤクルト戦で大敗したあと、チームの暗い雰囲気を感じ取った岡田監督は次のように言っています。

いつも一緒にやってたらええのになあ。負けるときもあるやん。なんであんな一つ負けて暗くなるんかなあ。(シーズンで)何回負けるんや。

そら、(波は)あるやろなあ。勝ってそんなうれしいんかな。勝ってる日も負ける日もあるんやからね。そんな一喜一憂しとったら体持たん。なんで、そうなるんやろうな。不思議やん

Sanspo

監督就任が決まったときに、過去の発言などから「試合中は笑顔禁止になるのではないか」という憶測が大いに流れました。しかし、実際には、岡田監督自身、試合中の良いプレイに対して、選手とともに喜ぶ姿が頻繁に見られることで、そうした懸念は完全に払拭されました。

おそらく、岡田監督が言いたかったことは、結果にメンタルを左右されるなということだったのでしょう。結果にとらわれず、やるべきことを普通にやることで、メンタルと結果の悪循環を断ち切るというのが、本当に伝えたいことだったのだと思います。

実際、今年のタイガースは、大型連勝を何度も記録したのに対し、大型連敗がありません。5連敗が一度、3連敗が三度というのは、驚異的な少なさです。

岡田監督は、大型連勝の後には、反動で大型連敗がありうるということを経験的に知っています。だから、平常心とやるべき事を常に伝え、時には危機感を伝え、大型連敗の芽を摘んできました。そうして、チームとしてのメンタルコントロールを機能させてきたのです。

岡田監督による負のスパイラル対策 ➂負のスパイラルを断ち切る機会を与えること

岡田監督の野球観は、「野球は失敗するスポーツである」というものです。シーズン140試合、すべて勝つことはできません。どんなに良いバッターでも、10回のうち7回は失敗する。打たれないピッチャーはいませんし、どんな名手でもシーズンで何度かエラーはします。大切なことは、ミスをしないことではなく、ミスから学ぶことです。

なので、岡田監督は、選手のミスを責めることは多くありません。よくよく聞いていると、岡田監督が指摘していることは、「やるべき事をやらない」ことや「同じミスを繰り返すこと」です。

だから投手が失敗すると、間隔をおかずに同じシチュエーションで敢えて登板させることが多々あります。

たとえば、高卒新人の門別浩人の一軍デビュー戦は、優勝が決定した翌日、9月15日の広島戦でした。門別は広島ファンの歓声に呑まれて球が上ずり、3回3失点という内容でした。

ところが岡田監督は、門別の次回登板を9月30日、あえて同じ広島戦で先発で出したのです。そうすると、門別は7安打を打たれながらも、要所で打ち取る素晴らしい投球内容で、5回を無失点に抑えました。高卒新人とは思えない落ち着きに、岡田監督はじめ首脳陣は賛辞を惜しみませんでした。

こうして、前回の失敗を、同じシチュエーションの成功で塗り替え、自信をつけさせたのです。この成功体験は、必ず来年以降に生きることになるでしょう。

岡田監督のこの手法は、投手だけに適用されるものではありません。今シーズン、結果が出ない控え打者を、安打が出るまで使い続けました。たとえば、チームに欠かせない守備要員・代走要員である島田海吏の初安打は、4月23日の中日戦、実に17打席目でした。

また、20歳の前川右京は、当初まったく結果が出なかったのですが、岡田監督は辛抱強く使いつづけ、6月6日の楽天戦で11打席目にしてプロ初安打を打ちました。その後はヒットを量産し、6月は15試合に出場して.358という好結果を残しました(Sports Navi 前川右京)。

若い選手が一軍で初めてチャンスを与えられた時、緊張するのも、最初から結果が出ないのも当然です。監督が「この選手はダメだ」と決めつけてすぐに二軍に落とすようでは、その選手は自信喪失したまま挽回する機会もなく、潰れてしまいかねません。それを見た他の選手も、一度で結果を出さないといけないと思いこみ、心理的負担からますます悪循環を産みだしてしまいます。

これが、若手が成長しないチームの典型パターンです。

岡田監督はそのことを熟知しています。だから選手が壁にぶち当たった時に、自分で克服する機会を与えます。その間、メディアやファンからバッシングされても、一切動じることはありません。そうして、選手が負のスパイラルを自力で断ち切ることができたとき、初めて過去の失敗を成長の糧にすることができるのです。

今回のまとめ

負のスパイラルについて

  • 負のスパイラルとは、悪い結果とメンタルの悪化の悪循環のこと。

  • メディアやファンなど外部ノイズが入ることで、この悪循環が増幅される。

負のスパイラルを断ち切るために。

個人としては

  1. 周囲のノイズ(メディアやファンの誹謗中傷)は積極的に無視・遮断し、自分がやるべき事に専念する。

  2. 自分がコントロールできる範囲のことを細分化しチェックする。

組織としては、

  1. やるべきことに全力で専念している選手を模範として、チームづくりの中心に据える

  2. 情報を徹底してオープンにすることで、外部のノイズ(誹謗中傷)を減らす。

  3. 内部へのメッセージとして平常心を説くことで、組織としてのメンタルコントロールを行い、連敗を防ぐ。

  4. 監督自らノイズを徹底して無視し、失敗した選手に挽回する機会を与えることで、選手のメンタルの悪化を防ぎ、成長の糧とさせる。

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